第14章 年末狂想曲(4)
「お兄ちゃん…」
彩乃が不安そうな顔をして僕の隣に戻ってきた。
野口さんは、ただ一人残った芹沢派の人だ。僕とはお互い顔を知っている程度で、挨拶ぐらいしかしたことはない。だから、あの芹沢一派の粛清の後、なぜ新撰組に残ったかということも知らない。でも、野口さんが切腹? 介錯をしたってことは、その首を切り落としたってことだ。
「立派な最期でした、ってみんなが言ってる」
僕に聞こえない声を彩乃が聞く。
「みんな?」
「幹部の人たち」
それで幹部が居なかったのか。
「『安藤に度胸をつけさせようと思ったがあいつは度胸がある』『人を斬る経験は大事』って…」
度胸をつけるため、人を斬る経験をさせるために、それで仲間の介錯を…。
僕は早太郎くんを見た。屈託なく餅つきをしている彼の姿からは、彼が何を考えているのか伺い知れない。
何か感じていたら痛ましいし、何も感じていなかったら怖い。
「彩乃、もういいよ。何も聞かないで」
「うん」
さっきの笑顔は消えてしまった。こういう環境というのが、一番怖いことなのかもしれない。僕は考え込んだ。
ちなみに…この日の夕方、夕食の支度がちょっと早かったので、みんなを呼びに僕がまわったんだけどさ。
大部屋。うん。綺麗になったよね。こうでなきゃ。
総司の部屋。いい感じに片付いていた。でも総司がいない。
山南さんの部屋。
「…えっと…山南さん?」
本を読みふけっている山南さん。書物が散乱したままだ。その横で彩乃と総司が手伝って片付けている。彩乃もいないと思ったら、こっちにいたんだね。
「あ、俊くん」
いや、俊くん…じゃなくて。
「えっと、これ、どうしたんですか?」
山南さんの頬がうっすらと赤くなる。
「いえね、いろいろ片付けていたら、無くしたと思った本も出てきて、ついうっかり読んだら終わらなくて」
「今も読んでましたよね?」
「えっと…」
総司が山南さんの手にあった本を奪う。
「山南さん、書物を整理し始めると、収拾がつかなくなるんです」
あ~、総司に言われちゃ、おしまいだな。でも僕的には山南さんの気持ちが凄くよく分かる。僕も本は好きだからね。整理するとうっかり読み始めることが多い。
それはともかく、ここに来た目的を果たさないと。
「とりあえず、夕飯です」
「はい」
山南さんは面目なさそうに小さくなった。
それから、斉藤の部屋。声をかけようとした瞬間に、目の前に抜き身の刀が出てきた。
思わず飛び退る。
「危ないなぁ」
そう呟けば、障子が開いて斉藤が顔を出す。
「宮月だと分かったからだ。普通はやらん」
や~め~て。
顔をしかめると、ニヤリと嗤われた。
む。
ちなみに斉藤の部屋の中は、見せてもらえなかった。
こうして文久三年は年の終わりを迎えた。




