第14章 年末狂想曲(3)
翌日も朝稽古の後に掃除して、なんとか終わったかと思ったら、次は八木家の餅つきに駆り出された。来たのは平隊士ばっかり。
僕としてはめんどくさかったけれど、彩乃は興味津々だ。そういえば、餅つきなんて幼稚園のとき以来か。
「やってみたいの?」
こっそりと言えば、首がこくんと縦に動く。
「持ち上げて、落とすだけだからね。下に向かって力を入れちゃダメだからね?」
「うん」
「順番ね」
「うん!」
彩乃の力で、重い杵を打ちつけたら、臼が壊れちゃうからね。そう言って、とりあえず僕が先につき始める。
あ、ちなみに、これ、レクリエーションも兼ねてるけど、実際は実益のほうが先だ。お正月のお餅作りだからね。
杵を貰って一定の間隔でついてやると、八木家の女性陣が交代で杵を持ち上げた瞬間に、臼の中のもち米をひっくり返す。
何回かやった後で、彩乃を手招いた。
「え、無理じゃないですか?」
一緒に餅つきしていた隊士が言うけど、
「本人がやってみたいんだって」
そう言って彩乃に杵を渡す。彩乃は襷がけした袂も雄雄しく、杵を振りかざし始めた。
もうニコニコなの。いや~、少しは大変そうな顔をしようよ。楽しそうでいいけどさぁ。
周りの呆れる視線もなんのその、楽しそうに杵を持ち上げては落とす。
そうこうしているうちに、早太郎くんも来た。
「餅つきっすか?」
あれ? 僕の横に来た早太郎くんに、違和感を感じる。彩乃も何か気付いたらしい。杵を途中で止めて、早太郎君を見た。
「なんすか?」
僕らの視線に、早太郎君がいぶかしげな声を出す。
「あ~、なんか…」
そう言ってから僕は気付いた。この匂いは血だ。
「早太郎くん、怪我してる?」
そう言うと、早太郎くんが、自分の身体を見た。
「あ、どっか血が飛んでっすか? 今、斬ってきたっすから」
「え? いざこざが起きたの?」
「いや、切腹の介錯っすよ」
平然と言う早太郎くんに、僕は耳を疑った。
「切腹?」
「野口さんが切腹して。それで介錯してきたっすから」
思わずマジマジと見る僕に気付かないで、早太郎くんは手が止まっている彩乃に声をかけた。
「交代するっす」
ゆるゆると彩乃の手が下がり、杵が早太郎くんの手に渡る。早太郎くんは、「はっ」と掛け声をかけて、リズミカルに杵をつき始めた。




