第13章 内緒のクリスマス(2)
彩乃には悪いけど、僕はそのウサギだらけの鍔は無視して、目についた鍔を指差した。
「彩乃、あれ、僕にどう? ウサギもいるし、月が出てるよ?」
のっぺりした一枚板の鍔だけれど、凹凸がつけられていて、野山になっている。そこにウサギが申し訳程度に一匹、月夜にいる意匠だ。
でもそのウサギが彩乃を思わせた。
「あ、お月様、綺麗」
月は金で飾られていて、暗くなった銀色の鍔に金色の月が出ている。
「この一匹だけのウサギもいいよね」
そう僕が言ったとたんに総司が怪訝な顔をする。
「一匹?」
「え? 一匹でしょ? 他にいる?」
僕はじっくり見たけれど、ウサギは一匹だけだ。
「一羽でしょ」
え? 思わず僕は総司の顔を見た。
「一羽ですよ」
「あ、一羽。一羽。間違えた」
僕は慌てて言いなおした。
日本語の助数詞って難しいんだよ。そういえば、昔はウサギを一羽って言っていたって聞いた気がする…けど、忘れてた。現代じゃ、みんな一匹って呼んでいるしね。
彩乃も怪訝な顔をしたけど、黙っていることにしたようだ。うん。ここは現地の人(?)に従っておいたほうがいいよね。思わず背筋から冷や汗が流れ落ちたけど、総司は気にしたわけではないようだった。
「それも重そうですけど…大丈夫ですか?」
総司が心配してくる。まあ、たしかにのっぺりとした板に、デザインされているものだから、それなりに重さがありそうだ。でも、僕も彩乃ほどじゃないけど、力持ちだからね。
「これ、見せてもらっていいですか?」
僕は店の主人に声をかける。
「ああ、これは古くて由緒ある、いいものですよ。さあ、どうぞ」
そう言って、箱ごと僕に渡す。たしかに見た目よりもずっしりくるね。
総司が手を伸ばしてくる。
「四十匁(約150g)ぐらいありそうですね」
「まあ、このぐらいだったら、なんとか」
そう答えたとたんに、総司が目を見開く。
「確か、俊の刀って、三百匁(1125g )ぐらいありましたよね? 重くないですか?」
「え? 重いかな?」
「うーん。あの刀にこれだと…結構重く感じると思いますよ。振れないことはないですけど」
「ん、じゃあ、いいよ。大丈夫。がんばって振る」
僕は彩乃ににっこりと微笑んで見せた。彩乃も嬉しそうに頷く。
「じゃあ、これで買い物は終わりかな?」
僕がそう言うと、慌てたのは総司だった。
「いやいや。折角来たんですから、もっとじっくり見ましょうよ」
あ、これは自分が見たいんだな。
「あ~、じゃあ、これ、キープで」
「は?」
店の主人が戸惑いの声で聞き返してくる。あ、やっちゃった。彩乃が僕を軽く睨んでくる。いつもの仕返しだな。僕はわざと視線を逸らしてみせた。
「えっと、じゃあ、これは購入候補ってことで。もうちょっと見せてくださいね」
「はい、ごゆっくりご覧ください」
僕の分は、もう決まったと判断したんだろう。彩乃が見ているのは、僕にはかわいらしすぎる意匠のものばかりだった。




