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第12章  選択(8)

「面白い男だな。君は」


「どうも」


 僕はそっけなく言ってから、もう一つ条件を付け足した。


「それから、僕が何者かは詮索しないこと」


「君が間者かもしれないのに?」


「そんなこと思ってないでしょ?」


「じゃあ、なんだと思っていると?」


「僕が知るわけないでしょ。どう思ってるんです?」


 僕は逆に尋ねると、近藤さんがにやりと嗤った。


「そうだね。私の勘によれば、アヤカシの類かな」


 思わず眉をひそめる。


「ははは。冗談だよ。私は、そういうのは信じない性質たちなんだ」


 その後、近藤さんはしばらく思案していた。そして顔を上げる。


「君はここで囲まれていることを理解しているかね」


「三人のことですか?」


 ひそやかに告げた僕の声に、近藤さんが目を見開いた。


「当て推量かな?」


「いいえ。左前に総司。左後ろに斉藤。そしてあなたの後ろに土方さんだ」


 右側には僕らが今越えてきた塀があるからね。左側だけだ。


呼吸音とわずかな心音。これだけ静かだったら、彩乃に頼らなくても僕でも分かる。さらに体臭がしてくるから、もう外しようがない。


 近藤さんが笑いだした。


「面白い男だ。本当に」


「面白がられても…」


「いやいや。やっぱり君に居て欲しいね」


 そう言って、近藤さんは僕の肩を抱いた。


「どうだ、一杯。ちょっと行った先に、いい屋台が出てるんだ」


 交渉成立っていうところか。


「いいですよ。約束、忘れないでくださいね」


「ああ、分かったよ」


 近藤さんに釘を刺してから、彩乃を呼んで、僕は風呂敷を預けた。ずっしりと重いはずの風呂敷を彩乃は軽々と持つ。


 近藤さんが目を見開いた。


「小判が入っているかと見たんだが…」


 その呟きに僕はしれっと答える。


「散歩に小判はいらないでしょ」

 

 近藤さんは目を見開いて、そしてニヤリと笑った。


「やられたかな。これは。本当に散歩だったのかね」


「まあ、そんなところですね」


 僕はそう言うと、微笑んだ。


「でも、条件は忘れないでくださいね」


 とウィンクしてみせる。近藤さんは目を細めてなんともいえない笑みを見せた。


 土方さんと、斉藤と、総司が同時にほぉっと息をつくのが耳に入る。




「お兄ちゃん?」


 彩乃が不安そうに僕を呼んだ。


「ん。彩乃、散歩が酒になっちゃったけど、行くかい?」


「うん」


 彩乃は不安そうに頷いて、僕の手を握ってきた。


 僕はそれを振りほどこうとはせずに、そのまま近藤さんに従って歩き出す。


 背中に感じる視線は痛いほどだった。


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