第12章 選択(4)
「山崎烝さん? 監察方の?」
「わいのことを知ってたんや?」
「あ、名前だけは」
名前だけは現代での新撰組関係では有名だ。なるほど。見かけたことはあったけど、彼がそうだったんだ。監察方と言ったところで、山崎さんの視線が少しばかり強くなった気がしたけれど、僕は無視した。
総司はそんな僕と山崎さんの視線でのやり取りには気づかなかったらしく、彩乃の状態を探るようにじっと見ていた。
「彩乃さんを診てもらおうと思って、来てもらったんです」
総司の言葉に、僕と彩乃には緊張が走る。いやいや。今診られても困るんだけど。
「あ、本当に大丈夫です」
「切られたのは、羽織だけだったみたい。間一髪で僕の一撃が間に合って良かったよ!」
僕も慌てて口を添える。
「本当ですか? 血が散ったように見えたんですけど」
「本当です」
「ほんと、ほんと」
そう叩き込むように僕と彩乃が言うと、総司は安堵したように息を吐き出した。
「だったら良かったです」
「いや~、折角きてもらったのに、すみません」
僕はすまなそうに、山崎さんに頭を下げた。
山崎さんは、ちらりと僕ら二人を見比べて、さらに部屋の隅にある着物にも視線をやった。しかし何も言わずにペコリと頭を下げる。
「ほな、わいはこれで」
そういうと、くるりと踵を返して行ってしまった。
内心で、ほぉっと安堵しながら、まだ総司がいたので、表情はそのままにする。気を抜いたら、座り込みそうだよ。
「じゃあ、そういうことで。僕も着替えたいし…」
そう言って総司を追い出そうとしたけど、総司は出て行かなかった。
「彩乃さんは無事で良かったですけど、俊、あなたのことは、まだ聞いていませんよ」
「僕? 僕は怪我してないけど」
そう答えると、総司がぐいっと僕に顔を寄せてくる。
「あんな真っ向斬り、なんで隠してたんです」
うわー。それがあったよ。
「いや、ほら、朝稽古とか、斉藤との稽古とか、訓練の賜物?」
僕が言うと、総司が眉をひそめる。
「加減できなかった…って言いましたよね」
ああ、アレは失言だった。
「いや、あれは手加減無しに力任せに斬っちゃったってことで…」
「力任せにやっても、あんな風に斬れるなんて相当ですよ。袈裟斬りはまぐれで出来ても、真っ向と横一文字は無理です。刃筋が通らない」
「あ~、ごめん、言ってる意味がわからない」
僕が正直に言うと、総司が睨んだ。
「縦にしろ横にしろまっすぐ斬るためには、しっかりと刃を斬る方向に向けて、維持しなければならない。つまりそれだけ剣の腕が必要なんです。腕が未熟だと、どうしても途中で曲がるんです。または人間に対して魚のぶつ切りをやるような力をかけるしかない。それには人間とは思えないほどの力を使うしかないんです」
どきりとしたけれど、総司は僕の動揺に気がつかないほど、静かに怒っていた。




