第11章 冬といえば(9)
僕は眠っている彩乃を残して、そっと蒲団から抜け出すと、立ち上がって伸びをする。
「とりあえず土方さんには言ってあるし、多少動けるようになるまでは、ここで寝てればいいよ」
驚いた総司が身体を起こそうとする。それを額にでこピン一発で静かにさせると、僕は総司の顔を上から覗き込んだ。
「病人に必要なのは、温かい蒲団と、温かい部屋。それに温かい看病。ここに寝てれば、白衣の天使もついてくる」
「はくいのてんしってなんですか?」
あ、しまった。まだこの時代にナイチンゲールは伝わってきていないか。看護師さん。昔は看護婦って言われて、白衣の天使って言われたんだよ。昔? いや未来では…だね。
「あ~、ご利益たっぷりの天女?」
そう言い換えたとたんに、誰を指したか分かったらしく、総司が耳まで赤くなる。
「とりあえず、僕は買い物に行ってくるから。君は残った薬を飲んで」
「薬?」
昨日作った煎じ薬の残りを僕は差し出した。
「まずいらしいけど、効き目はいいみたいだよ」
そういって総司に渡す。
総司はいぶかしげに茶碗の液体に鼻を近づけて、くんくんと匂いをかいでいた。冷めてるから匂いは昨日よりマシだろう。苦味は増しているかもしれないけど。
その隙に、さっと着替えて、出かける準備をした。
「あ、思い出した」
出る前に総司を振り返る。総司は凄い顔をしながら薬を飲み干したところだった。
「念のために言っておくけど、彩乃に手を出さないようにね」
その瞬間に、総司が凄い勢いでむせる。どうやら薬が気管支に入ったらしい。
「これは彩乃のためっていうよりは、君のためだから」
ごほごほ言っている総司を無視して僕は続ける。
「身体が弱っているし、頭もぼーっとしているみたいだから、変なこと考えちゃうかもしれないけど、本当に止めておいたほうがいい。怪我するから」
総司は僕の言葉を聞きながら、まだごほごほやっている。
まあ、大丈夫だろう。
怪我するのは、僕にやられて怪我すると思っているかもしれないけど、彩乃にやられるんだからね。手加減なしで投げられたりした日には、死んでもおかしくない。
「じゃあ、行ってきます」
咳き込む総司の無言を了承と受け取って、僕は出かけた。
今日の巡察はパスさせてもらって、街に買い物に出る。総司に蒲団を取られているから、もう一組蒲団。それから薬。薬の袋は持ってきたから、薬問屋で同じものをくれといえばいいだろう。
あとは卵とか、なんか栄養価の高いものが欲しいよね。
蒲団は届けてもらうことにして買い物が終わる。それなりに多い荷物を持って帰ってくると、部屋では彩乃が土瓶を七輪にかけていた。
部屋の中が温まっていて、その中で厚い蒲団に包まって総司が寝ている。
「お兄ちゃん」
「これ、また煮出すから」
そういうと、僕は今彩乃がかけたばかりの土瓶の蓋をあけて、漢方薬を入れ込んだ。水の量を竹筒の水で調節する。
「総司は?」
「眠ってる」
ちらりと見ると、濡れた手ぬぐいを頭に、赤い顔をして眠っている。
まあ昨日よりは大分呼吸も楽そうだし、赤みも取れてるけどね。
「彩乃、着替えたの?」
「うん」
「総司は?」
「総司さんには向こうを向いてもらってた」
なんて、気の毒なことを…。




