第11章 冬といえば(6)
屯所に戻って、七輪の上で煮出すこと三十分。あたりには草の香りがあふれている。なんというか、説明が難しい香りだ。僕は嫌いじゃないけど、あまり現代では嗅ぐことがない香りかもしれない。まあ粉っぽい香りというか、なんていうんだろう。海苔の香りの薄い奴というか、お茶の香りの薄い奴というか。それに苦い感じの香りが混じった感じで。
うーん。表現が難しい。
僕が居ない間、総司は何回か目を覚ましたらしい。彩乃がそのたびに水を飲ませていたそうだ。
煮出す水の量が半分ぐらいになったところで、僕は土瓶を下ろして、用意しておいた湯のみに注いだ。うっすらと茶色をしたお茶という感じだ。
「総司」
僕は総司に声をかける。そして軽く身体をゆすった。総司がうっすらと目を開ける。
「薬飲むから」
僕がそう言うと、彩乃が背中に手を入れて、ぐいっと起こした。簡単に総司の身体が起き上がる。便利だな~なんて、僕は彩乃が聞いたら怒られそうなことを考えた。
意識が朦朧としている総司は何がなにやら分かっていないようで、そこに湯のみの半分を入れた茶碗を差し出す。
「飲んで」
言われるままに飲んでるけど…。顔をしかめているのは、少しばかり苦いのかも。
「全部飲んで」
「まずい…で…す」
やっぱり。
「鼻つまんで飲めば、大丈夫だから」
そう言うと総司がかすかに笑う。無理やり全部飲ませ終わって、また彩乃が総司の身体を横にした。
完璧とはいえないけれど、ほぼ乾いた総司の洗濯物を僕らの部屋に持ってきて、それをたたむ。
彩乃は相変わらず総司の横で座り込んだままだ。
「大丈夫だから。さっきよりは熱が下がってるよ。薬が効いてるんだよ」
そういうと、彩乃は総司の頬に恐る恐る手を伸ばして触った。
「ほんとだ。どうして分かったの」
「顔色と呼吸を見てればわかるよ」
ちらりと総司を見る。よく眠っていた。僕は居住まいを正して彩乃のほうを向いた。
「宮月彩乃」
彩乃の身体がビクリとなる。僕がフルネームを呼ぶときはお説教の合図だからね。さすがにここでは完全なフルネームでは呼ばなかったけど、意図は察したんだろう。慌てて崩していた足を正座すると僕のほうへ向いた。
「僕が言いたいことは分かってるよね?」
「はい」
彩乃がうなだれる。
「心配したのは分かるけど、人前でやっていいことと、悪いことがある」
「はい」
「とにかく…もしも怪しまれるようだったら、僕を呼んで。記憶を消すから」
「はい」
彩乃は泣きそうになりながら返事をした。
「人が複数周りに居るときは気をつけること。例え子供でも」
「はい」
ぎゅっと彩乃の手が自分の着物を握り締める。
「ばれたら、僕たちはここには居られないからね」
「はい」
さらに握り締める力が強くなる。俯いて表情が見えない顔から、水滴が一粒落ちていった。
僕は深くため息をついた。
「総司が心配だった?」
彩乃が俯いたまま黙って頷く。
「死んじゃうかと思った…」
小さな声がした。
「彩乃。これから僕たちは沢山の死を見ないといけないかもしれないよ?」
そう。僕たちのほうが命は長い。そして今は動乱期だ。もっと人の命は短い。




