第10章 遠い友情(6)
しばらくして、初亥の日がきて、周りが冬支度を始めた。
カレンダーさえあれば、亥の日を見つけるのは簡単だった。カレンダーに書いてあるんだよ。何の日って。それぞれ一日ごとに。
亥の日には炬燵を出して、亥の子餅を食べる。炬燵がない僕と彩乃は、夜のデザートとして昼間買ってきた亥の子餅をぱくぱく食べていた。そしてお行儀が悪いけど、温かい蒲団の中に腰から下を入れて温まっている。
まだ本格的な冬ではないけれど、隙間風の多い日本家屋に、僕たちは根を上げていた。
だって本当に寒いんだよ。
夜は木製の雨戸を閉めるんだけど、閉めても木の廊下には下が見えるぐらい隙間があちこちに空いていて、そこから冷たい空気が入ってくる。
それに廊下と部屋の間は障子だ。現代のようなサッシなんてないから、そこからも風が入ってくる。
セーターとかコートとか、無いからね? 毛糸の温かい靴下とかもないし。
温めるのは火鉢に炭を入れるぐらいだけど、それも火事が怖いしね~。
ということで、風邪なんてひくはずのない僕たちなのに、早々に温かい蒲団を買い込んだ。綿入りの蒲団は結構重い。羽毛蒲団なんてこの時代の日本に無いから仕方ないけど。
みんなどうしてるんだろう? あの薄い蒲団一枚とかムシロでがんばってるのかな?
ちなみに僕らの夏用の薄い蒲団は、毛布代わりにかけ蒲団の下に入れてある。
廊下にひそやかな足音がして、続いて声がした。
「俊、います?」
総司の声だ。
「いるよ~。どうぞ、入って」
蒲団から出るのは寒いし、面倒だから、僕はそのまんま答える。
障子を開けたとたんに、総司が吹き出した。
「なんですか? その格好」
「だって寒いんだもん」
「こんなの、寒いうちに入らないでしょ」
いやいや。現代から来た人間にとっては、寒いって。温かい家に慣れちゃったからね。
「実は明日、午前と午後と両方巡察に出てもらいたくて」
「またぁ?」
僕が嫌そうな顔をすると、総司がすまなそうに頭をかいて、へにゃりと笑った。
「すみません。がむ新さんのところの隊士が、腹痛を起こしちゃって、人が足りないんです」
うーん…。このところ多いんだよね。誰かの代わり。
幸いなことに、僕も彩乃も、あの決心のあと、人を殺す事態には至っていなかった。
多少の小競り合いは発生していたけど、みな怪我をする程度で引き上げてくれていたのが幸いだ。でもそれが続くとは限らない。
まあ、彩乃が代わりに出るよりもいいか。
「仕方ないけど…たまには僕にも代わりに休ませてよね」
「はい。はい」
ちらりと総司の目が彩乃の手元に向かう。
「おいしそうですね」
亥の子餅だ。
「食べますか?」
彩乃は自分の前にあった包みを差し出す。とたんに総司は嬉しそうに笑った。
「頂きます」
一つに手を伸ばしたところで、彩乃が自分の蒲団を軽く持ち上げる。
「寒いからどうぞ」
えっ!
総司と僕が固まった。いやいや。同じ蒲団だよ? 彩乃は炬燵の感覚だろうけど、それはどうなの? 総司の顔が赤くなって、青くなって、もう一度赤くなる。
一瞬、ごくりと唾を飲み込んで、ぐっと手を握ってから言った。
「し、失礼します…」
ぎくしゃくとした動きで、刀を傍に置くと彩乃の横に硬い表情で座る。
「足伸ばしていれると温かいですよ?」
小首をかしげて誘う彩乃。
「え…、あ…、はい」
またロボットのような動きで、総司は足を崩し、蒲団に足を入れようとしたところで、一瞬止まって、懐から手ぬぐいを出すと足の裏を拭ってから、蒲団に足を入れる。
あ~。もう。
彩乃…。
僕が呆れたように見ていると、総司と目があった。
その瞬間に、総司がはじかれたように、立ち上がる。別に僕は睨んでないのに、世にも恐ろしいものを見たとばかりの表情をしたよ。
多分、僕がいることをすっかり忘れてたんだろうね。
「し、失礼します!」
そう言って、総司は慌てて障子を開けて出て行った。
僕は深いため息をつく。
いや、いいけどさぁ。現代の感覚だったら、別にたいしたことじゃないし。
ちらりと見ると、彩乃の脇に刀が置いてあった。
「武士の魂、忘れてるし…」
ダメじゃん。
彩乃が小首をかしげて僕を見る。
「ねえ。総司さん、どうしたのかな」
思わず僕は頭を抱えた。




