第10章 遠い友情(4)
「いかがですか」
吉田殿の声で我に返った。
「道で数回会っただけで、僕を誘うのは…どうなんですか」
僕は目を逸らして言った。とてもじゃないけど、相手の目を見ていられなかった。
「いやいや。それでもいい人だと思うんですよ。命も助けてもらっている。だからこそ、一緒に来ていただきたいんです」
僕を知らないのに。それでも僕を信用するんだ。
「考えておきますよ」
そう答えて、僕は相手の杯に酒を注ぎ、最近の天気の話や、棒振りから買った飴を見せて妹の話をした。
そう。僕としてはこれ以上、彼の話を聞きたくなかった。彼が長州藩でやっていることの話を聞くことを恐れていたんだ。
ある程度飲んで、店を出た。当然ながらもう真っ暗だ。店を出て、しばらく行った辻で、僕らは別れることになった。
「宮月殿。またお会いしましょう! ぜひさっきの話を考えておいてください」
吉田殿は明るくそう言った。
僕は思わず目を伏せた。言わないといけない。きっとこのままだと、また彼は僕に声をかける。でも、もうだめだ。
「吉田殿」
「はい?」
「僕、実は会津藩の関係なんです」
「え?」
吉田殿の笑みが凍る。その顔を見て、僕は思わず笑ってしまった。
二人の間に冬の訪れを告げる、冷たい風が吹いていく。
「僕、壬生浪士組、あ、今は新撰組か。新撰組の隊士なんです」
僕の言葉がゆっくりと吉田殿の頭に浸み込んでいく。
「まさか」
「本当です」
「だって、助けてくれたじゃないですか」
「そうですね。知られたら切腹ものかな。僕にとっては、吉田殿を助けるほうが大事だったんです」
吉田殿の左手が刀の栗型にかかり、右手がゆっくりと上がっていく。それを僕は身じろぎもせずに目の端で見ていた。視線は吉田殿の顔を見たまま。
「お酒、おいしかったし、楽しかったです。ごちそうさまでした」
僕はそういうと、頭を下げた。斬ってくる気配はない。
顔を上げて吉田殿を見ると、右手の親指が刀の柄にかかっていて、人差し指から小指までが握るか握らないか、迷っているような状態になっている。
僕は吉田殿の、つかの間の友人の顔を見つめた。忘れないように。
「もう会うことは…無いといいですね。今まで、会う度に、すごく楽しかったです。さようなら」
そう言って僕は背を向けた。斬ってくるなら、斬られてもいい。なんかそんな気分だった。騙したわけじゃない。でも騙されたと思っているだろう。
「宮月殿」
数歩歩いたところで、控えめな吉田殿の声がした。
「私も、楽しかったです。お酒、楽しかったです」
そう、声が追いかけてきた。僕は片手だけ上げて、振り返らずにそのまま去った。




