第10章 遠い友情(3)
しばらく行って、あまり僕が来たことがないお店にはいる。出入り口は狭いけど、奥は広くて、さらに吉田殿はしょっちゅう来ているらしく、お店の人と仲が良さそうだった。
「まあ、まあ、とりあえず」
と僕のお猪口に酒を注いでくれる。僕も銚子を受け取って、注ぎ返した。
「本当に先日はかたじけない。改めて御礼申し上げたい」
吉田殿が丁寧に頭を下げる。僕も答えるように頭を下げた。
もうずいぶんと昔に思えるけど、わりと最近なんだよね。屋根の上から吉田殿を翼を使って逃したのって。
「どうやって逃げたのか…記憶がないのだが」
「酔っ払ってたから。じゃないかな~。あはは~」
僕は無理やり笑うと、ま、ま、ま、とお酒を勧めた。
「宮月殿、実は以前話していた『屠勇取り立て』を作ったのですよ」
「へぇ」
「なかなか見所のあるものが多く、今、厳しい訓練をしている最中ですが。そのうち実戦部隊として動かすことができそうです」
「それはおめでとうございます」
僕は複雑な気持ちになりながらも、頭を下げた。実戦部隊。戦う相手は僕たちになるかもしれないわけだ。
そんな僕に吉田殿は、ぐいっとお酒を突き出して、そして僕の目を見た。
「宮月殿、私と一緒に来ませんか」
はい?
思わず僕は、お猪口を落としそうになって、お酒が変なところに入ってむせた。慌てて吉田殿が背中を摩ってくれる。
「いや、もしもまだどこにも仕官されていないのであれば、これも何かの縁、一緒に来ませんか?」
摩りながら言ってくれる吉田殿。ありがたいけど。とっても気持ちはありがたいけど。
でも行くわけには行かない。
『一緒においでよ』
ふいに僕の耳に友人の声が蘇る。イギリスで大学に居たころの、年若い友人の声。
父親に人間を知れと、無理やり入れられた大学で出会った友人だった。生意気で、自信家で。でも気のいい奴で。いらないっていったのに、押しかけてきた友人だ。
『リー(彼は僕をそう呼んでいた)。君はもっと世界を知ったほうがいいよ』
自分のほうが、僕よりもかなり年下のくせに。そう忠告する。
僕たちの種族は長生きで、年をとらないように見えるから、同じ人間の傍にいられるのは二十年ぐらいが限度だ。
場合によっては十年ぐらいが限度のときもある。そのあとはひたすら会うこともなく、手紙だけにして、そしていつしか疎遠になる。
『君はいつになったら、僕と会ってくれるのさ』
彼はいつも手紙にそう書いて、僕はいつも『いつか』と返事をする。そのいつかは訪れることはないのに…。
人間でも、そうじゃなくても、友人との別れというのは訪れるものなんだってことを、僕は漸く理解した気がしていた。




