表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/639

第9章  新撰組(11)

 自分自身、理解できない状態でいる僕の横を、刀を持った総司が走りぬけ、そして土方さんが僕の肩に手を置いた。


「よくやった」


 そう言うと、土方さんも総司の傍に走り寄っていく。そして、ごろりと倒れた人物を仰向けにした。僕は顔しか見たことがない人物だった。隊士のうちの一人だけど、名前は知らない。見事に僕が投げた小刀が突き刺さって、喉から飛び出ている。


 総司が立ち上がって、声を張り上げた。


「長州藩に通じているものが居ます! 裏切り者が居ます! 皆さん、油断しないでください」


 そう言ってほんの一瞬、安否を確認するように彩乃に視線をやって、安堵したような表情をする。そして総司は邸内に触れ回るべく、大声を張り上げながら歩いていってしまった。


 あちらこちらで走り回ったり、倒れたりする音がしている。



 ふっと気づいて、さきほど荒木田さんたちがいた場所に目をやった。


 二人が居た場所には、腰が抜けて震えている髪結いと、物を言わなくなった血まみれの二つの死体が転がっていた。





「お兄ちゃん…」


 彩乃が不安そうに僕に声をかけてきたので、我に返る。頬が緊張しすぎてピクピクとするのを感じつつも、僕は彩乃に微笑んで見せた。


「大丈夫だよ」


 大丈夫。大丈夫だ。

 僕は自分に言い聞かせる。


 この時代は人を殺す時代なんだ。


「お兄ちゃん、怖い目、した」


 彩乃がぽつりと言う。


 思わず僕の顔はゆがんだと思う。

 ああ、そうか。リリアじゃない。彩乃なんだ。そう理解する。


「うん。ごめんね」


 僕は彩乃の頭をなでようとして、手を止めた。人を殺したばかりの手で彩乃に触るのは憚られる気がした。


 手が止まった僕を見て、彩乃が一瞬悲しそうな顔をしたあと、逆に僕に手を伸ばしてくる。何をするのかと思ったら、頭をなで始めた。


「いいこ。いいこ」


 ここは笑うところなのかな。なんか泣きそうな気分なんだけど。


「お兄ちゃんは、いいこだから」


 ああ、もう本当に泣きそうだよ。


僕は彩乃から視線を外すと、彩乃の手から逃れるように身を離した。


「手を洗ってくる」


 そう言って、僕は立ち上がった。その僕の手を彩乃がつかむ。


「彩乃?」


「お兄ちゃんの手は綺麗だよ。大丈夫」


 彩乃は、ふんわりと微笑むと、僕の手をつないだのと反対側から柿を出してきた。


「柿、食べる?」


 もう。本当に。僕は確信したよ。君は僕の妹で、僕の一族だよ。


 僕らのすぐ傍には、さっき僕が殺した死体が転がっている。それから向こう側では荒木田さんたちの死体が転がっている。


 この死体だらけの状況で、柿を食べようなんていう女の子は君しかいないに違いない。僕は君のことを心配しすぎる必要は無かったのかもしれない。



 彩乃がガタガタに剥いた柿を僕が見つめている間に、土方さんが死体の傍から立ち上がって怒鳴った。


「おい、死体をその辺の辻に捨ててこい」


 数人の平隊士が戸板を持ってきて、死体を乗せた。


「辻って…」


 そう僕が非難めいた声で呟くと、それを聞きつけたのか、タイミングが合ったのか、土方さんが僕をぎろりと睨みつけた。


「その辺に捨てときゃ、拾いに来る奴がいるだろ」


 そう、誰に言うまでもなく、土方さんは独り言のように大きな声で言って、平隊士をせかして死体を片付けさせていた。


 ああ、そういうことか。


 つまり埋めてしまえば、死んだかどうかも分からない。でも辻のような目立つところに捨ててあれば、殺されたことは分かる。縁がある人間が拾っていくだろうという、見せしめもあるけど、ある意味、情けのある方法なのかもしれない。

 

 すたすたと二人分の足音がして、がむ新くんと左之が来る。


「終わった」


 左之がそっけなく土方さんに報告する。その横でがむ新くんが眉を顰めた。


「こいつ、せっかく捕縛した奴を斬っちまいやがんの」


「だって暴れるんだぜ? 面倒くさいから斬ったんだよ」


 それを聞いて、土方さんがため息をついた。


「おめぇのその短気、なんとかしろ」


 そう言うと、周りを見回して僕と目が合う。


 何か言いたいことを飲み込むような、そんな間のあと、土方さんは左之とがむ新くんをつれて、近藤さんの部屋があるほうへ向かって行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ