第9章 新撰組(11)
自分自身、理解できない状態でいる僕の横を、刀を持った総司が走りぬけ、そして土方さんが僕の肩に手を置いた。
「よくやった」
そう言うと、土方さんも総司の傍に走り寄っていく。そして、ごろりと倒れた人物を仰向けにした。僕は顔しか見たことがない人物だった。隊士のうちの一人だけど、名前は知らない。見事に僕が投げた小刀が突き刺さって、喉から飛び出ている。
総司が立ち上がって、声を張り上げた。
「長州藩に通じているものが居ます! 裏切り者が居ます! 皆さん、油断しないでください」
そう言ってほんの一瞬、安否を確認するように彩乃に視線をやって、安堵したような表情をする。そして総司は邸内に触れ回るべく、大声を張り上げながら歩いていってしまった。
あちらこちらで走り回ったり、倒れたりする音がしている。
ふっと気づいて、さきほど荒木田さんたちがいた場所に目をやった。
二人が居た場所には、腰が抜けて震えている髪結いと、物を言わなくなった血まみれの二つの死体が転がっていた。
「お兄ちゃん…」
彩乃が不安そうに僕に声をかけてきたので、我に返る。頬が緊張しすぎてピクピクとするのを感じつつも、僕は彩乃に微笑んで見せた。
「大丈夫だよ」
大丈夫。大丈夫だ。
僕は自分に言い聞かせる。
この時代は人を殺す時代なんだ。
「お兄ちゃん、怖い目、した」
彩乃がぽつりと言う。
思わず僕の顔はゆがんだと思う。
ああ、そうか。リリアじゃない。彩乃なんだ。そう理解する。
「うん。ごめんね」
僕は彩乃の頭をなでようとして、手を止めた。人を殺したばかりの手で彩乃に触るのは憚られる気がした。
手が止まった僕を見て、彩乃が一瞬悲しそうな顔をしたあと、逆に僕に手を伸ばしてくる。何をするのかと思ったら、頭をなで始めた。
「いいこ。いいこ」
ここは笑うところなのかな。なんか泣きそうな気分なんだけど。
「お兄ちゃんは、いいこだから」
ああ、もう本当に泣きそうだよ。
僕は彩乃から視線を外すと、彩乃の手から逃れるように身を離した。
「手を洗ってくる」
そう言って、僕は立ち上がった。その僕の手を彩乃がつかむ。
「彩乃?」
「お兄ちゃんの手は綺麗だよ。大丈夫」
彩乃は、ふんわりと微笑むと、僕の手をつないだのと反対側から柿を出してきた。
「柿、食べる?」
もう。本当に。僕は確信したよ。君は僕の妹で、僕の一族だよ。
僕らのすぐ傍には、さっき僕が殺した死体が転がっている。それから向こう側では荒木田さんたちの死体が転がっている。
この死体だらけの状況で、柿を食べようなんていう女の子は君しかいないに違いない。僕は君のことを心配しすぎる必要は無かったのかもしれない。
彩乃がガタガタに剥いた柿を僕が見つめている間に、土方さんが死体の傍から立ち上がって怒鳴った。
「おい、死体をその辺の辻に捨ててこい」
数人の平隊士が戸板を持ってきて、死体を乗せた。
「辻って…」
そう僕が非難めいた声で呟くと、それを聞きつけたのか、タイミングが合ったのか、土方さんが僕をぎろりと睨みつけた。
「その辺に捨てときゃ、拾いに来る奴がいるだろ」
そう、誰に言うまでもなく、土方さんは独り言のように大きな声で言って、平隊士をせかして死体を片付けさせていた。
ああ、そういうことか。
つまり埋めてしまえば、死んだかどうかも分からない。でも辻のような目立つところに捨ててあれば、殺されたことは分かる。縁がある人間が拾っていくだろうという、見せしめもあるけど、ある意味、情けのある方法なのかもしれない。
すたすたと二人分の足音がして、がむ新くんと左之が来る。
「終わった」
左之がそっけなく土方さんに報告する。その横でがむ新くんが眉を顰めた。
「こいつ、せっかく捕縛した奴を斬っちまいやがんの」
「だって暴れるんだぜ? 面倒くさいから斬ったんだよ」
それを聞いて、土方さんがため息をついた。
「おめぇのその短気、なんとかしろ」
そう言うと、周りを見回して僕と目が合う。
何か言いたいことを飲み込むような、そんな間のあと、土方さんは左之とがむ新くんをつれて、近藤さんの部屋があるほうへ向かって行った。




