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第9章  新撰組(10)

 朝稽古はパスをして、今日一日の非番をもぎ取る。一晩中、人知れず天井に張り付いていたんだから、そのぐらいは許してもらえるよね。


 午前中の巡察から彩乃が帰ってきたと思ったら、部屋でごろごろしていた僕にずいっとカゴを差し出した。中を見てみると、柿だ。


「どうしたの?」


「お菓子のお礼に貰ったの!」


 彩乃がにこにこと答えた。


 どうやら昨日、彩乃と総司は壬生寺の子供たちにお菓子を配り、さらにお土産も持たせたらしい。そうしたら親の一人からお礼に柿を貰ったということだった。


「お兄ちゃん、剥いてくれる?」


 彩乃が首をかしげて聞いてくる。

 あ、かわいい。かわいいけど…いや、ちょっと待て。


「彩乃、柿、剥けないの?」


「剥けないよ?」


 あ、剥き方、教えたことが無かったか。現代社会だと、あんまりナイフを持つ機会がなかったし。つい僕が剥くことが多かったし。


 うーん。


「教えてあげるから、台所か、誰かから小刀を借りておいで」


 そう僕が答えると、彩乃は嬉しそうに頷いて、ぱたぱたと出ていった。カゴの中のおいしそうな柿が僕の前に残される。


 うん。いい天気みたいだし、縁側で剥くか。


 僕は襖を開けて、部屋の前の縁側に腰を下ろして、彩乃を待った。


 微妙に見える位置の大部屋前の縁側では、御倉さんと荒木田さんが、月代さかやきをしていた。月代っていうのは、時代劇なんかで見る、頭の上の部分が剃ってある髪型、あれだ。別に禿げているわけではなくて、定期的に剃る必要がある。そして髪結いの人に来てもらって、残りの髪の部分を結っているわけだ。


 あの髪型だけは勘弁だなぁと思うから、僕は剃らずに、後ろも多少伸びたとは言え、短いままだけどね。だから坊主に間違えられるんだけど。


 とにかく、御倉さんと荒木田さんは、縁側で髪結いを呼んで、頭を剃っていた。自分が理容院とか美容院に行く代わりに、髪結いといわれる人たちを定期的に呼んで髪をいじってもらっているわけだ。昨日の今日でのんきだよね。いや、ばれてないと思ってるから、日常を演出しているのかな。よくわからないな。


「お兄ちゃん、お待たせ!」


 彩乃が小刀を手に戻ってくる。僕はそれを持って、彩乃に説明しながら、柿を剥き始めた。


 親指には力を入れないこと、動かすのは柿のほうで、小刀のほうは動かさないこと。


 そういうのを説明しながら一つ剥いて、彩乃に小刀を渡す。


 彩乃が真剣な顔をして、柿を剥き始めた。かなりガタガタだけど、なんとか剥いている感じだ。彩乃にとっては力を入れないっていうのが難しいよね。


 何個か剥いたけど、なかなかガタガタな感じが取れない。剥き方かなぁ。あ、持ち方だ。


「そうやって柄をしっかり握らないんだよ。置いている感じにするの。ちょっと貸して」


 そう言って、僕が彩乃から小刀を受け取ったときだった。


 突然大きな音と悲鳴が聞こえた。


 びっくりして顔を上げたら、こっちに必死に走ってくる人影が目に入る。そして、その後ろを総司が刀を手に追いかけてきていた。刀身に陽の光が反射してきらきらしている。


 逃げている人物が僕らの脇をすり抜けた瞬間に、土方さんの怒声が響いた。


「宮月! 奴を仕留めろ!」


 その声を聞いた瞬間に、僕は反射的に、手に持っていた小刀を逃げていった人物の延髄に向かって投げつけた。


 ひゅっと風切り音がして刃が逃げた人物の首の後ろに埋まり、そして喉から切っ先が現れる。


 声を立てる間もなく、その人物はどさりと前のめりに倒れた。



 僕は、今、何をやった?


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