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第9章  新撰組(9)

 越後さんが疑り深そうに覗き込んできた。


「なんて書いてあるのか、読んでみろ」


「いいですけど、特殊な言葉なんで、理解できないですよ?」


 そして僕はゆっくりと読んでいるふりをして、ラテン語で聖句を唱える。


 英語だったら万が一聞いたことがあるかもしれないけど、ラテン語だったらこの時代でもほとんど話している人がいないからね~。特殊な言語だ。


--- miserere mei et exaudi orationem meam.

(私を哀れと思い、私の祈りを聞いてください)



「はあぁ?」


 盛大に聞き返した越後さんに、僕はため息をついた。


「だから言ったじゃないですが。特殊な真言ですよ」


「出任せじゃないだろうな? もう一回読んでみろ」


 僕は一言一句、前の調子そのままに告げた。なんか変だなぁとは思ったみたいだけど、一応、納得してくれたらしい。



 結局、僕たちは敵を避けつつ、荒木田さんたちの気を、穢れだ、八卦だと逸らしつつ、屯所に着いてしまった。


 がむ新くんと中村さんが、ほっとしたような顔をする。逆に荒木田さんたちは当てが外れたような、いつの間にか着いていたことに対して驚いたような顔をしていた。


 屯所の中で、荒木田さんたちと別れて、それぞれの部屋に戻る途中で、ポンとがむ新くんに肩を叩かれた。


「おめぇ、すげぇなぁ。陰陽道とは」


 僕は思わず顔をしかめた。


「嘘に決まってるでしょ」


 そう言ったとたんに、がむ新くんの目が落ちるかと思うほど見開かれて、口がぽかんと開いた。おお、本当に驚くと、口って開くんだね。


「あんなの大嘘。向こうに刀を構えた侍が見えたから、道を変えるための方便」


「え?! じゃあ、あの紙は?」


「あんなの、僕の落書きだよ。筆の試し書き」


 がむ新くんがマジマジと僕の顔を見る。


「おめぇ…。じゃあ、あの真言は?」


「ああ、あれは…」


 僕はちょっと言いよどんだ。これだけはラテン語というわけにはいかない。


 う…。がむ新くんの視線が痛い。思わず、頭をかきむしりそうになって、手を見たところで…。


 うん。思いついた。


 がむ新くんに、にやりと笑って見せて、手のひらを見せる。


「うちの先祖の名前をそれっぽく続けて言っただけ」


 僕は指を折りながら、それっぽく読み上げた。


「おミズさん。おエイさん。それから~」


 ぶつぶつと音が似ている適当な名前を読み上げいくと、がむ新くんが、がっしりと両手で肩をつかんでくる。


 そして呆れたように言った。


「おめぇ、長生きするわ」


「そりゃ、どうも」


 もう既に、長生きしているけどね。しかも、もっと長生きする予定だし。


「とりあえず、助かったぜ。俺はひとまず土方さんと近藤さんに報告してくる」


 そう言って、がむ新くんは近藤さんたちの部屋があるほうへ歩いていく。僕は彩乃が待つ僕たちの部屋へと歩いていった。


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