第1章 隊士になります(8)
「俊にい」
彩乃が…いや、リリアがこちらに振り返った。
昼間は彩乃。夜はリリア。彩乃はとってもおとなしい性格で、リリアは…まあ、あまり女の子らしくない。真夜中になると出てきて、そして朝には消えていく。どうやら二人で一つの身体を使っているような感覚らしく、お互いにお互いの行動は覚えているけれど、実感を伴わず、録画されたものを再生しているような記憶になるらしい。
「なんで、あいつらをやらなかったのさ!」
リリアが拗ねたような、怒ったような目をして僕ににじり寄った。
「あんなやつら、一瞬で終わるじゃん。別に生かしとく意味、ないじゃん」
あ~、これがリリア。過激なんだよ。彼女が夜でよかったよ。ある意味、血を採取するには良い人格だけど、人間と共存するには向かない性格だ。
「リリア、おまえね。その、何でも殺しちゃおうとする性格、どうにかしなさい」
「俊にい、人のこと言えると思ってんの? あたしは言うだけで、一回も殺したことないもん。やっても半殺し。俊にいのほうが酷いって知ってんだからね」
あ、いたた…。僕は額に手をやった。痛いところを突いてくるなぁ。
「あのねぇ」
そういいかけて、僕は口をつぐんだ。リリアも視線を横に流すと、そのまま自分の気配を絶つ。
視線の先に酔っ払った男が歩いてくるのが見えた。
本日の獲物だ。
僕たちの種族には、あまり倫理観念がない。ぶっちゃけ僕らの親の世代までは近親相姦が結構あって、血が濃いほど良いとされた。
血は濃いほうが、能力が高く出るということらしい。
遺伝子学上は、近すぎる関係での婚姻は問題が出やすいとされる。
だが、それすらも僕らの種族では、能力の一部となってしまうわけだ。大昔の形状と思われるものが表れたり、妙な能力が表れたり。だから個体差が大きい。
彩乃とリリアの関係がそれなのかどうかは、よく分からない。
「リリア」
「なに?」
ぶっきらぼうな声が返る。
それに苦笑しながら、僕は告げた。
「大事にはしない。『献血』してもらうだけだ」
分かっていたかのようにリリアは肩をすくめた。
僕は音も立てずに男の傍へ寄った。そしてポンと肩を叩く。
男がびくりとして振り返ったところで、目に力を入れた。
驚いた表情の男の瞳に僕の瞳が映りこんでいる。紅色の瞳だ。虹彩部分が赤くなるんだ。これは僕らが能力をフルで使うときの証。本気になると目の色が変わる。文字通りだね。
ぐらりと男の身体が揺れたと思ったとたんに、意識を失っていた。これで明日は飲みすぎたと思うだろう。
そっと男の腕を持ち上げて肌を出す。うーん。なんか喰らいつくのに、すごく抵抗があるんだけど。次回は濡れた手ぬぐいを持ってこよう。消毒用脱脂綿とかないからねぇ。
そう思いながら血管に歯を立てる。自然と尖る歯で肌に穴を開けると、温かい生き血が流れ込んできた。
なんというか、やっぱり献血の血液とは違うね。鮮度が。
ちょっとだけ啜って、リリアと交代する。
リリアも男の腕を見て、一瞬考え込んだような顔をしたけれど、僕が口をつけたところに牙を立てた。




