第9章 新撰組(3)
以前、僕がスリに合って以来、彩乃が一生懸命縫って、僕たちの着物の懐の内側にはポケットがついている。
これなら落とさないだろうっていう工夫だ。
こんなことを話していたら、どたどたと足音がして、がらり障子が開いた。ひょいっと永倉新八が顔を出す。
「俊! おめぇ、ヒマだったら、ちょっと付き合え!」
「がむ新くん、また島原? 好きだねぇ」
最近、僕も彼のことは、平助に習ってがむ新くんと呼び始めた。がむしゃら新八で、がむ新だって。なんか座りが悪くて、僕は『くん』づけにしているけど。
「ああ、まあ、ちょっとな。ヒマだろ? 来いよ」
思わず苦笑して彩乃を見ると、じっと諦めたように見ている。まあ、ここのところ、付き合いが悪かったし、付き合うか…。
「行ってくる」
「うん」
用意して出ようとしたら、総司がやってきた。
「彩乃さん、壬生寺行きましょう」
…お前こそ、島原とかないのかっ!
と心の叫びは置いておいて、はぁ。総司、そろそろ諦めようよ。
僕の気持ちとは裏腹に、彩乃はにっこり笑うと、はいっ! と返事をして、軽く胸元を押さえると、楽しそうに出ていった。
「いいのかよ?」
にやにやしながら、がむ新くんが聞いてくる。
「何が」
「大事な妹なんだろ?」
「そうだけど、総司だから。仕方ないでしょ」
そういうと、がむ新くんは妙に納得した顔をする。
「そうだよな。総司だもんな」
「うん。それに相手が彩乃だし」
「そうだよな。彩乃だもんな」
ぽりぽりと、がむ新くんが頭をかいた。
「左之がさぁ、流し目が効かなかったって、嘆いてたんだぜ」
「へ?」
「あいつ、女に意識されなかったの、初めてだって言ってた」
「あ~」
「おめぇ、どうするとああいう妹ができるんだよ」
いや、知らないよ。そんなこと。
「あからさまな総司ですら、袖にしてるもんなぁ」
「いや、袖にしているっていうよりは、気づいてないっていうか?」
「そこがこえぇよな」
僕は苦笑いした。
「まあ、総司に感謝しろよ」
「え? なんで?」
「平隊士で、彩乃に懸想した奴は、全部総司が朝稽古でやっつけてんの。おめぇ、そういうの、疎いだろ」
「え? ええっ!」
「知らなかったのかよ」
知らない。知らない。
「総司が怖くて、みんな彩乃に手ぇだせねぇんだよ。彩乃の『あ』でも言ったとたんに、目の色変えて三段突きだぜ? 実態はともかく、彩乃は総司の立派な『女』なんだよ」
「し…知らなかった」
やけに彩乃に対する態度が、みんな丁寧だな~とは思ってたんだよね。超紳士的って思ってたんだけど…。そうじゃなかったんだ…。
僕は思わずへたり込みそうになった。
そんな僕の肩をぽんと、がむ新くんは叩いた。
「ま、しっかりしろや。アニキ」
いやいや。
今知った事実が、あまりにもインパクトありすぎて。
「よーし、行くぜぇ」
僕は引きづられるようにして、島原につれていかれた。




