間章 セイレーン
-------- 土方視点 ------------
柿か…。
俺は目の前の柿を見ながら、何か一句できないかと考えこんでいた。
ほそぼそと書き溜めている発句集。秋は季語も多いし、こういうことをやるには一番の季節だ。
柿食えば、鐘がなるなり、そばの壬生寺。 字あまり。
…いや、いかん。古の俳人の歌に引っ張られてしまった。ここは頭をからっぽにして…。
「うーん」
そう唸ってから、俺は変なものが聞こえることに気づいた。
「るるるん、る~。なんとかで~」
聞いたことがない節回しだ。なんだ?
「ららら~。いっつら~~ぶ」
どうやら井戸のあるほうから聞こえてくる。
声の主は分かった。こんな高い声が出るのはあいつしかいない。あの女だ。
何かを歌っていることはわかるが、中身がさっぱりわからねぇ。
井戸の前まで行くと、やっぱりあの女が一人でにこにこと洗濯物をしながら、なにやら口ずさんでいる。
まったくあいつらは…洗濯なんていうのは、汚れたらやりゃあいいんだ。匂いがしてきたころに洗うぐらいでいいだろうに。何をそんなに綺麗にしたいんだか。京を見回しても、江戸にいたころだって、あんなに洗濯ばっかりやってる奴らを見たことがねぇ。
俺は節回しも気になって、足音を消すようにして歩いていた。ところがまだ距離があるっていうのに、俺の心の蔵の音でも聞こえたかのように声がやんで、俺のほうを見やがった。
そして急に不安そうな顔になる。
その雰囲気は、まるでウサギだ。
「おめぇ。なんだ。そいつは」
足早に近づいて俺が言うと、びくりと身体を震わせる。
そして手に持った白い布を持ち上げて見せた。
「洗濯もの…?」
「いや、俺はおめぇが何を洗ってやがるか聞きてぇんじゃなくてな、おめぇのそのなんか」
そう言いかけたとたんに、後ろから声がしやがった。
「あ~、土方さん、彩乃をいじめてやんの」
「ひでぇな。怖いのは顔だけにしといたほうが…」
「おい。おい。本当のこと言っちゃあ、やべぇだろ」
平助、左之、新八。
おめぇら…。
俺はくるりと回ると、後ろを睨んだ。
「うわっ! 鬼が来た」
平助がそう言って駆け出す。
左之と新八も俺の顔を見た瞬間に、くるりと背を向けて、平助の後を追って逃げた。
「てめぇら、士道不覚悟だろうがっ! 逃げるなっ!」
俺がそう叫ぶと、
「鬼と戦うのは、士道じゃないっしょ」
左之が笑いを含んだ声で言い返してくる。
「てめぇら、シメる!」
「うわっ!」
三人は悲鳴をあげて本気で走り出すと門から出ていってしまった。
「しばらく帰ってくるな! バカやろう!」
ちっ。あいつらのおかげで、あの女に聞きそびれたじゃねぇか。
あの変な節回しのことを。
残念ながらあれ以来、井戸のところであの女の声が聞こえることもなく、俺はあの節回しについて聞く機会を逃してしまったようだ。




