表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/639

間章  セイレーン

-------- 土方視点 ------------


 柿か…。


 俺は目の前の柿を見ながら、何か一句できないかと考えこんでいた。


 ほそぼそと書き溜めている発句集。秋は季語も多いし、こういうことをやるには一番の季節だ。


 柿食えば、鐘がなるなり、そばの壬生寺。   字あまり。


 …いや、いかん。古の俳人の歌に引っ張られてしまった。ここは頭をからっぽにして…。


「うーん」


 そう唸ってから、俺は変なものが聞こえることに気づいた。


「るるるん、る~。なんとかで~」


 聞いたことがない節回しだ。なんだ?


「ららら~。いっつら~~ぶ」


 どうやら井戸のあるほうから聞こえてくる。


 声の主は分かった。こんな高い声が出るのはあいつしかいない。あの女だ。


 何かを歌っていることはわかるが、中身がさっぱりわからねぇ。


 井戸の前まで行くと、やっぱりあの女が一人でにこにこと洗濯物をしながら、なにやら口ずさんでいる。


 まったくあいつらは…洗濯なんていうのは、汚れたらやりゃあいいんだ。匂いがしてきたころに洗うぐらいでいいだろうに。何をそんなに綺麗にしたいんだか。京を見回しても、江戸にいたころだって、あんなに洗濯ばっかりやってる奴らを見たことがねぇ。

 

 俺は節回しも気になって、足音を消すようにして歩いていた。ところがまだ距離があるっていうのに、俺の心の蔵の音でも聞こえたかのように声がやんで、俺のほうを見やがった。


 そして急に不安そうな顔になる。


 その雰囲気は、まるでウサギだ。




「おめぇ。なんだ。そいつは」


 足早に近づいて俺が言うと、びくりと身体を震わせる。


 そして手に持った白い布を持ち上げて見せた。


「洗濯もの…?」


「いや、俺はおめぇが何を洗ってやがるか聞きてぇんじゃなくてな、おめぇのそのなんか」


 そう言いかけたとたんに、後ろから声がしやがった。


「あ~、土方さん、彩乃をいじめてやんの」


「ひでぇな。怖いのは顔だけにしといたほうが…」


「おい。おい。本当のこと言っちゃあ、やべぇだろ」


 平助、左之、新八。


 おめぇら…。



 俺はくるりと回ると、後ろを睨んだ。


「うわっ! 鬼が来た」


 平助がそう言って駆け出す。


 左之と新八も俺の顔を見た瞬間に、くるりと背を向けて、平助の後を追って逃げた。


「てめぇら、士道不覚悟だろうがっ! 逃げるなっ!」


 俺がそう叫ぶと、


「鬼と戦うのは、士道じゃないっしょ」


 左之が笑いを含んだ声で言い返してくる。


「てめぇら、シメる!」


「うわっ!」


 三人は悲鳴をあげて本気で走り出すと門から出ていってしまった。


「しばらく帰ってくるな! バカやろう!」


 ちっ。あいつらのおかげで、あの女に聞きそびれたじゃねぇか。


 あの変な節回しのことを。




 残念ながらあれ以来、井戸のところであの女の声が聞こえることもなく、俺はあの節回しについて聞く機会を逃してしまったようだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ