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第8章  雨の長夜にすることは…(6)

 蒲団に入って、しばらくしたころに、どやどやと人が帰ってくる音が聞こえた。


 そして…もっと時間が立ってから…雨にまぎれて、剣が当たる音と、人の呻き声と、倒れる音が聞こえ始めた。


 彩乃…今の時間だとリリアだろうか。薄い蒲団を頭から被って身動きしない。


 僕は思いついた歌を低い声で歌い始めた。まわりには聞こえないようにそっと。


Holy, holy, holy! Lord God Almighty

Early in the morning our song shall rise to thee;

Holy, holy, holy merciful and mighty!

God in Three Persons, blessed Trinity!



「俊にい、何それ」


 リリアがもそもそと蒲団から顔を出す。


「ん? ぱっと出た歌がこれしかなかった。賛美歌だよ」


 そう言うと、リリアが薄く笑った。


「見つかったら大変だよ。異国はダメなんでしょ」


「仕方ないじゃん。一番歌ってた歌だから。あと思い出したのがイギリス国歌だもん」


「えっと、なんか女王を守れって感じのタイトル?」


「そう。God Save the Queen」



 あれは女王の時代だと、Queenだけど、王の時代だとGod Save the Kingに変わる。ちなみに正統派のイギリス英語をQueen's Englishって呼ぶけど、それも王の時代だと、King's Englishとなる。余談だけどね。


 ここで正統派って言ったのは、一般的なイメージでの貴族が使うような言葉っていえばいいのかな。最近は、BBCの英語という人もいる。厳密に言うとBBCはRP(Received Pronounciation)で違っちゃうんだけど…一緒にする人もいるし。言葉っていうのは難しいね。


 ま、僕からしてみたら、どれが正統かなんて、時代によって変わるし、言ってる人間が主張してるだけだけどさ。


 余談ついでに、どんな言語にも方言があるようにイギリス英語にも方言があるわけで、いくつかあるけど、有名なところだとコックニー訛りかな。下町訛り。労働者階級の言葉といわれることもある。有名な映画「My Fair Lady」で主人公の女性が最初に使っているのがコックニーだね。


 コックニーだと言い回し自体が違うこともある。例えばdog and bone(犬と骨)というとphone(電話)のことだったり。でも最近は…というか、未来では本気で使っている人はあまり見なくなったね。


 かなり話がずれてしまった。


「え~、なんか他にないの?」


 リリアが面白がって僕に言うけれど、僕の頭の中には流行の歌はさっぱり出てこない。


「じゃ、代わりに歌おうかな」


「いいけど、小声でね」


 しばらく考えた末に、リリアは現代でちょっと前にCMソングになった曲を歌い出す。


「アイニードユー♪ なんとか、かんとかで~」


 僕は吹き出した。


「それ、歌詞じゃないよ」


「仕方ないじゃん。忘れちゃったんだもん!」


 言い返してから、リリアはまた歌い始める。


「だから~♪ なんとか、かんとか、なんとか、かんとか、愛してる~♪」


 酷いもんだ。歌詞の殆どが、「なんとか」と「かんとか」で埋められている。


 ま、いいか。それなら僕でも歌えるな。


 僕もリリアに合わせて小声で歌い出した。


「ふふふーん。なんとかで~」


「俊にい、曲、違う。そこは、るるる~って上がるんだよ」


「いいんだよ。僕は下がるの」


「もうっ! 変なとこで、下がらないでよ。ハモってもいないじゃん」


 僕らの耳に人の呻き声も、倒れる音も聞こえなくなるまで、僕らは「なんとか、かんとかで~」と、不協和音で歌い続けた。


Holy, holy, holy, Lord God Almighty (日本語題名:聖なる、聖なる、聖なるかな)

1827年の歌詞で、著作権期限切れです。念のため。

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