第8章 雨の長夜にすることは…(5)
夜にかけてぽつりぽつりと雨が降り出す。その中で僕は彩乃に勉強を教えていた。取り急ぎ僕が作った手作りの問題集だ。
「とりあえず、それ解いていて」
そう言って、厠(トイレ)へ行こうとしたところで、大部屋に灯が灯っているのが見えた。まだ見回り組も帰ってきてないから、非番で残っている人が僕たちのほかにいたんだろうか。
「誰か残ってるんですか」
そう声をかけると、中から綺麗な顔立ちの男が、心配そうに出てきた。馬詰さんだ。
馬詰さんは親子で入隊してきた人で、息子の柳太郎さんはハンサムなんだけど、結構気が弱くて、荒くれ者が多い隊の中では苦労しているようだった。
出てきたのは柳太郎さんのほうだった。僕の顔を見て、ほっとしたように息をつく。
「あ、あんたか…」
「あ、僕です」
あまりにもほっとしたような顔をしたので、思わずおどけて見せた。
中をひょいと覗くと、お父さんの新太郎さんも残っていた。
「行かなかったんですか?」
「あ、ああいう、ところは…好きじゃなくて…」
柳太郎さんが小さな声で答えた。本当に気が弱いんだな。
「僕と彩乃も残ってるんで。何かあったら言ってください」
「あ、ありがとう…」
そういうと僕はお父さんの新太郎さんにペコリと頭をさげ、柳太郎さんに片手を振って部屋を離れた。なんかここにいたら、逆にプレッシャーをかけそうだし。
そうして厠に行って、戻ってしばらくして、雨が激しくなってきた。
まだみんな、飲んでいるのかな。
「彩乃?」
「ん?」
一生懸命、英語の問題を解いている彩乃に僕は声をかける。
「今晩は、耳を澄まさないこと」
彩乃が顔を上げた。
「何かあるの?」
「うん。多分ある。あまり良くないこと」
彩乃がじっと僕の顔を見る。
「僕たちが口を出しちゃいけないこと」
彩乃はふっと目を伏せる。
「だめなの?」
「だめ」
わかった…そう呟いて、彩乃はまた顔を伏せて、墨と格闘し始める。
使っているのは、羽ペンだ。正真正銘の鳥の羽。それを墨汁に浸して使っていた。
書きにくいけど、多分、まだ筆よりはいいんじゃないかな。
横に文字を書くのに、あまり筆の使い勝手は良くないから、僕が山で適当に拾ってきた。カラスかな。なんだろう。大きな羽なんだけど。
「そろそろ寝る?」
しばらくして僕は彩乃の手元を覗き込み、答えを見ながら言った。
「うん…」
あまりすすんでない問題集は、とりあえず僕たちの着物を入れたつづらに隠す。つづらっていうのは、四角い箱のことだ。そこに鳥の羽も一緒に入れた。家具なんて殆どないからね。隠す場所もなかなか難しい。




