4節 能力の発動
バイクに跨っていたのは、桜色のポニーテール、真紅の瞳、そして例のごとく全身に明るい栗色の毛皮を纏っていた。どうやら猫+人のようだ。整った毛並みと桜色の長髪、スマートな輪郭、袖なし未来風の戦闘服から見えるライン、遠目から見れば女性? メス? と言っても良いように思えたが、腕の筋肉・狩りをするような獣のオーラ・胸板から男性? オスだと思った。
バイクからすかさず距離をとり兵士の真ん中に立つ。兵士たちは一斉に銃口をポニーテールの彼に向ける。
左手を突く出す格好で「ハァァァァァァ!」と叫ぶ。彼の周りに光が満ち溢れるのが見えた。何語かわからない象形文字の様な模様がかざした、左手に浮かぶのが見えた。
そして、その文字が脳内で英語に翻訳された-Boot On infertyDrive-。
兵士たちが一斉に発砲しおびただしい数の弾丸がポニーテルの彼に向けて降り注ぐ。
その時「質量転換防壁」と叫ぶわけではないが、ハッキリと発声し前方をなぎ払うように手のひらを動かした。
「キュイィィィィイン!」という音とともに、空間が歪み空気が吸い込まれるような現象が起きた。
毎秒850メートルオーバー……音の壁を超え熱の壁さえ越えようとする弾丸の運動エネルギーが打ち消されていく。ポニーテルの彼に近づいた弾丸はみるみる減速する。
そして、ヘリウムガスが入った風船のようにフワフワと彼の周りに漂う。
しかし、弾丸同士が触れ合った音は「カキーン!」という金属音その物であった。
無重力で漂っている様に見える周りの弾丸を左手で軽く掬う。
「対物装備が効かないだと!」兵士たちが明らかに動揺している。
ポニーテールの彼は苛立ちながらに言い放った「この鉛球は、ウチの前ではただのマシュマロなんだし」
その言葉を元に、亮は思考する。「つまり、質量を操作してるということなのかな?」運動エネルギーは<物体の質量と速さの二乗に比例する>中学で習う古典力学の問題だ。簡単に言えば「早ければ早いほど、重ければ重いほど破壊力(運動エネルギー)が増す」。仮に弾丸が0グラムだとすれば、掛け算で成り立つこの式では運動エネルギーは0となる。
そんな思考を巡らせようとした所、彼が動いた。「無限の方向量転換砲(インフェルニティ ベクトルコンバージョンキャノン)」そう発声しながら、弾丸を野球ボールの要領で投げた。
「ズバシュゥゥゥゥ!」音速の壁を破る時に発生する衝撃波が銃声のように響き、弾丸は白熱し光りの軌跡を描きながら兵士を直撃した。兵士の体内で爆発したかの様に背中から肉片が飛び散る。
「うちに当たる時は、水素のように軽く 但し、お前に当たる時はプルトニウムより重く」彼はそのように説明した。その説明を聞いてなのか解らないが、兵士の一人が絶望した様につぶやく。「TNT爆薬でもビクトもしないインフェニウム合金製のクワンタムスーツが……」恐らく、クワンタムスーツとは敵が纏っているスーツの名称のことなんだろうと亮は思った。
「私達の意志を封じ2回殺したお前らを許さん」彼は半ばキレているようだった。「無限の方向量転換連射砲(インフェルニティ VCCガトリング)」と発声し、弾丸を目の前に浮上させ空中に配置した。そして配置した弾丸舐めるように手でなぞる。手に触れた弾丸から加速され発射される。音の壁を破る衝撃波がガトリング砲の如く腹に響き無数の軌跡を描く。
兵士数十名は倒れこんだ。体が爆発飛散したようなグロテスクな死体から、辛うじて動ける兵も見当たる。ただ、出血の量から1分とは保たないだろう。
ポニーテールの彼は背中を向けるのがシルエットとしてわかる。それは先ほどの戦闘で出来た砂埃のせいだろう。その砂埃も数秒で風に流され消え、そして後ろ姿がみえた。風に靡く髪が綺麗だった。「ヤダ……また泣いちゃった」ここだけ見れば、憂いに満ちた姫のようにも見える。
物理法則を超越した戦闘と幻想的な後ろ姿。唖然としていた。
彼は少し間をおいた後、太ももに装備した百科事典ほどの端末を開く。その中は極彩色マーブル模様の膜がある。「エイリアス1 レッドウルフ 2個」とつぶやくと端末から缶コーヒーサイズの金属缶が2個飛び出す。ゲームで見慣れたスタングレネードのようにも見える。1個を亮に向かって投げた。
先ほどの戦闘にしろ、色々と事が起こりすぎて不安と苛立ちが募っていた。さらに彼の肩は色んな意味でオカシイ。小指サイズの弾丸であれだけの威力。たとえ兵器でなくても、缶サイズならミサイル級の威力を叩きだすだろうと想像するのは容易だった。振りかぶった瞬間。亮は思わず避ける。
「カラン……」戦闘が終わり機械音等が消え、風が吹く音の中に虚しく金属缶の転がる音が響いた。爆発したりする様子が無いことから兵器でない事が解った。
身の危険が去ったと言う安堵感は刹那で、彼が敵ではないと理解した途端、今まで呆気にとられて言えなかった、疑問・不平不満が噴出した。