音楽新世紀元年-Music new century first year-
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・5月24日午前0時41分付
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2008年12月、合格したメンバーに関しての発表がワックワック生放送内で行われた。
『想定の範囲内だったか』
『あの元プロ野球選手は駄目だったか』
『第2次募集がどうなるか…楽しみだ』
コメントでも色々な意見が流れる。合格したメンバーは、飛翔、まどか、服部半蔵、サスケ、瀬川、ドラゴンの覆面、ライオンの覆面となり、ピエロは補欠としてのメンバー入りなった。
2009年1月、草加市以外にも他の区域も範囲内となる予定だったが、草加市内限定で募集した多機能型太陽発電機のスポンサー募集に大量の申し込みがあった事、申し込み分に対応する為の量産体制が難航した事により、第1次サウンドランナーのコースに関しては草加市内と東京都足立区限定という事になった。
「まさか、ここまで反響があるとは嬉しい悲鳴と言った所か…」
プロデューサーも計画スタート当時は、ここまでの大反響を呼ぶ事になろうとは思っていなかった。これも応援してくれたユーザーや他の協力者のおかげ…という事か。
「今回、運んでもらうメモリーはこれだ」
晴天の竹ノ塚駅前、赤いランナー用スーツを着たドラゴンの覆面がオペレーターの男性からメモリースティックを受け取る。これが本社ビルへ運んで欲しいメモリーと言う事らしい。
「中身に関しては、この通信も盗聴されている可能性が否定できない為、教える事は出来ない―健闘を祈る」
耳に付けたインカムからプロデューサーの声が聞こえる。彼の場合は、覆面の下に付けている為にインカムの形状などは確認できないが…。
「レッドドラゴン、走り抜ける!」
ドラゴンの覆面ことレッドドラゴンが竹ノ塚駅を出発し、本社ビルへと向かう。
『いよいよ始まるか…』
『あのスーツは、生放送で発表された物のカスタマイズバージョンか』
『最初に始まるのが、まさかドラゴンの覆面になろうとは予想外だな』
コメントでも他のメンバーが第1号の方が良かったという物もあったが、無事にスタートした事を喜ぶコメントが半数を占めた。
『考えてみれば、メモリーと言う手段を使わなくてもプレミアム会員用の回線を使えば本社の方には送れるのでは?』
このコメントが放送中に流れると、その通りだが…というコメントが多く流れ始めていた。中には―。
『プレミアム回線を使ったとしても、前の段階で発見されて音楽管理システム等に登録されたらアウトじゃないのか?』
プレミアム用と一般用では回線の仕様が若干異なるワックワック動画だが、回線に通す前の段階で楽曲が読み取られて登録されてしまったら同じ事である。
『デジタルでセキュリティ不備が言われている状況だからこそ、サウンドランナーと言うアナログ手段で楽曲権利を保護しようと言うのが目的じゃないのか?』
強固なセキュリティでも完璧という保証はどこにもなく、デジタルサウンドにおけるセキュリティ不備はグループ・ハンドレットの一件から何度も言われている事である。サウンドランナーと言う存在自体、楽曲の権利は早いもの勝ちではないと言う事を証明する為に作られたのではというのが有力説になっている。
『公式ではこの辺りに関しては未発表だからな…憶測の域は出ないか』
実は、この辺りはワックワック動画でも本来の目的に関しての公式発表が行われていない。公式では、時期を見て本来の目的を発表するとの事だが―。
レッドドラゴンが住宅街を走り抜け、本社ビルまで数百メートル近辺まで到達した。
『まだ5分過ぎた辺りじゃないのか』
『ビルクライムは、コース的にも出てきそうにないか』
『やっぱり、飛翔がサウンドランナーの技術底上げをしているな』
コメントでも飛翔の存在が他の運び屋に影響を与えているような物が流れている。レッドドラゴンが6分台でゴールした事が実況されると―。
『あの体格で良く走れるな…』
『6分台が出たのか』
『あの距離だったら、5分切ってもおかしくはないだろう―』
飛翔と比較するコメントも何個かはあったものの、半数近くは完走を祝福する物が多かった。それだけ、最初の中継が成功した事の意味合いは大きい。
2月、サウンドランナー人気がヒートアップしていく中、ある問題を抱えていた人物がいた。
「ここ最近のサウンドランナー人気が影響して、同人大手のアーティストがサウンドランナーに楽曲を届けるように依頼するケースが増えてきている―」
テレビ局の楽屋でノートパソコンとにらみ合いをしているのは、金髪のポニーテールに身長165位の女性だった。彼女は超有名アイドルとなったグループ・ハンドレットのリーダーであるノア。過去にグループ50に所属していた事もあったが、解散後はグループ・ハンドレットの芸能事務所にスカウトされて新リーダーをする事になったのである。
「これでは、以前のようにサーバーをチェックして楽曲を登録と言う事が―」
ノアがクッションを壁に向かって投げつけようとしたが、途中でドアのノックする音が聞こえたので投げるのをやめた。ノックして楽屋に入ってきたのはグループ・ハンドレットのメンバー4人とマネージャーである。
「そろそろ打ち合わせと収録準備が出来たから、スタジオ入りして欲しいって…」
女性マネージャーがメンバーと共に打ち合わせに参加して欲しいとノアの楽屋にやってきたのである。ノートパソコンの中身は他のメンバーやマネージャーには気付かれていないようだ。
「このままでは終わらない。音楽業界は超有名アイドルなしでは業界の維持が不可能なまでになっている以上、サウンドランナーが業界再編につながる事だけは…」
ノアは今の音楽業界が超有名アイドルによって市場が独占されている限り、日本経済も未来永劫の安泰が約束されていると思っていた。そして、それを崩そうと考えているサウンドランナーや他の動きに関してはパソコンを駆使して情報を集めているのだが…。
「これは…?」
収録後、ノアがネットで発見したのは想像を絶するような光景だったという…。
3月、グループ・ハンドレットの新曲がメンバー変更後初のウィークリーチャート5位になったというニュースは、音楽業界だけではなく芸能界に衝撃を走らせた。ノアが加入してからはウィークリー初登場1位が続いていただけに、ベスト3ではなく5位になったという点も含めて衝撃が大きかった。その代わりに1位となったのは、瀬川が過去に在籍していたラクシュミの新曲である。
『今までよりはオリジナリティある曲だと思ったから1位を取れると思ったが―』
『やっぱり、例の騒動が影響しているのに加えてサウンドランナーの登場が止めをさしたのかも』
『記録はいつか破られる物、それを永遠に続けられるとしたら…それは奇跡に近いのかもしれないな―』
ネット上でもグループ・ハンドレットのニュースは話題となり、記録はいつか破られる物、サウンドランナーの影響を一番受けたアイドル等とネット上で言われるようになった。
「あの時の予言は、この事だったのね…」
ノアが2月に発見した記事、それは超有名アイドル商法が長く続かないという内容の記事だったのである。グループ・ハンドレットはもちろんの事、既に解散したグループや現在活躍中のアイドルも含めた記事になっている。
「超有名アイドルなしで日本経済は成り立たない。他のジャンルが入るような事は―」
ノアは思う。超有名アイドルが不景気と言われていた日本経済に再び光を取り戻させたのである…と。それなのに、周囲は超有名アイドル以外のジャンルを注目しだし、遂には芸能界から追い出そうとしている…と。
『その一方で、遂に動き出した気配だな』
『強化型装甲アイドル―以前の面接で瀬川が披露したアレの事か』
『政府公認で特撮ヒーローなアイドルをやるとか…考え方が凄すぎる』
『強化型装甲のデザイン募集―どうするつもりだ?』
グループ・ハンドレットとは別に話題となったのは、強化型装甲アイドルの存在だった。今まではトライアル等の情報ばかりで正式な情報が出てこなかったのだが、グループ名を含めて細かい部分まで発表されたのである。
『ホーリーフォース、サウンドランナーとは人気を二分化するのか不明だが、最低でも超有名アイドルよりは人気になりそうな気配が感じられる―』
ホーリーフォース、3月20日に一斉に情報が解禁となり、ネット上ではグループ・ハンドレットの人気がダウンした事に続く大ニュースとなっていたのである。
『瀬川がナンバー1か…サウンドランナーとどちらを優先して活動するつもりだろうか』
一方で、瀬川がホーリーフォースとサウンドランナーをかけ持ちしている事についてネット上では体調を心配する声があった。
4月、第2次募集がスタートした事に加えて、秋葉原や日暮里、東京都葛飾区及び北区の一部にもサウンドランナーのコースが新設された。第2次サウンドランナー改革の始まりを物語るような展開である。
「新メンバーは既に2月頃に前回の不採用者を中心にして連絡して、再挑戦をしてみたいと言う5人と完全に新規メンバーとなる5人の合計10人を加える予定になっています」
プロデューサーの話によると、第1次募集で不採用となった参加者の内、面接及び実技審査を水面下に受けて合格した5人と、今回の第2次審査で新規に参加しようと言う5人の合計10人をメンバーに加えると言う物である。なお、この新規メンバー発表は5月に同時に行われる仕組みになっており、前回同様に面接及び実技の模様は生放送もされる。
『前回同様に生放送があるのか』
『前回は時間が合わなかったが、今回は日曜になるのか…』
『敗者復活枠で採用された5人が気になるが…新規で運び屋にエントリーした人たちも気になるな』
今回の面接及び実技に関しても中継がされる事には半数以上が賛成の意見である。その一方で、マンネリ防止策は欲しいとするユーザーやサウンドランナーの放送枠をもう少し増やしてほしいという意見も少数ながら存在した。
4月1日、補欠として登録されていたピエロの人物が遂にサウンドランナーデビューとなった。この放送には放送準備の段階から500人と言う人数の視聴者数となり、この人物がどんなスキルを見せるのか…という期待の表れでもあった。
「届けるメモリーは、こちらです」
女性オペレーターがピエロにメモリースティックを渡す。そして、ピエロの方は女性オペレーターに一礼をした後、指をパチンと鳴らして1枚のメールを取りだした。
『ピエロ凄いな』
『本物のマジシャンかもしれないな』
『この人は喋らずにいて欲しい所だな。喋らない事が一種のアイデンティティになっている人物も存在する位―』
ピエロの演出に衝撃を覚える者、実は有名マジシャンなのでは…と思う者、喋らない事が一種の特徴である人物もいる為、彼には喋って欲しくないと思う者等…ピエロを初見で見た視聴者にとっては驚きの連続であった。
「なるほど…このメールに書かれている文章を読み上げればいいのですね?」
女性オペレーターがメールの中身を確認すると、そこには他のサウンドランナーで言う所のスタート時の台詞が書かれていた。オペレーターの確認を聞くと、ピエロはVサインで答える。
「クラウンクイーン、疾走します!」
クラウンクイーンと呼ばれたピエロは覆面と実技時に着ていた衣装を脱ぎ捨てた。その中から現れたのは、バニーガールを思わせるようなコスチュームと半分になったピエロの仮面と美女と思わせるような顔、黒髪ツインテール…。唯一の難点があるとすれば、体格がスリムとは言い難い部分にあった。
『まさかの正体吹いた』
『一体誰だよ!?』
『外見が誰得過ぎた。ピエロのまま走っても面白そうだが』
コメントの半数は期待外れ…と言う事ではなく、ネタ要員と言う事に対するコメントが多かった。本名不明でエントリー出来た事に対してのコメントもいくつかあったが…。
『そうなると、服部半蔵って何者なのか気になるな…確実に本名でエントリーしているはずだが、名前は何処にも出ていない』
クラウンクイーンが西新井からスタートする一方で、実技の最終テストを兼ねて南千住駅からスタートする人物がいた。
『あの元プロ野球選手じゃないか』
『今回の実技テスト、合格するといいな』
『体力はあるから、後はマップを覚えられるかだが―』
南千住からゴールの草加まで走るのは、第1次の運び屋応募で落選をしてしまった元プロ野球選手である。コードネームは仮の物だが、ホワイトイーグルを名乗っている。
「今回の実技テスト…必ず合格をして第2の人生を掴む!」
しかし、北千住駅を通り過ぎようとした時に接近する一つの影が目撃された。
『こちらで未確認の妨害要素を発見した。実技テストは中止だ。ただちに戻りたまえ―』
ホワイトイーグルのインカムから男性の声でテストの中止を告げる連絡があったが、彼は連絡を無視して影を振り切ろうとする。
「振り切れない…だと!」
いくら走っても影との差は広がるどころか狭くなっている。そして、振り向いた次の瞬間にはメモリースティックを奪われていたのである。体格は女性にも見えるのだが…。
「メモリーはいただいた―」
フルフェイスを被ったサウンドランナーが中継カメラに写っていたのだが、識別信号は出ておらず、おそらくは非公認サウンドランナーと思われる。それがどうしてメモリーの強奪を考えたのか…。
「こちらの予想は、的中したか―」
メモリースティック強奪の現場を別の人物も目撃していた。その人物は、忍者を思わるようなスーツに装甲というよりは甲冑に近いデザインをしていた。認識コード等で、彼は服部半蔵だと言う事が分かった。半蔵はハンディカメラを片手にライダースーツの人物を追跡し始める。
「サスケさん、どうして私の邪魔をするのですか? あなたも同じサウンドランナーならば彼女のやっている事は―」
その一方で魔法少女のコスチュームを着たまどかが北千住駅構内で、半蔵と同じ忍者コスチュームの人物であるサスケに足止めをされていた。半蔵とサスケの違いは、忍び装束の色が半蔵は黒に対して、サスケは青と言う点だろうか。
「残念だが、君の性格では彼女をその場で捕まえるつもりだろう。それでは、こちらの都合に悪い―」
まどかはサスケの声に若干の違和感を覚えた。あの時に現れたのは女性だったが、目の前にいるサスケは男性声なのである。
『お互いにそこまでにしてもらおうか―』
2人のインカムから聞こえた声の主はプロデューサーだった。どうやら、今回の一連の動きに関して何かをつかんでいるらしい。
『今回の一件に関しては半蔵に全て一任してある以上、他のメンバーが介入して相手に気付かれる状況だけは作りたくない。事を大きくしてしまっては―』
プロデューサーの意向もある為、サスケとまどかはお互いに退却をする事にした。
「いつかは偽者が出現すると思っていたが…早いタイミングで現れるとは予想外だったとしか思えない。強化型装甲アイドルにも人気を取られる事を懸念した妨害活動なのだろうか―あるいは単独犯か…」
プロデューサーはネット上でも強化型装甲アイドルが検索ワード上位に入っている現状やグループ・ハンドレットをはじめとした超有名アイドルがテンプレ化している事も、アイドル戦国時代を予感させる現象になっているのではないかと思っている。しかし、楽曲をデジタル手段ではなくアナログで輸送する運び屋は楽曲ライセンスの使用料収入等で経営をしている芸能事務所にとっては、ある意味で問題となっている。
それに加えてサウンドランナーの人気を落とそうと超有名アイドルのファンクラブ会員が偽情報をネット上に流す、記念の石碑を破壊する等の妨害活動をしている存在も確認している。彼らの目的はサウンドランナーの人気を落とすだけではなく、超有名アイドルに注目されて欲しい、超有名アイドルが日本経済を活性化させた事を忘れさせない為―色々な所説は流れているが、真相は分からない。
「超有名アイドルのファンクラブ以外にも芸能事務所単位で動いている存在もあるか―」
実は、裏で楽曲サーバーからライセンス登録されていないネット上の有名曲等に超有名アイドルの名義で登録するという裏工作も横行しているという噂がある。その為、アナログ手段で楽曲を輸送するサウンドランナーと言う存在は彼らにとっては邪魔な存在でしかないのである。その手助けをしていると言われているのが、超有名アイドルを目立たせる為だけのダミーアイドルをプロデュースしている芸能事務所等である。
彼らは超有名アイドルを目立たせる見返りとして、多額の賄賂を得ているという情報もある。これらの情報は政府や別の組織も気付いていておかしくはないのだが、現状では証拠がない為に動けないのが現状である。
「これでは芸能事務所も、何処かの権利屋等と同じレベル―。このような現状になった原因は、超有名アイドルのテンプレで競争率が激しくなった事か…」
超有名アイドルのファン争奪戦は今に始まった事ではないが、最近はファンが重火器や二足歩行ロボット等で武装化し、他のファンクラブを潰そうとするような計画が何度も立てられている現状もある。これらの計画は事前に阻止はされているものの、一歩間違えれば音楽業界と芸能界が消滅しかねない程にデリケートな問題になっている。芸能事務所が裏工作を行う事も犯罪に近いのは間違いのない事実だが、ファンクラブ同士の抗争等は無関係の市民も巻き込まれる可能性があるだけに無視する事は出来ない問題である。
「他のメンバーに水面下で情報を告知するレベルにとどめて、本格的な部分は半蔵に全てを一任するか―」
プロデューサーは、音楽業界が万が一でも超有名アイドルが影響して衰退するような事があれば、立ち直すのに時間がかかる…と考えている。それだけは阻止したい―と思っていた。そんな彼の机には、1冊の本が置かれていたのである。そのタイトルは『今、音楽業界が危ない』という―。
4月30日、偽のサウンドランナーに関する事件が新聞や週刊誌で本格的に報道されるようになった。原因はグループ・ハンドレットが連続首位をラクシュミに取られた事がきっかけとなった一連の週刊誌報道からである。それに加えて火に油を注ぐ状態を作ったのが…。
『どうして、この動画サイトでサウンドランナーの動画がある?』
『ワックワック動画とライバル会社のはずだったのが、方針転換か?』
前日の4月29日付でワックワック動画とは別のライバル動画サイトにアップされた動画の内容、それはとあるサウンドランナーがメモリーを別の人物によって奪われている一部始終を撮影した物だったのである。
『やっぱり、偽者サウンドランナーは都市伝説じゃなかったのか』
『偽者自体は、プロデューサーも調査している段階と言っていたが…』
この動画を見た大半のユーザーが、今まで存在するかどうか怪しいと言われていた偽者サウンドランナーが本当にいたという事を知る事になった。それに加え、この動画はアップした当日から再生数が急下に上昇、遂には半日も経過しない段階で100万再生を達成した。偽者サウンドランナーの動画は複数がアップされており、しかもアップした人物の名前が…。
『服部半蔵って、確か忍者の格好をした運び屋だったよな…』
『まさか、内部告発?』
『何処かの機密情報じゃないのだから、そんな簡単に―』
アップした人物の名前を見て、誰もが驚きの色を隠せなかったのである。特にサウンドランナーを知っている人物で服部半蔵と言えば超が付く程の有名人である。
一連のアップされた動画の中には、例のグループ・ハンドレット事件を連想させる比較動画やラクシュミの楽曲に盗作疑惑が…という部類の動画が多数あり、これらは遂に政府を動かす所にまで発展させたのである。
「遂にここまで動かしたのか…彼は」
プロデューサーも半蔵が一連の超有名アイドルの行動に関して、政府の重い腰を動かす事に成功した事に対しては吉報だと言う事で喜んでいたのだが…。
「もう一方は、逆にサウンドランナーの存続に関してピンチに立たされたと言っても―」
政府から来た緊急の要望書にはサウンドランナー計画に関する方針転換や超有名アイドルに対して批判的な展開を即時中止するように…という文章が書かれていたのである。
「この辺りで超有名アイドルが市場を独占しようとしている事に対して、釘を刺さなければいけないようだ―」
プロデューサーも今回の事件に関しては様子を見るつもりではあったのだが、これ以上の放置はサウンドランナーにも影響を及ぼしかねないと判断した。要望書の一部内容でプロデューサーの信念を揺るがしかねない記述があったかどうか不明だが、彼が取った行動を見る限りでは…。
5月1日、ワックワック生放送で緊急番組が放送される事になった。プロデューサー以外には服部半蔵も出演する事になっている。
『何を放送するつもりだろうか―』
『半蔵も出ると言う事は、一連のサウンドランナーに関する報道に関しての重大発表かもしれないな』
『どちらにしても、良いニュースなのか悪いニュースなのかは内容を判断しないとどうしようもないのか』
午後8時50分、生放送を待っているユーザーから色々な話がネット上で流れる。
「実は、皆さんに重要な発表をする為に生放送への出演を決めました―」
午後9時、生放送で最初に現れたのは半蔵の方だった。プロデューサーが現れるのを予想していた視聴者は驚いた。しかも、特徴的な忍者をイメージしたスーツを着たままでの登場である。
「そして、今回の生放送では重大な発表を行う為に―」
次の瞬間、半蔵が兜を脱ぎ、そこから現れた正体に誰もが驚いた。
『どういう事なの?』
『そんな馬鹿な事が…あるはずがない』
『まさか、彼が半蔵の正体だったとは―』
『ビジュアル系バンド・エノクの―』
『どうして、彼が超有名アイドルに反旗を掲げるような事を―』
コメントでも彼の正体に触れている物があるのだが、半蔵の正体は既に解散をしているビジュアル系バンドであるエノク所属のルシファーだったのである。
「今までの行動を隠すような事をしてしまったのは非常にすまなかった。しかし、今の音楽業界は利益だけが得られれば…という体質や楽曲使用料が多く手に入らなければ芸能事務所が運営できない―そんな危機的状況になっているのが現状だ。それは、既に他の動画を見れば一目瞭然だろう。そして、そんな状況になるように仕向けた政府も…今回の事件に関しては被害者のような報道がされているようだが、加害者と言っても過言ではないだろう―超有名アイドル商法に反旗を翻すような理由は、その辺りになる」
ルシファーは送られてきたコメントに対して回答できる範囲の物に関しては、極力回答をするという企画になっている。
『エノク解散の真意はグループ・ハンドレットにも関係あるのか?』
『やはり、あの早い者勝ち登録システムの影響で解散したのですか』
次に受け取ったコメントはエノク解散の理由である。正式には事務所側の事情で解散したという事にはなっているのだが―。
「事務所の意向で解散したのは事実だが、その理由の一つは週刊誌報道でも聞き覚えのあると思われるが、グループ・ハンドレットの楽曲盗作疑惑の風評被害―あれは最終的にエノクを解散に追い詰めた物と言っても過言ではないだろう」
一部報道で言われていた風評被害説は事実だった事もルシファーは認める発言をした。
『これからの音楽業界はどうなるのか?』
『超有名アイドル商法が全く売れなくなった場合、音楽業界が取るべきアクションは?』
『音楽ゲーム楽曲が超有名アイドルに変わって頂点に立つのか気になる』
『まさか、芸能事務所は利益を得られれば超有名アイドル版投資詐欺も容認する気配なのか…』
放送もラストに入ってきた所で、コメントの数が2万をオーバーする勢いになった。最後の質問は今後の音楽業界がどうなっていくのか…という物が圧倒的に多かった。
「この質問は非常に難しい質問だ…」
さすがのルシファーでも質問に答えられない…と思われていたが―。
「時間の関係で短くなってしまうが、それでも良ければ質問に答える事にしよう―」
ルシファーが視聴者に同意を求めた。コメントの半数以上は短くても構わない、答えられるのであれば質問に答えて欲しいと言う物だった。
「今の音楽業界は楽曲単位で売れるよりもアイドル単位で売っているようなイメージが多いと思われる。しかし、実際の所は芸能事務所が売上等をコントロールして競争をしているように見せているのが現状だろう。今の超有名アイドル同士の闇取引等で操作されたCDチャートが続くようであれば、音楽業界も芸能界も近い内に完全崩壊するのは間違いないだろう―」
『CDチャートの闇取引…だと?』
『まさか、チャートの順位も金を積んで買う時代になったのか』
『オークションサイトでの大量転売も、闇取引の一環なのかもしれないな』
『芸能事務所単位―と言う部分は、ここ最近のCDチャートを見ると、アイドルグループは違っても実際は所属事務所が同じという部分の事だろうか』
『芸能事務所としても、税金を政府に支払わないといけない。支払う税金を超有名アイドルの複数枚CDの販売やイベント券等という餌で釣って、お金を稼いでいるような雰囲気だからな―』
『超有名アイドルのCDへ投資する詐欺も横行しているというのは、こういう事だったのか―これは許せない事だ』
予想していたこととはいえ、ルシファーの発言には賛否両論が飛び出す。CDが売れればそれで良いというユーザーもいれば、本当にCDが売れる事と音楽業界が良くなる事は直結しないと言う発言もあった。
「音楽業界が取るべきリアクションは、超有名アイドル商法の根本的な見直しだろう。それこそ、CDがデイリーチャートで1位になった当日に10万枚以上もオークションサイトに出品されている現状を見れば、誰でも不正があったのでは…と思うはず。他にも超有名アイドルのファンクラブが優遇されるような株主のような制度を廃止、超有名アイドルばかりが音楽番組に呼ばれて、結果的にはどの音楽番組も司会者とセットを変えただけのような超有名アイドルの独断場になるようなケースも―おっと、失礼。少し熱くなりすぎて本音が出てしまったようだ…。それ以外にはレコード会社が芸能事務所の意向で違うレコード会社のアイドルを堂々と出して、移籍話が浮上か…とあおるようなパターンもあるが、これに関しては特殊ケースだろう」
『最近は音楽番組を見ても同じアーティストばかりで面白みがないと思ったら、事務所の根回しだったのか』
『これだったら、ユーザー生放送の同人音楽リクエスト放送が面白いのは当然だな』
『今のファンクラブはフーリガンと言うよりも軍隊色が大きいからな…この辺りは変更して欲しい所だな』
『確かに、デイリーチャートで15万枚売れたというニュースの後に10万枚以上もオークションサイトで見かけたら、誰だって疑うな』
『こういった商法は超有名アイドル以外でも海外アーティストが使いそうな方法だが…』
『この商法が広まったら、政府が税制優遇をしそうな気配もするな』
相変わらずの賛否両論コメントだが、音楽番組に関してはルシファーの本音も交じっていた事もあって、賛成するコメントが若干多いように見えた。
「最後に音楽ゲーム楽曲が超有名アイドルに変わって頂点に立つかだが…これは可能性的にはあり得ないのが有力だろう。この辺りに関してはメーカーとユーザーの間にある壁が非常に大きい事と意図的に―おっと、もう時間か。プロデューサーの重大発表だけでも伝えておかないと―」
ルシファーが何かを喋りだそうとした時には放送時間が残り5分を切っていた。
『時間と言っても残り5分だが…』
『他に何かあると言う事か』
『一体、どんな発表を?』
質問の回答が途中になった事よりも、重大発表の方がユーザーには気になっていた。
「ルシファーとの対談生放送に関しては別枠でも取る予定なので、期待してお待ちください。今回は、偽サウンドランナーの奪ったメモリーに入った楽曲が、超有名アイドルのグループ・ハンドレットの楽曲として登録されていたという事実が分かりました―」
『やっぱり、早い者勝ち制度を悪用する超有名アイドルがいたのか』
『あのシステム自体、欠陥だったと言う事を証明したのか!』
『超有名アイドルから賄賂とか受け取っていそうだな』
プロデューサーからの重大発表を受けてコメントも一気に増えてきている。
「それとは別件ですが、5月1日にサウンドランナーの大規模イベントを開催する事になりました。そのメンバーは…」
プロデューサーが放送時間ギリギリで大規模イベントに関して告知、更には飛翔、まどか、瀬川のメインランナー3人も出演する事を同時に発表して、緊急生放送は終了した。
当日の午後10時、ワックワック生放送でのルシファー発言に関して政府は緊急の声明を発表―。
「グループ・ハンドレットの楽曲は正式な手続きを経て登録されたものであり、生放送内であったような方法は誤った事実である」
普通であれば特定のグループ名を出すような事を政府がしないにもかかわらず、今回に限ってはグループ・ハンドレットのグループ名を出してルシファーの発言を否定する声明を発表している。
『どう考えてもおかしい』
『政府が賄賂を受け取っている事実を認めたのと同じだな』
『自滅乙』
ネット上でも話題には上がったのだが、大半の意見は政府が自分で賄賂の存在を認めたという物だった。
5月1日、緊急生放送で告知のあったサウンドランナーのイベントが午前9時から始まるとの事で多くの視聴者がパソコンや携帯電話からサウンドランナーがいつ出てくるのかを期待して待っていた。ゴールデンウィークと言う事もあって1日に休みを取って視聴しているユーザーも多い。
『まだスタート10分前なのに、来場者数1000とか…』
『ゴールデンウィークを挟んでいると言うのも来場者数が多い原因だろう』
『イベントと言う割にはフルメンバーではないが、メイン3強が出るだけでも期待』
メインイベントと言う事らしいが、スケジュール等の関係上で、メイン3強のみという事になったらしい…と昨日の生放送後の告知で補足はされていたが。
スタート地点の谷塚駅周辺には大勢の観客の姿があった。直接メイン3強を見る為と言うのもあるかもしれないが、それ以上に色々と注目度が高い事になっているのだが…その舞台裏を知っているのは瀬川だけだったのである。
「いよいよですね」
コスチュームに着替えてスタート地点にやってきたまどかは、既に駅前でスタートを待つ瀬川に遭遇した。
「今日の内容次第では、サウンドランナーに新たな展開が生まれるかもしれない。失敗すれば解散もありえるかも―」
瀬川のサウンドランナー用スーツは、強化型装甲アイドルで使用する物と全く同じ仕様になっており、右腕にサウンドランナー用のGPS各種、背中のバックパックがサウンドランナーのバッテリーパック仕様に変更されている点以外は共用となっている。
「結局、サウンドランナー用のスーツを着る事は―」
スーツの寸法合わせで試着した以外で瀬川がサウンドランナー仕様のスーツを着た事は一度もなかった。それだけに、まどかは機会があれば瀬川にもサウンドランナーのスーツも着て欲しいと思っていた。
「私の場合はホーリーフォースも本格的に動く事になれば、向こうにも出なくてはいけないから、それを考慮してのデザインを技術部に言って―」
瀬川が話している途中で飛翔も駅前に姿を現した。飛翔のスーツはスパッツにタンクトップ、見覚えのあるようなインカムの形―両腕にGPSとバッテリー、プロテクターを両足に装備している以外はメモリーランナーのサイハと同じ装備なのである。
「そんな軽装で大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、テストは万全だから問題はないわ」
まどかよりも軽装と言う事もあって瀬川は飛翔が怪我をしないか不安になっていた。しかし、本人は何度もテストを重ねた自信作と言う事もあって問題はないと答える。
「まさか、ゲームと全く同じ世界観―とまではいかないけど、こういう展開になるとは誰も予想していなかったのかもしれないわね」
飛翔は思う。ゲーム中だとスーツの安全装置が動かなくなった場合に転落するとゲームオーバーになるのだが、リアルではコンティニューと言う物は存在しない。安全装置が動かない状態で転落する事は大事故にもつながる。
「自分でも正直驚いている。ホーリーフォースは特撮ヒーローショーのCMを見て思いついた物で実際にゲーム等が原作と言う訳ではない。しかし、メモリーランナーというゲーム原作を持ったサウンドランナーが、こうやって活躍をするという事は、いつか2次元と3次元の境界線がなくなる―と言う事を意味しているのかもしれない」
瀬川はメモリーランナーがベースとなって計画がスタートしたサウンドランナーを、現在自分が関係しているホーリーフォースと重ねていた。そして、いつかは2次元と3次元の壁さえもなくなるのでは…と思っていた。
「でも、2次元と3次元の壁がなくなるのには抵抗感があります。確かに、最近ではそう言った動きがあると言うニュースもあちこちで見ますが、2次元は2次元、3次元は3次元でルールも異なると言う事を周知させる事が一番なのでは…と」
まどかは3次元には3次元のルールが存在し、2次元のルールが100%通用するとは限らない。中には、2次元の方では問題がなくても3次元では犯罪となってしまう事もあるかもしれない。まどかは3次元には3次元のルールがあり、それは守られるべきなのでは…と思っていた。
「確かにルールはルールとして尊重はされるべきだとは思う。サウンドランナーの安全装置部分の改造やブーツとグローブの出力を上げる行為も原則禁止にしているのは、制御できなくなったパワーを―」
飛翔はサウンドランナーで安全装置部分やグローブとブーツの出力を上げる行為に関して全面禁止にしている事を2人に説明しようとしたが、その途中で背格好も同じようなフルフェイスのサウンドランナーが6人出現した。イベントの開始には、まだ少し時間があると言うのに…。
「妨害工作…か」
瀬川はホーリーフォース事務所から武器を転送しようと考えていたが、あくまでもサウンドランナーである為、サウンドランナーのルールに従う事にした。そして、瀬川は持ってきたトランクケースを開け、入っていたメモリースティックを飛翔とまどかに投げて渡した。
「そのメモリースティックを本社ビルに届ければ、こちらの勝ち。ランナーが持っているメモリースティックを全て奪い取れれば、あなた達の勝ち…と言う事でいい?」
瀬川がルールの説明をし、フルフェイスの偽サウンドランナーを何とか駅から遠ざけようと考える。
「いいだろう。その話、乗った!」
赤いフルフェイスの一人が既に駅からは姿を消したまどかを3人で追う。もう一方の青いフルフェイスの人物も飛翔を追跡する。
「残りの1人は…こちらか」
ピンクのフルフェイスをした人物は瀬川のトランクケースを狙っていた。どうやら、あの中に隠しメモリースティックがあると思っているようだ。
「この作戦が上手くいくかは…瀬川次第か」
誰にも気付かれないような位置で3人の動きを見ていたのは半蔵だった。トランクケースを瀬川に渡したのは彼なのだが、その真意は瀬川以外には全く知らせていない。
「サウンドランナーのルールから逸脱した行為を行った連中には―」
何かを確認した半蔵は、すぐに別のエリアへと向かった。
まどかを追跡するメンバーは3人、赤と緑と黄色のフルフェイスと言う構成である。
「まるで、どこかの戦隊ヒーローみたいな構成みたいだけど…」
スーツのデザインはノーマルを改造した物であるのは間違いないが、フルフェイスに関してはどんな機能を持っているかは不明である。技術部で該当の動画はアップされていなかった為、彼女達の協力者辺りが作らせたものだろう…とまどかは思った。
「しかし、連携が全くなっていない!」
数キロ程走った所で、黄色のフルフェイスが動きを止め、赤と緑もメモリーを奪いに何度もまどかに仕掛けるが、それを難なく回避し続ける。彼女達の動きを見て、まどかはサウンドランナーに対しては全くの素人であると判断した。
「あれは、もしかして…」
まどかがビルの屋上から眺めて発見したのは、別のエリアへと向かっているレッドドラゴンだった。
「まどかか…一体、何をしている?」
レッドドラゴンもまどかの存在に気付いたらしく、ビルの屋上へと向かう。その屋上へと登る手段は、何と―。
「まさかの壁登りと言うか…彼の場合は龍の滝登りかも―」
レッドドラゴンは、両脚のフィールド発生装置らしきものを利用し、高速での壁登りを実行したのである。7階建てのビルの屋上へ到着するまで、フィールド発生を含めてわずか5秒である。
「彼女達の顔に、見覚えはないかな?」
疲れ果てて倒れている3人のフルフェイスの人物からフルフェイスを外すと、何処かで見覚えのあるような顔が現れたのである。まどかは見覚えが全くない為に名前が出てこないようだが、レッドドラゴンは―。
「グループ・ハンドレットのメンバーがサウンドランナーを…どういう事だ?」
彼は超有名アイドル商法に反対する組織に所属している為、すぐに誰が誰だか判別が出来た。しかし、グループ・ハンドレットのメンバーをサウンドランナーにして何の得があるのだろうか…しばらくして、彼は何かを思い出した。
「まさか、例の事件の犯人は―」
レッドドラゴンは緊急で本社に連絡を取ろうとしたが、何者かが出している妨害電波で連絡が取れなくなっていた。
「仕方がありません、自分が本社に行って事件に関して報告してきます。あなたは、他のメンバーと合流をしてください」
そう言い残して、レッドドラゴンは本社ビルへと全速力で向かった。
「電波妨害があると言う事は、発電機も動かない…のかな?」
まどかはビルの屋上に置いてあった多機能型太陽発電機を調べてみた。太陽発電に関しては動いているようだが、表示に関しては使用不能と出ている。表示が使用不能の場合はビルの機能維持を優先している関係上、メモリーランナー用のバッテリー充電は出来なくなっている状態の事である。
「これは、合流するのに時間がかかるかな」
まどかのバッテリー残量は残り僅かになっており、他の多機能型太陽発電機を探すのにも自然充電を何度も利用して探さなくてはいけない為に時間は確実にかかる。つまり、相手もメンバーを分散させてバッテリー消費を狙っていたと言う事である。
瀬川の方は、既に相手が倒れている状態になっていた。
「2キロコースを5往復はサウンドランナーの基本コースでもあるけど、まさかここまで脆いとは…」
瀬川本人もビックリするほどのフルフェイス部隊の脆さに、若干あきれ返っている。半蔵が密かに取っていた動画を見る限りでは脆い印象はなかったと言うのに…。
「もしかして、飛翔の方に―」
飛翔の援護に向かおうとしたが、予備のバッテリーも使い果たした状態で充電するのには時間がかかるだろう。相手側の作戦に乗せられた格好である。
「そう言えば、正体の方を確認していなかったけど…」
ピンクのフルフェイスを外すと、そこから現れた顔には瀬川は見覚えがあった。
「しまった! 本物は…」
グループ・ハンドレットのメンバーをフルフェイスに仕立て上げるとは…ここまで芸能事務所側が見境なしになっている証拠だろうか。
飛翔を狙っているフルフェイスは青と黒の2名である。しかし、青と黒はまどかと瀬川の足止めとして現れたフルフェイスとはスキルの桁が違っていた。
「あの時の影の正体が…黒のフルフェイスという事ね。向こうはビームサーベルを持っているけど―こちらは武器と言える物は全く持っていない。捕まらない範囲で逃げるか―」
強化型装甲アイドルとは違い、サウンドランナーは武器と言う物を全く携帯していないのが特徴になっている。ビルクライミング用のワイヤー、クレーンアーム、アンカーユニット等の武器になりそうな補助アイテムは存在するが、どれも使用許可が下りていない為に現在は使用できない。
「あのスピード、もしかして…違法改造?」
飛翔のテクニックで何とか距離を置いている状態にはなっているが、現在の速度は飛翔よりも相手の方が上である。そこで考えたのは、ルール上は禁止されているブーツの違法改造による速度上昇である。
「あの違法改造をやったら、足の負担が大きくなって最悪の場合は―」
フルフェイスの2人にスーツを使うのを止めるように警告をしようとしても、言う事を聞くような状態ではない。そこで飛翔はバッテリーを意図的に消耗させる戦法に出ようとしたのだが、バックパックの形状を見て様子がおかしい事に気付いた。それは―。
「バックパックその物に太陽発電を装備したタイプ? 技術部でも実用レベルには到達していない物を、どうやって―」
何と、2人の使用しているバックパックには自動的に太陽光を吸収してバッテリーを回復させる自動回復機能が搭載されていたのである。しかも、この技術は技術部メンバーでも開発はしているが実用段階に耐えられるサイズにする技術が不足している。
「おそらく、向こうは強化型装甲アイドルの技術とサウンドランナーの技術を融合させた複合タイプのアーマーを使っている。それならばブーツの速度上昇という違法改造をやったとしても、強化型装甲アイドルの技術を使って不足分を補えば足の負荷を最小限にできる…と言う事か」
飛翔は自分が相手にしているフルフェイスがどれだけの技術を使っているかの把握が大体出来ていた。強化型装甲アイドルとサウンドランナーの技術を融合させた最先端のアーマー…飛翔が相手にしているのは、オーバーテクノロジーの塊だったのである。
「瀬川のアーマーと同じという事は…本社ビルに到達してメモリーを渡した方が、サウンドランナーのルールとしては―!」
いつの間にか距離を詰められていた飛翔は青いフルフェイスの持っているビームサーベルを何とかかわすものの、もう一方の黒いフルフェイスにメモリースティックを奪われてしまった。
「うかつだった…」
飛翔の絶体絶命の危機。このままでは他のメモリーも奪われる…と思われた。
『まさか!』
突如として現れた忍者に、黒いフルフェイスの人物は奪い取ったメモリーを奪い返されてしまった。
「どうやら、こちらの計画は成功したようだな…」
その忍者は、何と服部半蔵だった。
「計画って…」
飛翔は何の事だか…という顔である。一方のフルフェイスの方も半蔵が現れた地点で作戦が失敗する…とターゲットの変更を他のメンバーに指示しようとしたが…。
『通信が出来ない…?』
先ほどまでは通信が出来たのだが、今は青意外と連絡を取る事が出来ない。他のメンバーが既に倒されているという証拠である。
『ならば、半蔵だけでも!』
青のフルフェイスが半蔵に襲い掛かる。最初のビームサーベルは回避したが、次の攻撃は何と思わぬ所に命中してしまう―。
「しまった―!」
次の瞬間、半蔵の動きが止まってしまったのである。ビームサーベルが命中したのはバッテリーとGPSをつなぐケーブルで、このケーブルはグローブやブーツに電気を送る役割も持つ重要な部分である。
『これで、形勢逆転―。彼の命を助けて欲しければ、お前達の持っているメモリースティック、それを全て渡してもらおうか?』
半蔵に向けてビームサーベルを向ける黒のフルフェイス。文字通りの形勢逆転の瞬間だった。そして、飛翔は他にも策を考えたが今のタイミングで実行をしたら危険であると判断し、メモリースティックを黒のフルフェイスに向かって投げた。
『確かに受け取った。だが、それだけでは納得できない。手始めに、この場で―』
相手がメモリーを受け取った一瞬の隙を見逃さなかったサスケがベストタイミングで現れ、黒と青のフルフェイスを一撃でKOさせた。
「色々と巻きが入っているからな。悪く思うならば締め切りを恨め―」
サスケの一言が何を言っているのかさっぱり分からなかった半蔵と飛翔だったが、一連の偽者サウンドランナーに関しては一応の解決となった。
「さっきのアレ、何なの?」
飛翔もサスケの台詞が若干気になって追求したのだが―。
「そのままの意味だけど…」
サスケは飛翔に対して言うのだが、答えにはなっていないような気がする。
その頃、瀬川は草加駅で青空を見ていた。
「全ては、これから始まる―」
彼女の言葉も、そのままの意味だった。
「瀬川アスナか―」
瀬川の目の前に現れたのは、ジージャンにジーパンという電攻仮面ライトニングマンに登場する本郷カズヤだった。
「あなたは、確か…」
瀬川は本物の本郷カズヤと思ったが、髪型も微妙に異なる。目の前にいるのは皆本の方だった。
「サウンドランナーも、こうなったか―」
「こうなったって、どういう事なの?」
皆本の一言を聞いて、瀬川は驚きを隠せなかった。
「ホーリーフォースのトライアル、あれが密かに外部へ漏れた事件は知っているな。あれと同じ事が、今回も行われたような展開だったからな―」
「同じって―」
「そのままの意味だ。テレビ局、アイドルを抱える芸能事務所、マスコミや政治家連中にとって、超有名アイドルを目立たせる為、かませ犬や叩きやすい存在を探していた。それがホーリーフォースや―」
皆本は瀬川に言いたい事だけ言って姿を消してしまった。彼は何を彼女に伝えようとしていたのか…。
「やがて日本は動き出す。超有名アイドルという都合のよいバブル経済は終わりを告げる時がくる、その日になれば―」
瀬川と皆本の姿が確認できるような位置にあるファーストフード店でコーヒーを飲みながら、本郷カズヤはつぶやいた。