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サウンドランナー、始動-A sound runner, starting-

>更新履歴

・5月23日午後10時14分付

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 瀬川アスナがラクシュミ商法に関しての書類を整理している頃、草加駅近くにあるワックワック動画の本社ビルでは、とあるユーザーが放送している生放送番組がエンディングを迎えている所だった。


「本日もたくさんのコメント、本当にありがとうございました。また、次の放送も見に来てくれると…うれしいなって」


 本部入口のモニターには注目のユーザーとなっている生放送の番組が放送されるシステムになっているが、その中でも最近になって人気となっている放送―それが彼女の生放送である。


『また見に来ます』


『お疲れさまでした』


『次回もお願いします』


 画面上にはコメントが飛び交う。放送をしていたのは、一人の女性である。深夜で放送されている魔法少女アニメのコスプレをしているのだが、体格的にも似合っている…と言えるかどうかは賛否両論だろう。この姿を生放送で見て、実際に似合っていると似合っていないコメントが五分五分という状況を見る限りでは…。


 彼女の体格を例えるならば、陸上等のアスリート系に近い。スマートという単語が似合うコスプレイヤーは何人もいるが、ここまでアスリート系に見えるコスプレイヤーも珍しいのが現状だろう。


「やっと終わったぁ…」


 彼女の名は紅翼(こうよく)まどか、ワックワック動画では『歌ってみた』と言われるカテゴリーでの動画で有名な人物である。今回は自分が所属している別のコミュニティで生放送をしたが、普段は自前のコミュニティで放送をしている事が多い。コミュニティ人数も100人単位というレベルである。


「時間的にコンビニ行けるかなぁ…」


 自室にいるまどかが時計を確認し、コスプレ衣装のままで自分の部屋を出て、徒歩1分のコンビニへと向かう。


「次の生放送までには…何とか間に合う?」


 コンビニに向かいながら、まどかは時計を確認する。周囲の視線に関しては色々な反応があるのかもしれないが、まどかはそれを全く気にすることなくコンビニへ駆け足で向かっている。


 ワックワック生放送、それはユーザーが30分以内で運営側がルール違反と判断しない範囲内で自由に放送を出来るというシステムを持った番組である。超有名アイドルのグッズやCD等のオークション、超有名アイドルの動画リクエスト放送等は運営側が禁止している。それ以外にも、犯罪に直結するような放送は運営が警告する事もある。


 仮にルールを破った場合には半永久的に生放送が不可能、最悪の場合にはアカウントが没収になるケースもある。特に、グループ・ハンドレットの事件を連想させる恐れのある内容は違反対象になるケースが多いようだ。それ以外にも倫理的な部分でNGと判断される内容は放送が中断するケースがある。俗に言う放送事故と呼ばれるケースが、これに当たる。


 主に生放送で行われているのは、生放送主のフリートーク、ゲーム実況、リクエスト動画放送というユーザー生放送ならではの物もあれば、民放並のクオリティを持ったラジオ番組や映画作品の試写会、話題のアニメ等の一気見放送といった物も公式生放送として行われている。


 ワックワック動画でのユーザーによる生放送は、今となっては民放のテレビ番組よりも視聴率があるのでは…と言われている位に注目を浴びている。生放送は特に民放のテレビ番組で使うような機材等が必要なく、パソコンがあれば誰でも生放送が出来るようになっている。顔出し放送をする場合にはテレビ電話用のカメラ、自分の声を生放送で流す場合にはインカムが必要だが、高い機材を揃える等の手間がいらない放送として人気があるようだ。


 ユーザー生放送が注目される一方、民放のテレビ局では超有名アイドルを中心とした音楽番組やバラエティー番組、海外ドラマ等の放送等が大半を占めている為か、アニメ専門チャンネルとして編成を大幅に変更した1社をのぞき、視聴率が大幅に下がると言う現象が起こった。


 更にはとあるテレビ局が放送した26時間生放送番組は、内容が普段の番組と全く変わらないような顔ぶれの芸能人や予算の無駄遣いとも言えるような企画、豪華ゲストを招いても他社番組のテンプレばかりで視聴者からは苦情のメールや電話等が殺到したと言う。


『これならば、ワックワック動画のユーザー生放送の方が数倍面白い』


『この調子なら、アニメ専用チャンネルとニュース専用チャンネル以外はいらないな』


『26時間も生放送をやって、テレビ局としては生き残りに必死だと思うが、視聴者が戻ってこなければ時間の無駄だと思うが―』


 ネット上でも、このようなやり取りが同じ番組が毎年放送されるたびに実際に行われている状況である。これが自社のアイドルを起用しなかった芸能事務所が意図的に起こしている物なのか、それともワックワック動画のプレミアムユーザーを増やす為に行われているのか…憶測は数多くあるが、どれも有力説としては弱いと判断されている。


「何とかコンビニへは間に合った?」


 まどかがコンビニへ到着すると、客の数人がまどかの方へ視線を向ける。店員に関しては恒例行事という事もあって、まどかに見向きもせずに持ち場の作業を続ける。


「とりあえず、買い物カゴを…」


 買い物カゴを確保してまどかが最初に向かったのはペットボトル飲料のコーナー、コーラやスポーツドリンクを数本位カゴに入れた後、サンドイッチコーナーで足を止める。


「どれにしようか…迷う所ではある」


 まどかが手にしようと悩んでいるのは7種類の野菜サラダサンド、チョコクラッカーサンド、中華春雨サラダサンド、麻婆豆腐サンド、焼きそばサンド辺りだった。麻婆豆腐サンドはパンではなくライスサンドになっているのだが、このコンビニでの人気メニューのひとつになっている。


「とりあえず、チョコクラッカーと中華春雨サンド、焼きそばサンドを…」


 まどかは3種類のサンドイッチを買い物カゴに入れてレジで会計を済ませた。


「今日も生放送ですか?」


 30代位の男性店員がまどかに尋ねる。コスプレのままコンビニに来る事は、大抵が生放送で引っ張りだこ状態になっている事を意味している。普段着で来店する事もあるのだが、ここ最近はコスプレのままで来店する事が多くなったので、生放送が忙しい…と店員は判断した。


「あと2本位かな…今日の生放送は」


 まどかも店員との会話に応じる。店員もプレミアム会員だが、彼の場合は生放送メインではなく、動画作成がメインだという話を少し前に聞いた事がある。


「自分も、もうすぐ音楽ゲーム楽曲のPV合作があるので―未完成の動画を何とか完成させたい所ですが、バイトのシフトが…」


 店員との会話も弾むが、自分も生放送があるのでまどかはコンビニを後にした。


『やっぱり、超有名アイドルは政府のお気に入り…というメモリーランナーのストーリーはフィクションではなかった―』


『自分もそう思っていた。ノンフィクションに近いフィクションという小説は何作品か見かけたが、そのレベルに達しようとしているのかもしれない』


『今の音楽業界が超有名アイドルばかりであふれかえっているのは、政府が音楽管理システムのような物を作ったから―』


『それ以前にも超有名アイドルが音楽業界を独占していた時があった。政府が手を下さなくても、この状態にはなっていた―』


『大物アーティストも2年前から次々と解散しているような気配が…。このままだと超有名アイドル以外は音楽業界から姿を消すのだろうか―』


 政府が音楽管理システムを作り出す前から音楽業界は破綻していたのでは…という意見も少なからず存在し、中には超有名アイドル商法が全ての元凶だと叫ぶ者もいた。

2年前のグループ・ハンドレットが起こした事件で音楽業界の裏側が暴かれたと週刊誌がトップ記事で掲載した事もあった。それらの動き等も数日の内に鎮静化したのは、政府がいくつかの芸能事務所と組んでいるからでは…という説もあった。


「ネットのやり取りを見ても、具体的にラクシュミ商法を批判しているような物は特に見つからないか…ここ最近はつぶやきサイトでも最近のテレビ番組の構成に関して賛否両論気味になっているけど、こちらはラクシュミに影響はしないだろうし、視線をあえて超有名アイドルに向けさせない為のブラフとも考えられる―」


 瀬川がパソコンを開いて、再び情報収集を始めていた。ある芸能人がつぶやきサイトでテレビ番組の構成に疑問を投げかけるつぶやきをした事が賛否両論になっていると聞いていたのだが、超有名アイドルとは無関係だった為、途中からグループ・ハンドレットとラクシュミ商法の接点を探す作業に変わってしまっていた。


『【まどかのコスプレ30分トーク】が間もなく始まります』


 パソコン画面の右下に置いたワックワック生放送のアラートが鳴りだしている。どうやら、まどかの生放送が始まるようだ。


「丁度いい区切りになったから、この辺りで生放送の視聴でも―」


 瀬川が冷蔵庫から、コンビニで買ってきたたこ焼きによく似た形状をした物を電子レンジで温め始めた。


『今回は物凄い重大発表を持ってきましたので、先に重大発表をしようと思います』


 レンジで温めている間に、瀬川はコーラのペットボトル1.5リットルを開けて、氷の入ったコーヒーカップに注ぐ。


『メモリーランナーというゲームは皆さんもご存知ですよね? それが、何と実際に展開される事が決定しました!』


 まどかの一言を聞いたユーザーは、一斉に驚く。放送で流れるコメントもビックリマーク等ばかりになっている。


『マジか!?』


『一番いい実写を頼む』


『ドラマや特撮とは言っていない以上、本当に展開する気なのか?』


 一呼吸置いてのコメントでも想定外とも言える発表に驚きを隠せない。途中から視聴したユーザーもビックリマーク等のコメントばかりなのを見て何が起こったのか…と最初から見ていたユーザーに聞きたい位である。


「どういう、事なの…?」


 瀬川がレンジで温めた物の存在をすっかり忘れて放送に耳を傾ける。どうやら、ワックワック動画の方で大々的なイベントを企画しており、そのイベントの一つとしてメモリーランナーを展開しようと言う動きになったのである。


『技術部の動画を見た方はご存知かと思いますが、メモリーランナーに出てくるアイテムの作ってみた動画が半数以上投稿されているという事を受けて、メインイベントとしてメモリーランナーを実際にやってみようと言う流れになりました。まずは…この動画からご覧ください―』


 流れ出した動画は、技術部でもメモリーランナー関係でデイリー1位を獲得した例の飛翔が製作した動画である。


「常識破りにも程があるわね―」


 瀬川が驚くのも無理はない。この動画は技術部タグの付いた動画でもデイリー1位を獲得し、再生数も50万まで届きそうな勢いに迫る動画である。


 まどかの生放送が始まる10分前、飛翔の元に電子メールが届いた。送り主はワックワック動画のプロデューサーである。


「あのプロデューサーの事だから、ひょっとすると技術部合同発表会のお誘いかな?」


 飛翔には大体の要件に関して予想が出来ていた。動画の再生数が勢いよく伸びている事もあるが、ここ最近では別の投稿者によるメモリーランナーの動画投稿も活発になっている現状がある。


『メモリーランナーを実際にやってみようという計画があって、技術部及びメモリーランナーの動画をアップしている人に声をかけているのだが―』


 飛翔の予想は見事に的中した。ゲーム内での存在であるメモリーランナーを実際に運用する事になり、技術部でそれらに関係する物を製作したユーザーに声をかけている―という事だった。


「なるほど。噂になっている強化型装甲アイドルやその他の計画よりも先に出してサプライズを演出しよう…という流れかな?」


 飛翔はプロデューサーに協力するとのメールを送信する。ネット上では、政府がアイドルの新しい形として強化型装甲と呼ばれる特撮ヒーローを連想するようなアイドルや別プランとして何らかのアイドルを政府公認で盛り上げよう…と言うような話が聞かれるようになっている。どちらも公式に発表がされた訳ではないので、現状では噂のレベルでしかない。


「民間で、あれだけの技術が実現できたという話になれば、さすがに政府も指をくわえて見ているだけにはいかなくなる。サプライズとして出すのであれば、このタイミングと言うのをプロデューサーは分かっている…という事か」


 政府も太陽光発電を推進しようという動きがあるのだが、連携が取れていない現状では本格的に動くには時間がかかる。メモリーランナーに出てくる技術は、科学的な観点から実現が不可能という物ではないのは誰の目から見ても明らかであった。


『今回の件に関して、メモリーランナーの開発元からの許可は既に得ているが、実際に運用するとすればメモリーランナーと言う名称はそのまま使えない為、何らかの名称変更は避けられない。それを踏まえての参加をお待ちしている―』


 プロデューサーから来たメールの後半部分を読んだ飛翔は、手回しの早さに驚くばかりだった。残るはユーザーの返答のみという状態で、メモリーランナーは現実の物となる。


 飛翔の動画が終わり、まどかの生放送を視聴していたユーザーは様々なコメントを残していく。


『本当に実現するのか…』


『メモリーランナーを実際にやるとか俺得じゃないか』


『これは期待』


 その他にも、本当に可能なのか疑問に思うユーザーや他の超有名アイドル関係でイベントをやらないのか…という意見もあった。


『とりあえず、メモリーランナーの実用化に関しては仮決定しただけで、正式な発表は後日という方向になります―』


 その後もメモリーランナーに登場するアイテム等を実際に作ってみた動画が多数紹介された。これ以外にも告知があり―。


『こっちで逆指名しちゃうけど、もしも生放送を見ていたら連絡が欲しいな―』


 まどかの発言の後に、画面の上に表示される生主用コメント表示欄には、意外な人物の名前が表示された。


『この人を呼ぶとか、どういう事なの?』


『彼女を本気で呼べるのか?』


『確か、コミュにいたような気配が…』


 生主用の表示欄を見たユーザーが一斉にコメントする。大半のユーザーは『彼女を呼んでも大丈夫なのか?』という驚きのコメントである。


「これって、どういう事なの?」


 瀬川がコーラを喉に入れた直後にコメントが表示された為、思わずむせてしまった。


『本当は、別の有名コスプレイヤーさんにも声をかけようとしたけど、メモリーランナーのコスプレをしている人で分かる人が少なかったので、この人にしました』


 まどかがコメントに書いた名前とは、何と瀬川だったのである。厳密に言えば、まどかが書いたのは『有名コスプレイヤーのアスナさん』であり、瀬川という苗字ではない。


「自分がコスプレイヤーだと言うのは、あまり知られていないはず…」


 瀬川がコスプレイヤーと言う事実は、芸能記者仲間やラクシュミ商法撤廃を訴える組織内、瀬川を知る芸能リポーター等には全く知られていない事実である。


 自分が所属しているコスプレイヤーコミュニティでアスナという謎のコスプレイヤーがいる―それが認知度の限界と思われていた。


「油断していた―」


 芸能記者が逆にスクープされている状態になろうとは、瀬川は全く予想していなかったのである。生放送中に検索サイトで自分の名前を検索した所―予想外の所でヒットしていたからである。


「コスプレイヤー捜索スレ―その手があったのね」


 大規模匿名掲示板で『このコスプレイヤーを探しています』という捜索スレに瀬川のコスプレ写真が貼られていたのである。この写真はホームページで配布前提に公開している写真なのだが、それがこういう形で利用されているとは瀬川にも予想外だったのである。


『やっぱり、他の人の方が―?』


 まどかも困惑気味である。コメントでも本人が生放送を見ているとは限らないという意見や固定ネームを放送に導入していないのか等の意見も出ている。そんな中、瀬川は何かを諦めたかのようにコメントを打ち始める。


「これで、よし―」


 瀬川の打ち込んだコメントが放送内で流れたのを見て、歓声を上げるユーザーもいた。


『マジか?』


『本当に見ていたとは…』


『これは、今後が楽しみな展開に―』


 早速、瀬川のコメントを見て喜ぶユーザーがコメントでその思いを語っている。


『その企画に参加いたします。アスナ』


 これが、瀬川が実際に打ち込んだコメントである。


 まどかの生放送から数日後、運営サイドから正式に発表があった。


『ワックワック動画から発信する新たなイベントの一つとして、サウンドランナープロジェクトを始動する事にしました―』


 募集要員は、運び屋数名、各種アイテムや設置物の製作スタッフ、情報管理を担当するオペレーター等である。


『運び屋に関しては、運動経験がある事はもちろんですが、こちらで審査を行って合格した人物を―』


 運び屋に関しては、万が一として他の芸能事務所による襲撃等による怪我や不測の事態が起こる事も考慮し、運営側で書類審査及び面接を行い、それを通過した人物が運び屋に任命される事が明記されていた。運び屋に任命された場合には物によって特別報酬が出る事も明記されている。


「俗に言う危険手当みたいな物か」


 募集要項をパソコンで見ていたのは飛翔だった。彼女は既に技術部門としてエントリー済みなのだが、運び屋部門に関しても若干だが興味を持っていた。


「複数エントリー不可とは特に書いていないし、エントリーを済ませるか―」


 そして、飛翔は技術部門だけではなく運び屋部門でもエントリーを済ませた。



 公式発表の前日、ワックワック動画の運営スタッフ、音楽関係者、今回の指揮を任されているプロデューサー等が本社で会議を行った。これは、サウンドランナー計画を正式にスタートさせる為の調整を兼ねていたが、それ以外にも別の目的があったのである。


「グループ・ハンドレットの一件でデジタル配信を行おうという勢いは、ここ最近減ってきている傾向があります。アンケートでもデジタル配信するよりも即売会でCDを売るなどした方が利益につながるという意見が半数を占める程です―」


 運営の男性スタッフは、グループ・ハンドレットが起こした事件の重要性を改めて訴える。この事件がもたらした物、それは超有名アイドルを売り出す為だけに非合法手段を取り続ける芸能事務所に何らかの制裁を加えるべきなのでは…という事も意味していた。


「しかし、即売会の方も超有名アイドルの影響で引退した大物アーティストが優先してスペースを確保しているという話を聞いています。このままでは即売会が超有名アイドルのいない大物アーティストだけのイベントという事になってしまうのも時間の問題―」


 即売会の方でも、元大物アーティストばかりがスペースを確保し、アマチュアの入るような余地が全くなくなってしまう―と訴えるのは背広にドラゴンの覆面という謎の人物である。


「新規参入すら許されず、超有名アイドルの事務所ばかりで独占された音楽業界と、そこから追い出される形で第2の新天地として即売会を選んだ大物アーティスト…これではアマチュアが育たないだけではなく、音楽業界その物も崩壊するのは時間の問題か。新人が出て来たとしても、結局は大手芸能事務所が宣伝目的で出すようなあらかじめデビューが決められていたアイドルばかりでは…同人音楽や音楽ゲームの方が良いと考えるユーザーが増えても当然の事か―」


 新人が出てくる事は出てくるのだが、それは大手芸能事務所からの大規模宣伝目的での新人アイドルであり、本当の意味での新人ではない。この状態が続けば、今の音楽業界は同人音楽や音楽ゲームに敗北し市場の縮小にもつながりかねない。そんな事をプロデューサーは考えていた。


「サウンドランナーは、メモリーランナーに登場する科学技術等が実際に通用するのか…という運用方法もありますが、それ以上にサウンドランナーによるメモリーを本社ビルまで届ける模様を中継するという目的もあります。これによって、ワックワック動画の新たな良質コンテンツを生み出すきっかけが出来れば、ここ最近の超有名アイドルや該当事務所が主導しているテレビ局の番組との差別化も可能になるでしょう―」


 別の運営スタッフが説明をする。ワックワック動画の本社ビルまで届ける模様をネットで中継する事により、超有名アイドルや事務所主導型番組ばかりという民放4局等と差別化するという目的も達成できる。


「後は、グループ・ハンドレットの事件で明らかになった楽曲管理システムを改善させる為のきっかけを作り出せれば…。今の政府では、システム使用料等で得られる税収ばかりを気にしていて、改善するような気配も全くありませんからね―」


 政府はシステム使用料や楽曲使用料等で得られる税収が好調である事を踏まえて、現状のシステムを維持し続ける事を閣議決定している。今のままでは、超有名アイドルや大手芸能事務所の言いなりに近い節もある。下手をすれば、大手芸能事務所から賄賂を受け取っているのでは…と疑われてもおかしくないレベルでシステムの欠陥が見つかっていると言うのに、政府は全く直そうとする姿勢を見せていないのである。


 ドラゴンの覆面は国会議員ではないが、政府の音楽業界との黒い関係があるのでは…と超有名アイドル商法に対しても撤廃か大幅改善を求める団体を作っている程である。近い内に国会進出という噂も浮上しているが、それに関しては本人が否定している。


「とりあえず、サウンドランナーの目的に関しては2の次として、施設等の設置場所を考えましょう。これを決めておかないと、GPS等にコースを設定するのが大変になってしまうので―」


 先ほど、中継に関して説明をしていたスタッフが、白熱していた議論に水を差すような形で施設やアイテムの設置場所、コース等に関しての説明を始める。


「場所に関しては、ワックワック動画本社ビルのある草加駅周辺及び草加市全域、東京都の足立区、北区、葛飾区に秋葉原等の一部区域を拡張コースとして設定する方向で既に調整がされています。本来は東京23区全域も対象にしようと言う話がユーザーからも浮上していましたが、アイテム等を製作上する都合で全域をフォローするには時間が足りないと言う回答でした。多機能型太陽発電機の設置場所に関してはビルの屋上に決定しておりますが、スポンサーを募集して設置場所を決めていく流れになると思います―」


 多機能型太陽発電機に関しては、設置場所を確保するという部分も重要だったが、それ以上に量産する為にも資金面の課題もあった為、スポンサーを募集して資金を確保すると言う流れになった。


「運び屋の方に関しては、超有名アイドルの関係者やファン等をエントリー禁止する方向でどうでしょうか?」


「制限に関しては、特に設けずに運動経験が豊富な事とある程度のコンピュータに触れている事のみを必須条件にする方向でまとめています。それ以外に禁止条件を追加すると逆に虚偽エントリーが増える可能性も否定は出来ませんので―」


 ドラゴンの覆面が超有名アイドルの関係者やファン、音楽関係者等をエントリー不可の方向に出来ないか提案したが、スタッフは虚偽エントリー等が多発する事を考慮し、制限に関しては特に追加しない方向だと言う事を説明した。


「最終的には書類審査及び実技審査で判断して、そこで何かしらの不備があれば、そこで不合格にする…という方向が一番理想かもしれません。これでも、賛否両論が出るのは確実でしょうが―」


 スタッフも完全に超有名アイドルの関係者をシャットアウトにするのは、現状では難しい事を補足する。


「下手をすれば、テレビ局等を敵に回しかねないのは確実だからな…抜き打ちテストをやって、密かに不採用とするのもやり方としては不適当と言わざるを得ない。全ユーザーから理解を得られるような理想のやり方と言うのがあれば、こちらが教えて欲しい―」


 最後にプロデューサーが本来の目的に関しては他言無用である事と超有名アイドル事務所に気付かれないようにしてほしいという事を付け加えて、会議は終了した。


「全てのユーザーにとって理想のやり方ですか―難しい課題ですね」


 会議終了後、通路でドラゴンの覆面がプロデューサーにつぶやく。


「超有名アイドルでも、今の商法等に関して疑問を持っている人物も何人かいるし、即売会で大物アーティストばかりになっている現状を歓迎しているような…そんな少数派は必ず存在する。当然だが、サウンドランナー計画でも少数派意見を持ったユーザーは現れるだろう。全てのユーザーを納得させるような方法は理想論でしかないのかもしれない」


 プロデューサーは全てのユーザーが納得するような方法でサウンドランナーをスタートさせようと努力を続けていたのだが、最終的には全ユーザーが納得するかは公式発表するまでは分からないままである。


「超有名アイドルは、その理想論を全否定して少数派は排除しているような動きがあると言う話を聞いた事があります。彼女達のファンが入り込む余地を与えると言う事は―」


 ドラゴンの覆面は超有名アイドルが少数派を切り捨てている現実をプロデューサーに訴え、何としても超有名アイドルが入り込む余地を与えない事が重要だと話を続ける。


「ワックワック動画のユーザーの中には超有名アイドルのファンというユーザーも存在するだろう。それらを切り捨てるような事をすれば運営としても非常に厳しい展開となるのは確実だろう。それでは、超有名アイドル以外を完全に切り捨てている状態のテレビ局と同じ事だと…そうは思わないか?」


 プロデューサーの意見も確かに正しい。少数派ユーザーを切り捨てる事は、超有名アイドルだけを支持するテレビ局と全く同じ状態になってしまう。彼が目指しているのは、少数派の意見も受け入れて全ユーザーが楽しめる理想の空間なのである。サウンドランナーも、その為に計画されたと言っても過言ではない。


「分かりました。しかし、自分は今回の件に関して完全に賛同する事は―」


 そう言い残して、ドラゴンの覆面は本社ビルを後にした。本社を出る前には、トイレに向かい、その後に覆面をカバンにしまってから外に出る。さすがに覆面をした状態で外に出ると不審者扱いされるからと彼は思っているようだ。


「この計画自体に賛否両論がある事は承知していたが、計画を始める前から賛否両論になるとは予想外だったか―」


 ドラゴンの覆面が本社を後にしたのを見送ったプロデューサーがつぶやく。



 そして、サウンドランナー計画の公式発表が行われた。そこでは、募集要項に関して質問のメールが多かったと言うが、プロデューサーの懸念していた賛否両論にまでは到達していない状況だった。


「質問で一番多いのは運び屋関係か―」


 募集要項の質問の中で一番多いのは運び屋関係の物である。


『過去にアルバイトで力仕事関係の物をやっていたのですが大丈夫ですか?』


『元プロアスリートでしたが、今はジム通い等をしていません。そう言った状態でも応募は可能でしょうか』


『運動関係で特に実績はありませんが、体力には自信があります。そんな自分でも応募は可能でしょうか』


 運び屋関係でも多い質問が、運動関係である。メモリーランナーのゲーム中でもかなりのアクションシーンがあり、体力を相当使うと思われているようだ。その為か、現役アスリートではないと務まらないのでは…という疑問があって質問をしているケースが多いようだ。


「応募自体は可能。その後の審査で採用するかしないかの判定を行います―と」


 多く来ている質問に対して、回答集をプロデューサーが作成する。今回の計画に関しては細かい作業に関してはワックワック動画の運営が行い、運び屋やアイテム制作等はユーザー主導という事になっている。


『運び屋の服装に関しては、ゲーム中に出て来た物ではないと駄目ですか? こちらで用意した衣装を使いたいのですが…』


『運営側で用意された装備以外の使用は不可能でしょうか?』


『運営側の装備を改造して使用は認められないのですか?』


 次に多かったのは運び屋の衣装に関しての物で、中にはメモリーランナーで登場した衣装以外の物を使用したいという物もあった。


「これは難しいな…。衝撃緩和スーツがどういった仕様で完成するのか不明な以上、これに関しては回答保留と言った所か―」


 しかし、装備を改造して使用するという質問に関しては現時点で想定される範囲内で質問に回答できる―とプロデューサーが判断した。

用意された装備に関しては、カラーリング変更に関しては認める一方、衝撃緩和スーツが本来の機能を発揮しないようなデザイン変更やパーツ改造はシステムの動作保証が出来ない事から認めない方向になった。


『運び屋は女性限定なのでしょうか?』


『メモリーランナーのゲーム中では隠しキャラで男性がいましたが―』


『こちらは男性の応募は行わないと言う事はありませんか?』


 最後に多かったのは、男性でも運び屋に応募できるか…と言う事だった。これはゲーム中でも最初は女性キャラしか登場しない事が原因と思われる。


「これに関しては、特に制限は設けない方向になるだろう。女性限定にして募集人数が減るという事態だけは避けたいからな―」


 他にも細かい質問がいくつか来ており―。


『運び屋として参加した時の中継を動画にして、自分の生放送で使いたい』


『オリジナルの衝撃緩和スーツを作って、それを実際に使ってみたいが大丈夫か?』


『自分が参加した中継を自分でチェックしたいと考えていますが、タイムシフトは可能になるのでしょうか』


『参加する当日に体調を崩したりした場合には、別の日に参加する事は可能か?』


『採用人数が若干名とあるが、最終的には何人を採用する予定ですか?』


『将来的に運び屋が運用された際に依頼したいが、人物指定は出来るか?』


 質問は全く来ないよりも来た方が、今後のシステム改良や運営のあり方を変える為にも重要である。最終的には全ユーザーの4割強が何かしらの質問を送っていたという統計が質問受付締め切りから数日後に発表されて関心の高さを物語っていた。


「ここ数年の間で選挙権を持っている人間が何らかの理由で投票に行かない政治離れが深刻化している。しかし、グループ・ハンドレットの事件をきっかけに若者が選挙に行くケースが目撃されているのを見ると、政治家が色々と動いているという証拠か―」


 良い意味でも一連の楽曲管理システムは若者の政治離れを減らすと言う点では貢献をしているのかもしれない―そうプロデューサーは思った。しかし、グループ・ハンドレットの一件に関しては政治家が超有名アイドルの芸能事務所から不正な賄賂を受け取っている為に起こった事件なのでは…という面も浮き彫りにする結果となっている。


「どちらにしても、サウンドランナー計画次第で政治がどう動くのか―」


 本来、このような形で政治を動かすべきではないと思うのだが…これも一種の宿命なのかもしれない。超有名アイドルが水面下で何をして有名になったのか―それを明らかにする為の戦いでもあった。


「楽曲管理システムの不具合を政治が放置しようと言うのであれば―」


 プロデューサーの決心は揺るがない。楽曲管理システムが超有名アイドルを維持する為だけに使われるのであれば、即時撤廃をするべきである―と。


 運び屋とオペレーター部門の募集締め切りから1週間が経過した日曜日、技術部門に関しては量産体制が本格的に進みつつあった。

埼玉県内の中規模工場を間借りする形ではあるが、多機能型太陽発電機は既に100台が完成済、ハイパーグローブとブーツも募集予定人数分は揃いつつある状況だった。


「技術部門に関しては、新規で応募するメンバーが少なかったのが影響して締め切りが他の部門より1週間早くなったのが大きかったというか…」


 作業着姿の飛翔が周囲に指示をだしながら予定表を再確認する。実は技術部門に関してはプロデューサーが声をかけたメンバー以外の新規応募が少なかった為、飛翔の提案で1週間早く募集の締め切りをして、その分の時間をアイテム量産に割り当てたいと言う事をプロデューサーに提案していたのである。


「太陽発電機に関しては残り200台分も近い内に組み立てが終了するでしょう。GPSに関しては発電機以上に精密な部分があるので、部品のテストに若干の時間がかかりそうですが」


 技術部の男性スタッフが飛翔に中間報告をする。多機能型太陽発電機よりも精密部品の比率が多い小型GPSにはテスト期間を含めて完成まで時間がかかるようである。


「2週間後には運び屋の実技審査も行われると言う話だから、それまでにGPSのプロトタイプを完成させないと…」


 2週間後に本社ビルの近くにある多目的センターにて運び屋の実技テストが行われる予定になっており、そこでサウンドランナーの仮想シミュレーションを行う予定になっている。そこでGPS及びスーツなどのお披露目も同時に行われる。それまでに完成させる事が急務となっていた。


「本来であれば、運び屋部門の締め切りと同じで製作の方も遅いタイミングでのスタート予定だったけど、辞退が多かったのが―」


 製作部門に関しては、プロデューサーが声をかけていたメンバー以外に何人かが応募をしていた。しかし、プロデューサーが声をかけていた飛翔をはじめとしたメンバーの顔ぶれを見て辞退する者、自分が足を引っ張るのでは…と考えて今回は参加を保留した者が半数だったのである。


「私に加えて、声をかけたメンバーが技術部のエースだらけだったのが最大の原因だったのかもしれないわね。新鋭が数人いるのは歓迎すべきだけど―」


 現在、製作部門にいるメンバー30人でプロデューサーが声をかけた人物は20人、その中には飛翔を含めて技術部のエースクラスと呼ばれるメンバーが15人いる。残りの5人はエースメンバーではないが、準エースと言っても過言ではない。残る10人は辞退せずに残った一般公募枠メンバーと言う構成になっている。


「確かに、エースクラスがズラリと揃っている点に関しては否定しないけど、もう少し新人が残ってくれると、色々と鍛えがいがあったのに―」


 飛翔は思う。超有名アイドルの中には新人アイドルも少なからず存在するのだが、大半は同じ事務所メンバーと言う現状がある。違う事務所で多彩なアイドルがデビューするのであれば特に何も思う事はなかったのかもしれない。


 問題は、同じ事務所が似たようなテンプレアイドルばかりをデビューさせている部分で賛否両論が起こっている事である。


「グループ・ハンドレットも、グループ50等の延長線上にあるアイドルである以上―何かあるのは間違いなさそうだけど」


 技術部が各種作業を急ピッチで進めている一方で、本社ビルでは運び屋部門の書類選考が行われていた。


「運動の部分は実技待ちですが、どの人物も経歴が凄い人ばかりだ…」


 男性審査員の一人が、いくつかの書類を見て驚く。アスリート系の経歴を持っている人物が何人かエントリーすると予想はしていたのだが、予想以上にアスリートが多い結果になっている。


「現役選手はもちろんの事ですが、既に引退をしている人も何人かいるようです。特に年齢制限は設けませんでしたが、状況によっては裏方に回ってもらう人物も出てくるかもしれませんね」


 書類を見る限りでは、20代中盤から30代前半が大多数を占めているが、中には年齢が40代や50代という人物もいる。

運び屋と言っても走るコースは障害物競走というレベルをはるかに超えている為、実技の結果次第では数人が確実に落選という可能性も否定できない。プロデューサーは出来る事ならば全員を採用したい所だが、技術部との兼ね合いやスケジュール等も考慮すると全員を採用するには難しい事情があった。


「実技の後は最終選考に加えて、合格した場合は実習訓練―これだけのハードスケジュールをこなせる位の人物ではないと厳しいかもしれませんね。第1次募集は試験運用的な要素も含まれていますので、今回の募集で落選したとしても2次募集までには―」


 プロデューサーが各審査員に説明を始めている。それは、まもなく面接審査が始まる事を意味していた。


「ある程度の危険なコースでも完走できる自信のある人物―。それが、この書類選考まで残ったという事か」


 別の審査員がプロデューサーから渡された書類をある程度目を通して質問をする。


「本来であれば、書類選考は1回のみで済ませようと思いましたが、こちらの予想以上に応募が殺到した為に予備の書類選考を行いました。予備選考で面接会場案内を受け取った人物が、今回の面接を受ける事になります」


 運び屋部門には他の部門と違って多くの応募があった為に、面接の前に別の書類選考を行ったようだ。



 面接審査を行う数日前、2000を超える応募があった運び屋部門で予備の書類審査を緊急で行う事になった。この予備書類審査では飛翔を含めた技術部のメンバーや運営スタッフ等も招集され、面接審査を受けるにふさわしい人物を選定する事になった。


「まさか、自分達にまで書類審査を手伝う仕事が回ってくるとは…」


 本社に呼ばれた飛翔が若干のあきれ顔でプロデューサーの前に現れる。他にも技術部メンバーの内、時間が取れるメンバー10が本社に呼ばれていた。


 会議室に置かれた書類の山は、500から600位あるだろうか。不採用とした数に関しては推定でも1000は超えるだろう。


「2000を超える応募があったという話を聞いているのですが、どう考えても書類の数は1000を超えませんよね?」


 飛翔は書類の山が応募数の割には…と疑問に思ってプロデューサーに質問をする。


「この場にはいない技術部のメンバーが先に書類の方をチェックして、彼らが不採用と判断した書類に関してはこの場からは外してある。その書類の数は1000を余裕で越えるような動きだったが―」


 そして、飛翔達による事前の書類審査が始まった。書類の一部を見た飛翔は、運び屋募集に応募した理由という項目を見つける。


「ひょっとして、不採用にした書類の大半以上が何らかの理由で落選…と言う事でしょうか?」


 飛翔は疑問に思った事をプロデューサーにぶつける。


「事前に書類をチェックした技術部メンバーが書類を不採用にした理由は聞いていない」


 返ってきた答えを聞いた飛翔は、再び疑問に思いつつも書類をチェックする。


 応募書類には、身長及び体重などのデータ以外にも、過去にどんなスポーツをしていたか、ここ数年で運動を続けているか、無理なダイエットをした事はないか…という項目があり、最後には飛翔が疑問に思っていた運び屋募集に応募した理由という項目があった。


「さすがに超有名アイドルのファンクラブに所属しているか…という項目は入れなかったのか」


 書類を審査していた別の技術部スタッフがつぶやく。超有名アイドルのファンクラブの一部が武装勢力並の規模、別アイドルのファン等を強制的にスカウトといったような事件が発生し、警察が出動するような規模に発展した事例も少なくはない。中にはフーリガンにまで発展した私設ファンクラブも複数存在しているのも事実である。そういった部分を考慮し、超有名アイドルのファンクラブ在籍経験があるか…という項目を入れるべきなのでは―というのが彼の意見らしい。


「大規模規制をして超有名アイドルの勢力をシャットアウト出来るかと言うと、現状では不可能だろう。それこそ、政府が積極的に乗り出す等の必要性がある―と言わざるを得ない。フーリガン化した私設ファンクラブは消費者からも苦情が多数寄せられている話を聞いているが―」


 政府サイドでも超有名アイドルに関して何らかの規制を設けるべきと考えている人物は存在する。しかし、税収ダウンの原因になるという意見が半数を占めている為に手を出さないのが現状である。消費者からは超有名アイドルのファンクラブがフーリガン化している事に対して苦情や相談が相次いでいる。プロデューサーも、その辺りの事情は把握しているが現状では下手な締め出しは負の連鎖を生みだすだけと考えていた。



 面接当日、朝から既に100人規模の人間が本社ビルの前に集まっている。


「これは、色々と大変ですね―」


 黒のショートヘアに、ジージャンとジーパンという人物、彼も審査員の一人らしい。


「審査員はこちら…か?」


 スポーツ刈りの背広を着た男性が、審査員用の入り口を見つけたのだが、そこへ入っていくパンダの着ぐるみも発見した。


「誰かと思いましたが、大手芸能事務所のミカドさんではありませんか―」


 ジージャンの人物は、スポーツ刈りをした人物に見覚えがあった。彼の名はミカド、大手芸能事務所に所属している腕利きの人物でもある。噂では別の芸能事務所や強化型装甲アイドルの方に関係しているのでは…と言われているのだが、真相は不明である。


「君は…皆本君か」


 ミカドの方もジージャンの人物に見覚えがあった。皆本(みなもと)トウマ、最近になって劇場公開された電攻仮面ライトニングマンのリメイク版で本郷カズヤ役を熱演している人物でもある。


「偶然というのも恐ろしい物ですね―」


「この巡り合わせが、今後に―」


 これが運命の巡り合わせなのか、そうミカドは思っていた。


 最初に面接会場に入ってきたのは、ドラゴンの覆面をした人物だった。


「その覆面を外していただけませんか?」


 トウマが正論を述べる。確かに会社の面接では覆面をしたまま面接を行うのも相当な会社ではない限りはあり得ない。しかし、これはサウンドランナーの面接である。


「とりあえず、外せない事情があるのであれば覆面はそのままで結構です」


 プロデューサーがフォローを入れる。審査員は一般の面接官、プロデューサー、音楽関係者、ミカド、トウマ、技術部から飛翔が審査員席に座っている。どうやら、パンダの着ぐるみをしているのは音楽関係者のようだが…。


「自分は、今の音楽業界を変えるには超有名アイドル商法を撤廃しなければ…と思いエントリーを決意しました―」


 他の審査員も何かのシートにチェックを入れながら彼の話を聞いている。


「予想はしていたけど、多数のエントリーがあったとは―」


 午前10時に会場入りした瀬川は本社ビルにいる顔ぶれを見て驚いていた。1番に面接を受けているドラゴンの覆面は確認していないが、それ以外にもアニメのコスプレをした人物やメイド服、更には魔法使いのローブを着ている女性もいる。この光景を見て、面接が行われると説明したとしても仮装大賞の参加受付なのか…と勘違いする者も多いかもしれない。その中で瀬川の背広という服装が会場内では逆に浮いていたのである。


「アスナさんもエントリーしていたとは驚きました」


 会場入りした瀬川を最初に見つけたのはまどかだった。あの生放送で参加表明はしたのだが…運び屋としてエントリーするとは何も言っていなかったのである。


「オペレーター部門も考えていたけど、こちらの方が色々と目立つから…」


 まどかと瀬川が会話をしている内に面接の方もサクサクと進んでいた。番号札では瀬川が70、まどかは60の札を受け取った。


「最後に番号札を受け取った人物は100だったのを考えると、かなりの人数が書類の地点で落とされたという事に―」


 瀬川が最後に番号札を受け取った虎の覆面をした女性を見て、何かを確認していた。


「あの覆面の人、何処かで見覚えのあるような人ですよね―誰だかすぐには思い出せませんが」


 まどかも虎の覆面には何か見覚えのあるような人物が思い浮かんでいるようだが―。


「虎の覆面から三つ編みが?」


 瀬川は虎の覆面からはみ出している三つ編みを見て、とある人物が思い浮かんだ。


「飛翔さんは審査員もやっているので―その路線はあり得ないとは思いますが」


 しかし、まどかは中継映像を映しているテレビを指さし、瀬川の発言を否定した。


「中継? どういう事…」


 瀬川は中継映像がある事に対して疑問に思った。ワックワック動画本社ビルにあるテレビは基本的にワックワック生放送で放送中の番組を映す為と言う話を聞いた事がある。それを思い出した瀬川は、一つの仮設を思いついた。


「面接室の審査員は6人だけど―ワックワック生放送の視聴者も参加しているのだとしたら、審査員の数はそれ以上と言う事になるのかもしれない」


 突発的な仮説だが、この瀬川の予想は後に的中する事になる。


『1番のドラゴン覆面が出オチかと思ったらガチ要員だった。何を言っているのか―』


『1番の影響で他の参加者が目立たない』


『あのインパクトを超える人物が出て欲しい事を願うばかりだ』


 ワックワック生放送では、運び屋部門の面接が中継映像と解説を入れる形で放送されており、来場者数も1000人を超えている。


『それでも、15番の女性は凄かったな』


『水着は本社で着替えたとは思うが、あの露出度が高い水着で運び屋をやるかと思うとわくわくするな』


『19番の男性は4月にプロ野球を引退したばかりだったな。知名度も体力的にも優秀だと思うから、彼を採用して欲しい―』


『22番は明らかに超有名アイドルのファンクラブメンバーじゃないか?』


 様々な意見がコメントとして中継映像内に流れるが、コメントは面接会場に置かれている中継映像を映しているテレビには反映されないようになっている。これは、面接の展開が変化しないように…という事もある。


『そして、もう50番台か。面接と言っても1人5分のような印象があるから―』


 面接に関しては特に1人何分とは決められていないのだが、1人に付き持ち時間5分位で終わっている印象がある。最初に登場したドラゴンの覆面が15分位喋り続けていた後に登場した2番の人物は、わずか1分程度で面接が終わった為に時間があっという間に…と言うのもあるかもしれない。


『そんなコメントを書いている間にも、もう59番が始まるぞ―大丈夫か?』


 面接会場では59番の面接が終了し、次はまどかの番になった。


「60番の方、面接会場の方へ―」


 面接官とは別のスタッフがまどかを呼び出す。それ以外にも61番と62番の番号札を持った男性がスタンバイをしていた。


 まどかが面接会場に入ると、そこにはプロデューサー、ミカド、トウマ、一般審査員とパンダの着ぐるみまでは同じだったが、熊の着ぐるみが飛翔の枠に審査員として座っていた。50番台から飛翔の代理として熊の着ぐるみが担当しているのだが、果たしてどんな質問を出してくるか―。


「君のプロフィールを確認したが、陸上の県大会で優勝したことがあるとか…」


 最初にまどかに対して質問をしたのはミカドだった。背広に付けられたネームプレートで彼がミカドだと確認できる。彼は芸能事務所の社長も経験した事のある実力者で、彼の意表を突く質問に面接参加者の何人かが苦戦をしていたのである。芸能人のスカウトも担当した事がある為か、人を見る目は本物だと言う証拠なのかもしれない。


「県大会で優勝した事もあります。その後には全国大会の個人部門や団体でも出場―」


 まどかがミカドの意表を突く質問にひるむ事無く答える。


『全国大会にも出ていたのか―』


『さっき、県大会のホームページを調べてみたら本当に書いてあって吹いた』


『やっぱり、ミカドの質問は意表を突く物が多いな―』


 コメントでもミカドの意表を突く質問やまどかの質問に対する回答のコメントが目立っていた。


 この面接でのミカドが今まで出していた質問には、こういった物があった。


「君の話し方だと、超有名アイドルを憎んでいるような風に見えるのだが、本当に超有名アイドルだけが悪いのか―」


 これは、ドラゴンの覆面が面接を受けた後に登場した2番の参加者に向けて質問をした物である。この後、上手く質問に受け答えしたようだったが、何か言葉を取捨選択しているような口調を感じ取った飛翔がプロデューサーにある提案をする。


「これ以上の水掛け論を続けていても他の面接を受けようとしている人たちにも影響が出るので、この辺りで切り上げませんか?」


 この発言を受けて、プロデューサーは面接を切り上げ、3番の参加者を面接室に入れる一幕もあった。


「超有名アイドルが市場を独占する中で、音楽業界再生を掲げたい気持ちもわかる。君は音楽業界再生を達成した後、どんな音楽が業界を支えるのがふさわしいと思うのか―」


 22番の小説家見習いの男性に対しての質問は、彼は超有名アイドルが市場独占をする現状の音楽業界よりも、全く別のアーティストが音楽業界の再生をするべきだと語っていたのだが、ミカドは何かの矛盾を見つけて質問をぶつけてきた。これに対して、男性は何とかその場しのぎで質問に答え続けるが、ここでも飛翔が面接切り上げを提案した。


『実際、違う超有名アイドル押しの展開だった気配がした―』


 コメントでも、彼が超有名アイドル押しを思わせるような物が相次いだ。彼の目的がどんな物だったかは不明だが、超有名アイドルのファンクラブがフーリガン化しているという事実を証明させるような結果になったのは間違いない。


「最後に尋ねるが、君はどうしてコスプレを始めようと―」


 他の審査員からの質問もいくつかあったのだが、最後にまどかへ質問をしたのはミカドだったのである。


「アスリート体格だから似合わない…と他の人達にも言われましたが、自分がコスプレをしてみたいと思って始めました。好きな物を始めるのに理由がいるのですか?」


 若干だがまどかの口調が強めになった。それだけ、コスプレを始めるのには理由はいらないと生放送でも言っていた事もあり、プロデューサーも意外な一面を見た…というような表情をしていた。


 まどかの面接が終了し、その後はサクサクと進んで行き、69番の男性が面接会場に入っていった。


「70番以降の参加者の皆様は、準備の方をお願いします―」


 次の男性が会場を出ると、瀬川の番が回ってくる。準備をしている人物はその大半がコスプレイヤーであり、瀬川のような背広を着ている人物は全くいなかった。80番台や90番台の参加者の中には背広という人物もいるのだが、どうしてもコスプレイヤーと比べると地味な存在に見えてしまう。


「70番の方、会場へどうぞ」


 69番の人物が会場を後にし、次は瀬川の番となった。


「君の経歴は拝見した。芸能記者をやっているそうだが―運び屋を始めるとなると本業の方が休み気味になるのでは?」


 一般の面接官が最初の質問をする。


「その件ですが、芸能記者はフリーですので特定の新聞社等と契約していない分は自由に動けるので問題ありません。それに加えて自分の場合は、報道バラエティー等に出演している芸能記者ではないので―」


 最初の質問は地雷を踏まないように華麗にスルーする。それを見た他の審査員はチェックシートに何かを記入する。


「例のアレを見せてくれませんか?」


 次に質問をしたのは、プロデューサーだった。次も一般の審査員かと思っただけに意表を突かれたような気がする。


『確か、彼女は元ラクシュミメンバーだったような気配が―』


『まさか、この場で歌を披露する気か?』


『歌の披露でもしたら、5分オーバーは確実じゃないか?』


 コメントでも元ラクシュミのリーダーであるという過去の経歴を気にしている物が目立っている。その中でも全く別の話題に触れたコメントが1つ流れていた。


『そう言えば、強化型装甲アイドルという単語を掲示板で見た事があるような』


 それは、強化型装甲アイドルと言う全く聞き慣れていない単語だったのである。このコメントを見たユーザーは即座に反応し―。


『その話を詳しく…』


『その技術を使えば、運び屋のアーマー関連も解決するか?』


『それって確か、まだ正式発表されていない代物だったような気配が―』


 強化型装甲アイドルは、公式に発表されていないプロジェクトのひとつらしい事だけは放送中のコメントで判明した。しかし、実際の中身に関しては全く読み取る事が出来なかった。


「これは、どうした物か―」


 難色を示したのは、瀬川ではなくミカドだったのである。強化型装甲アイドルは極秘プロジェクトであり、一部でトライアルテストを行っているがその内容は非公開とされている物が大半を占める。ミカドは強化型装甲アイドルのプロジェクトにも参加している重要人物だったのである。


『ここは見せるしか選択肢がないので、少しだけなら見せてもOKです』


 熊の着ぐるみ審査員がスケッチブックとペンを器用に使い、実際に書いた物を瀬川に見せる。どうやら、この着ぐるみも強化型装甲アイドルの関係者なのか―。


「とりあえず、OKは出ましたので少しだけならば…」


 瀬川が上着として着ていた背広を脱ぎ、それを裏返しにすると黒の背広が白になっていたのである。どうやら、瀬川の背広はリバーシブルジャケット方式だったようだ。


「まさか、アレを披露する気なのか?」


 慌てていたのはミカドの方だった。彼はOKを出した熊の着ぐるみに駆け寄り、着ぐるみの頭を取ろうとした次の瞬間に、周囲が煙に包まれる。


「一体、何が始まるのだ?」


 一般審査員が慌てている。火災報知機等は作動していない為、火事ではないと判断してプロデューサーが落ち着くように他の審査員に指示を出す。


 しばらくして煙が消えた頃、審査員の目の前に現れたのは、1本のグレートソードを持ったSFに登場しそうなパワードスーツを着た瀬川の姿だった。


「これが、強化型装甲アイドル―」


 プロデューサーは驚きを隠せない。現在の技術部が集まっても完全再現は不可能と思われるようなエネルギー結晶体を兼ねたと思われるクリスタル、別アニメ作品を思わせるようなシャープなデザインのスーツ、クリスタルを素材としたアーマーと各種武器に分離可能なグレートソード…。これはトライアル中の試作段階とはいえ、ここまでの物が現代科学で可能な事にミカドと熊の着ぐるみ以外の審査員と中継を見ていた視聴者は衝撃を覚えたのである。


「トライアル中の段階なので、お見せ出来るのはここまで…と言う事になりますが―時期が来ればお話し出来るかと」


 そして、瀬川は強化型装甲をすぐに転送して面接会場を後にした。


『あれが噂の強化型装甲アイドル―』


『とんでもない物を見たような気がする』


『技術部どうなる?』


 瀬川が退室した後のコメントは強化型装甲アイドルに対する物が半数以上を占め、それに加えて技術部に関するコメントが少数程度流れていた。


 71番以降は再びサクサクと面接が進んで行き、気が付いてみるとラスト100番まで来ていた。中継の経過時間は2時間を超えているのだが、視聴者の数は中継開始前が500人程度だった物が今の時間は5000人を超えている。時間的にお昼時というのもあるのかもしれない。


『お昼のバラエティー番組を見るよりは、こちらの方が面白そうだ』


『弁当を買いに行く余裕がない。カップラーメンでも作るか』


『事前にコンビニへ買い出しに行って正解だったか』


 お昼時と言うのもあって、コメントもお昼ご飯に関係する物や裏番組よりもこちらを視聴した方が面白そう等と言うコメントが多く流れている。


『最後の人物が出てくるようだ―』


 このコメントが流れた辺りで最後の人物が審査員の前に姿を現した。


「覆面に始まり、覆面に終わるか―」


 ミカドが質問ではなく、虎の覆面をした人物に対して率直な感想を述べる。


「体格からして、最初のドラゴンとは別人のようですので、面接を始めましょう―」


 何かを知っているようなパンダの着ぐるみの言葉にミカドは質問をぶつけた。


「虎の覆面はダミーで、本当は既に2部門で応募済だったという事は―」


 ミカドがぶつけた質問を聞いた中継の視聴者は、まさか…と思った。


『どう考えても、あの三つ編みは正体バレバレだと思う』


『運び屋部門にも応募していたのか?』


『まさかの超展開だな』


 どうやら、視聴者にはおおよその正体が分かっているような気配である。


「これって、どういう事?」


 熊の着ぐるみ審査員が思わず声を出す。実は、チェックシートとは別に中継映像のコメントが確認できるミニモニターをそれぞれの審査員が持っており、そこで流れたコメントを参考にして審査が出来るような仕組みになっていたのである。着ぐるみ審査員が驚いたのは、虎の覆面の正体が視聴者も良く知っている人物だと言うコメントが多数流れた事に対してである。


「やっぱり駄目だったみたいね」


 目の前の人物が背広のポケットからメガネを取りだし、虎の覆面を脱ぐ。この人物の正体は前半に審査員も担当した飛翔だったのである。


「本来であれば、こういう方法で面接に出るべきじゃなかったけど、最初で審査員もやっていた関係も―」


 飛翔としても覆面をしてまで面接に出る予定は全くなく、当初は覆面なしで出る予定だった。


「当初出る予定だった審査員が突然欠席をする事になって、代理を飛翔に任せていたのだが…まさか飛翔も運び屋部門にエントリーしているとは予想外―」


 プロデューサーも実は飛翔が2部門で参加している所までは知っていたのだが、2部門目が運び屋部門とは全く知らなかったのである。それに加えて、予定の審査員の欠席で本社に来ていた飛翔に代理審査員を要請し、前半部分のみという条件で代理を引き受けていたのである。


「とりあえず、時間もあまりないので…早めに行いませんか?」


 飛翔の言う事も一理あったので、飛翔の面接を行う事になった。


 全100名の面接が終わる頃には、午後12時30分になっていた。それまでに中継動画を見た人数は7000人を超え、総コメント数も10000以上と言う大反響の内に面接審査は終了した。この面接での審査結果は数日中にワックワック生放送の特別番組で発表され、その後に合格となった参加者だけが実技審査に進むという仕組みである。


「既に、これだけの反響があるとなると集計作業は時間がかかりそうだな…」


 10000以上のコメントの中には、NGコメントやフィルターを使用して中継動画には反映されないようにしてある物もある。それに加えて、10人間隔で行ったアンケートの集計やコメントに審査の妨害を目的とした釣りコメント等が存在したか…という部分も調べなければいけない。


「集計はオペレーター部門の実技審査も兼ねている。どれだけの実力があるのか調べるにはもってこいと言った所か―」


 オペレーター部門の実技審査は、運び屋部門の面接審査のデータ集計と結果発表ページ作成の2つと発表済みで、既に実技審査は開始していたのである。


「プロデューサーも大変ですな…。自分も他人の事は言えない立場ですが」


 面接終了後、審査員が各自の判断で解散していく中、ミカドはプロデューサーと話をしていたのである。


「強化型装甲アイドルに関しては、まだ発表段階ではなかった―と言う事ですか?」


「一応、政府は正式発表をするまではマスコミに非公開という事にしておくつもりだったようだが、熊の着ぐるみを着た人物がOKを出した以上は大丈夫だったのだろう」


「あの人物の正体は分かったのですか?」


「とりあえず、声を聞く限りでは自分が知っている人物のようには聞こえたが、生中継をしている地点で彼女の名前を出す事は不可能だと思った。正体に関してはいずれ分かるだろうが、今は『お察し下さい』―と」


 熊の着ぐるみの正体に関してはミカドも大体の予測は出来ているが、プロデューサーに今の段階で話す事は出来ないと判断し、強化型装甲アイドルも正式発表があるまでは説明を避ける事になった。


「これから、ミカドさんはどうするつもりですか?」


「とりあえずは、自分の所のプロジェクトを進める事にはなるだろう。サウンドランナーには出来る範囲で技術提供はするが、直接的な協力は政府の許可がないと不可能に近いだろう。お互いにプロジェクトが成功する事を祈っている」


 ミカドはプロデューサーに強化型装甲アイドルの技術提供を約束し、本社ビルを後にした。


「あれだけの技術を政府が独占しているという事は、何かが起こる前触れなのか―」


 トライアル仕様の強化型装甲を見る限りでは、剣も模造刀のレベルではなく実際に斬れるようなデザインをしていた。それに加えて結晶体で出来たアーマーも警察で導入されているような物とは段違いとも言える堅い装甲であるのは間違いない。下手をすれば戦争が起こせるようなレベルである。


「向こうに技術を提供するとすれば、技術部でも話題になったバリア技術や美術品レベルの斬れない刀を作る技法…と言った所か」


 強化型装甲が戦争等に利用される事は避けたいと判断したプロデューサーは、技術部でも話題になった高層ビルを守る特殊なバリア発生装置の技術や芸術品レベルの斬れない模造刀を作る技法を提供する事を決定し、強化型装甲アイドルが正式発表された際に技術提供に関しても正式発表する事も決めた。


「まさか、この姿で審査会場にもぐりこむ事が出来るとは、予想外だったか―」


 パンダの着ぐるみを控室で脱いでいたのは予想外の人物だったのである。


「あなたはもしかして…」


 控室の横を通りかかったトウマは、パンダの人物の正体が自分の予想していた人物とは違う事にも驚いていた。


「君は、確か皆本君だったか―」


 50代近くとは到底思えないイケメン、彼の名前は本郷カズヤ…伝説ともなっている特撮番組である電攻仮面ライトニングマンの本郷カズヤ役であり、特撮界のレジェンドとも言える存在でもある。


「リメイク版では、色々とお世話になりました―」


 実は、劇場版の撮影時に皆本は彼の演技指導を受けていたのである。そして、彼から正式に本郷カズヤ役を任されたのである。


 数日後の金曜日、それは発表された―。

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