聖なる夜に、愛の奇跡を
──全ての夢を忘れた子供達へ。
「UFO探しに行こう!」
夜もふけにふけた午後十時過ぎ。
そんな非常識極まりない時間帯にやってきて、そんな馬鹿な台詞をのたまったのは、これまた非常識が服を着て歩いているような、絵に描いたような馬鹿野郎だった。
「……何してんの、アンタ」
そんな私の一言に、馬鹿は元気に「メリークリスマス! フォッフォッフォッ!」などと奇声を上げながら背負っていた白い袋から仰々しくプレゼントとかいうのを取り出して……。ああ、ありがと。って、そうじゃなくって!
「サンタの格好なのは分かるけど。今日はクリスマスだし。……でも、アンタ、今日の夜、バイトだったんじゃないの?」
バイト仲間に急に彼女が出来たとかいう迷惑極まりない理由で割り込みをかけられて、この底抜けに人の良い上に要領も悪い馬鹿は、頼まれたらノーと言えない日本人の典型な生き物として、今夜はサンタの格好してケーキを売り切るまで帰れないバイト板“帰れま全”とかいう訳のわかんない名前の荒行を課せられていたはずなんだけど。
「意地と根性で売り切ってきた!」
今夜だけで何十個もケーキ売り切ったって、どうやって……。
「具体的には半分くらい土下座営業で道行く買い物帰りのオバサン達と、頭脳労働で疲れてそうな塾帰りの子供達に脳みそのカンフル剤にどうですかって感じで買ってもらって」
「子供相手に土下座営業ってどうなのよ……」
「う、売れればいいの!」
「まあ、そうだけど……。で? 残りは?」
「残りは禁断の裏技と秘密の奥義で捌いてきた!」
「ヒミツのオウギねぇ……」
果たして、その半分とやらが、実際にはどれくらいの比率なのかもちょっと気になるけど。
「……自腹で買ったとか言わないよね?」
「そ、そうとも言う!」
その予定外の出費と私へのプレゼントで今月の生活費はこの服か中国の旗なみに真っ赤っ赤だぜなどと胸を張る馬鹿に渾身のデコピンを食らわせながら。
「ぐふぅ!」
「誰がそこまでしろって言ったよ?」
「……だってぇ~」
「だってもヘチマもない」
まったく。この馬鹿だけは……。
「という訳で、なんか食わせて」
「……まあ、良いけど」
プレゼントとかのせいで食費がキツイとか言われたら流石にこのまま帰れとは言えない。馬鹿を部屋に上げると、適当に冷蔵庫の中にあった残り物を温めてやって、あとは暖かい汁物でもあれば十分かな程度にインスタントのカップスープにお湯を注いで用意する。
「うまー」
脳天気な腹ペコサンタがモリモリと我が家の残り物を平らげていくのを見ながら、なんとなく珈琲を傾ける。そんな私の視線が気になったのか、食事の手を止めると。
「……なに?」
などと聞いてくる。そんな馬鹿に私は先程からちょっと気になっていたことを尋ねていた。
「UFOを探しに行こうって、どういうこと?」
「そのままの意味。今夜は空がすっごく綺麗だったんだ。だから、なんか一緒に見たくなったんだよね。あとは、そうだなぁ……。クリスマスの夜だから、かな。なんか、このまま寝て終わりってのもつまんないなーって」
あとは、なんか特別な夜だから、今日探したら案外UFOくらいなら居るかもしれないと思ったから。そんな頭痛がしそうな理由を聞かされて、思わずため息が漏れてきた。
「……今夜、今年一番の寒さになるでしょうって天気予報があったんだけど?」
「あったかい格好すれば大丈夫だよ」
僕みたいに。そう鼻息も荒く自分の赤い服を指差してふんぞり返る馬鹿。っていうか、その服、着たまま帰ってきて良かったの?
「明日の夜までに返せばオッケーって」
というか、コレ着たまま明後日まで頑張ってケーキ全部売り切ってこいやと言われて追い出されたのはココだけのヒミツだとか何とか。……まあ、良いけど。
「という訳で、行かない?」
折角の聖夜なんだから、一緒に夜空見に行こうよって普通に誘ってくれれば良いのに。
「ヤダ」
「なんでだよー」
「普通の格好してきたら考えてあげる」
「今夜ならこの格好でも大丈夫だよ。それにこの格好が気になるなら君の分もあるし」
その白い袋、何で膨らんでるのかなって不思議に思ってたけど。
「予備のサンタ服が入ってたのね……」
「うん」
「でも、なんで、そんなの持ってきてるのよ」
「売り子は何人でも良いんだぜぇ~? でもバイト代は一人前だから、二人で仲良く分けるんだぜぇ~? ってテンチョーが」
なに、そのワイルドな提案。……ミニスカサンタ服とか、どういうことなの。というか、何、この暖かそうで、その実超寒そうな趣味百パーセントなファッション。
「なにが悲しゅーて二人してサンタのコスプレなんかしなきゃいけないのよ」
「いいじゃない。聖夜らしくて」
「こんなの嫌に決まってるじゃない。……寒いし」
「……駄目?」
「駄目」
「どうしても?」
「どうしても」
じーと視線をぶつけあう。
「泣いちゃうよ?」
そんなハムスターじみた小動物的精神攻撃に屈してしまったのは一生の不覚だと思う。
やっぱりやめときゃよかった。
そう思っても後の祭りだったのだと思う。流石にミニスカートのサンタ服だけじゃ風邪ひいちゃうからあったかい格好した上に、上着と帽子だけサンタ服着て雰囲気を出して。そんな二人してサンタの格好をして夜の山道を車で走って、小高い近所の山の上にある小さな公園にやってきて。そこに真夜中なのに断熱材の入ったレジャー用のシートをひいて、二人して月夜の明かりの下で夜空と夜景を眺めていた。
「綺麗だねぇ」
「……これを見せたかったの?」
「うん」
真っ暗なキャンバスの上に広がるのは、まるで夜空の星のような人の街の明かりで。そのキャンドルの群れのような穏やかなオレンジ色の光の一つ一つに人の生活ってヤツがあるだろうな~って思うと、なんだか不思議な気分になってくる。
「……良い景色じゃない」
「気に入ってくれた?」
「うん。下手なプレゼントよりよっぽど気がきいてると思う」
ありがとう。そんな感謝の台詞が笑みと供に自然に浮かんでくるくらいに気分が良い景色と眺めで。多分、すごく良い雰囲気だったんだと思う。私は寒いだろうからって用意しておいた暖かい飲み物を魔法瓶から二人分用意して彼に、ハイって渡す。
「……珈琲、苦手。ブラックは特に」
「大丈夫よ。今日は貴方も好きな紅茶だから」
「なら大丈夫かな。……うん、あったかくて美味しい」
二人して何となく肩を寄せあって座って。こうして静かな中で夜景を見ながら、暖かい紅茶を飲んで……。なんとなく、こんな聖夜も良いかなって気もしてくる。
「これで寒さがもうちょっと穏やかなら言うことないんだけどな……」
「……流石に、これだけは予測出来なかったからねぇ……」
「天気予報で昨日から言ってたじゃない」
「そうだっけ?」
「そうよ」
彼は基本的に思いつきの人で、思い立ったら吉日な行動派な人だった。……まあ、だからこそ、こんな洒落たクリスマスプレゼントを用意してくれたんだろうけど。
「大変だったでしょ」
「何が?」
「ここ、探すの……」
「ううん。全然」
実の所、夜景が綺麗なポイントを探すのに、彼が最近、あちこち夜に下見をしていたらしい事は何となく察していた。最近、夜景スポットとかパソコンでよく調べてたみたいだったし。……私って、日毎、あんまりブックマークとか使わないんだけど、その代わりと言ってはなんだけど履歴を使って昨日アクセスしたサイトを今日も見るとか、そういった使い方をしてたのよね。そのせいで、彼が私の部屋で調べ物してた時に、何を調べてたのかとか何となく見ちゃってたのよね……。それに、Chromeだと直近で見たサイトがよくアクセスしているサイトとかに入ってくるし。まあ、そんな訳で何をしてるのかは何となく察してたんだけど、それをあえて見て見ぬふりをして今夜を迎えたわけだけど……。その甲斐はあったかなって思う。
「正直ね」
「うん」
「今年は何もないんだろうなって思ってた。……バイト入ったって聞いてたし」
土下座スタイルで謝られたし。……誰だって、今年は何もないのねって思うじゃない。
「ほんとは諦めてたんだけどね。でもテンチョーが彼女にちゃんとクリスマスプレゼント用意しとかないと駄目だぜぇ~って」
やることなすこと滅茶苦茶な上に言動も怪しさマックスな、見た目サンタの格好が似合う太めのカーネルおじさんなんだけど、こういう部分だけは不思議と気の利く人なのよね……。
「一生懸命考えてみたけど、これくらいしか思いつかなかった。……駄目だね、僕って」
駄目、か。……確かに色々駄目な所もある人だけど。でも。
「サプライズプレゼント、一生懸命考えくれたんでしょ? ……だったら良いじゃない」
確かに、見慣れた景色なのかもしれないけど。それこそ、ここに来れば何時でも見れる夜景なのかもしれないけど。……でも、この今日の夜景は……。この雰囲気の良い空間は、間違いなく彼が努力して用意してくれたプレゼントのはずだった。
ここは、私もよく知ってる場所だけど、それだけに分かることもあったから。ここは、さほど日頃人が立ち寄る事もないはずのない場所で。そんな公園が妙に小綺麗なのは、きっと彼が昼間とかに来てはセッセッと今夜のために掃除とか草むしりとかして、綺麗にしておいてくれたからなんだと思うし……。
「すっごく気持ちが篭ってると思ったから。だから……。下手なお金しかかけてないプレゼントより、よっぽどいいよ」
「……うん」
「ありがとね」
なんとなく肩に頭をあずけて、ああ、幸せだなぁって小さな幸せを噛み締める。……もしかすると、こんな穏やかな気持ちになれたことが、一番のプレゼントだったのかもしれない。
「あっ」
「ん?」
「雪だ」
「……ホントだ」
空を見あげれば、いつのまにかそこからゆっくりと白い粉雪が漂ってきていて。
「……空、晴れてるのにね」
「不思議だね」
「まあ、聖夜だしね。……空の上で赤い服着た人が気を利かせてくれたのかもね」
ちょっぴりゴージャスで綺麗な夜空に加えて雰囲気ばっちりなクリスマスの夜景。それプラスで雪のホワイトクリスマスだなんて、なかなか神様かサンタのおじさんか知らないけど気を利かせてくれて有り難い限りなんだけどね……。まあ、粉雪がはらはらと降ってくるけど、これくらいなら積もる事は無さそうだけど。これ以上に雪の勢いが増す前に下におりないと危ないかな~って思いながら横を見てみると、そこには口をあけながらぼーっと夜空を見上げている馬鹿がいて。
「なに空眺めてるの?」
「雪が降ってくる景色って、綺麗だなぁ~って思って」
「もう少し、見ていく?」
「いいの?」
「いいわよ」
色々頑張ってくれた彼に少しだけサービスしてあげてもバチは当たらないと思ったから。今夜だけだからねって釘をさしながら、太ももで膝枕をしてあげる。嬉しそうな彼は、飽きる様子もなく夜空を見上げていて。そんな彼の見ている物を見たくなったのかもしれない。私も何となく空を見上げていた。そこには真っ暗な空から白い粉雪がゆっくりと降ってくる景色があって……。
「これはこれで綺麗ね」
「うん。なんとも言えない雰囲気があるよね……」
「でも、ちょっと怖いかも」
空って、じーっと見てると、なにか吸い込まれそうな不思議な雰囲気と感覚がある。
「不思議だよね。空って。……この先には無限に広がってる空間があって、そこには色んな星とかあって、だから夜空には光ってる星があるんだって。……理屈じゃ分かってるはずなのに、それが何か実感出来ないっていうか」
ああ、それ分かるかも……。
「星の光が恒星の光じゃない気がするのね。……なにか不思議な一枚絵みたいな」
「ああ、それ。その感覚」
もしかすると、私達は、そこに理屈とかじゃない幻想を見ているのかもしれない。
「そろそろ十二時か……」
腕時計を見ると、二本の針がそろそろ重なりそうになっていた。
「今年のイブも、もう終わりだねぇ」
「そうね」
彼が何を言いたがっているのかは何となく察する事は出来ていた。きっと、来年もこうして二人でイブの夜を過ごしたいねって。恥ずかしいから口には出さないけど、きっと、そう言いたがっているのだと思う。
「サンタさん、もうプレゼント配り終わったかな」
「そろそろ日本にも来る頃なのかしらね」
日付変更線と同時に来るのか、それとも去っていくのかは知らないけれど。
「帰ろっか」
「そうね。この話の続きは、部屋に帰ってからにしましょ」
「名残惜しいけどね」
「この続きは、また来年ね」
二人で手早く片付けて車に戻って。バタンと車の扉を閉めた時のことだった。
カチッ。
時計の短針と長針が重なりあった音が聞こえた。……聞こえた気がした。それは、そんな時のことだったと思う。
ブワァッ!
何が起きていたのは分からない。私達二人の目の前で。車の周囲がやけに明るく……。それこそ、その瞬間だけ昼間になったみたいに明るくなって。そして……。
──シャンシャンシャンシャン……。
あの音は。この音は。忘れるはずもない鈴の音で。知らないはずなのに知ってる音で。
──Merry Christmas !
「……うそ……」
その出来事はあまりに一瞬の事で。
「……見た? 今の」
「うん」
「聞こえた、よね?」
「うん!」
「ぶわーって明るくなって、しゃんしゃんしゃんって鈴の音がして!」
「それに、確かに言ってたよね!? Merry Christmasって!」
思わず顔を見合わせて、急いで外に飛び出た私達の目にはもう赤い服のおじいさんの姿なんて、当たり前なんだけど何処にも見えなくて。でも……。でも、確かにあの人は今、ここに居たんだと思ったから。そう感じたから。だから、こんなに体が震えて止まらないのかな……。
「なんだか特大級のプレゼントされちゃったなぁ……」
こんなことされちゃったら、こっちも勇気出すしか無いじゃないか。そんな彼の何処か不貞腐れたような声が横から聞こえて。
「なんだか今更って感じになっちゃったけど。……これ、受け取ってくれる?」
そんな彼の手には小さなリングケースがあって。
「大好きです。結婚してください」
きっと今年の聖夜は一生忘れられない夜になると思う。
──聖なる夜に、愛の奇跡を。
この物語はフィクションです。実際の人物・団体・事件とは一切関係ありませんが、サンタさんは多分居ると思います。