ネットワーク接続(幻実) ②
「ここが交友掲示板ですか」
名前は入る時に偽名を付け、アバターの形も完全には視認できない状態になる。システムをかいくぐればそれも可能だが、やる奴は滅多に居ないだろう。
誰の姿もよくわからず、誰が発言しているのかもあやふやな場所。匿名という機能を第一にした場所だ。
事前に棺桶は棺。キングは帝王、そして自分は九十九だと決めておかないとすぐにはぐれてしまっていると思う。人の数も多いし。
「ああ、見た目酒場にしか見えないよな」
かなり広い酒場。そして壁には幾つもの紙が張り付けられている。それを見て、内部に入る事が出来るからこその情報交換所だ。
今あるのは、全部で三十三か。なになに『美少女型のアバターを考察する』に『クククク、例の会社は俺の二進数が支配した』これは邪気眼スレだ。ここに立てるなと『シャングリラってジャンク品と響き似てる』ってこれは何か違う。
んー。そんなにいい物は立ってないかな、と。
「せ……九十九さん。あそこに居る人、なんですか?」
腕を引っ張られたので見てみると、端の方に猫の顔にシルクハットを被ったアバターが座っている。
あの姿は、情報屋か。
「……世果だな。大人気な情報屋。情報か金さえ払えば大抵の事は教えてくれるぜ。気になる奴のリアルとかは、無理だけどな」
それは例えわかっても厳禁だ。相手を陥れるとか、そんな目的でもない限り知りたい奴はいないだろうしね。
「成程」
危険ではあるし、怖い相手なのだけど。それでも知っておくに越した事はない。
「……世果。何か面白い情報はあるか」
そいつの隣に座り、回りの人間が一瞬だけこっちを見たような気がした。
ついでに棺桶の事を見た奴も居る、ような気がする。
「ん? あぁ、なんだ君か。いや特に君が知りたがるような情報はないよ? そうだな。ストレイドックが起こした過去の所業ならわかるけれどね」
そんな事は知っている。あの人から聞いた話しは多すぎるぐらいだ。自慢じゃなくて教訓なのがあの人らしいといえばあの人らしいけれど。
「いらねぇよ。……ああ、こいつがうちのチームに新しく入った奴だ。よろしく頼む」
隣に座った棺桶を値踏みするような目で見ていたので補足説明をしておいた。
誰かが新しく入ったという情報は、本来なら高価だけれど、ここで少しの恩を売っておくのは悪くないと思う。
「……成程。ああ、わかった。その情報が古くならない内に売りさばくとしよう。もう少し情報をくれるなら、何かを考えてもいいのだけれど」
「信頼からなる情報屋だからな。……どうする? 棺。売るならそれはそれでいいぞ。少しの貸しぐらいは与えておいて損になるもんじゃない。今渡しておけば、今後何かしらで返してもらえるかもしれないしな」
利益を与えるから、いつか利益を返せなんてとんだ話しだけれど。
けれど、今のチームの情報は高値で売れると思う。
「君らは有名だからね。まっ、それでも君の情報が幾らになるかが問題だけど。売れた分の情報ぐらいは渡すさ、一度だけね」
ログもとったし、相手もそれぐらいは理解しているだろう。これでいつか棺桶が情報屋を利用する時には役立つと思う。
案外高いし。
「はぁ。えーと。個人窓開けますよね」
棺桶が世果に近づき、二人の間で窓が開いた、と思う。
「あぁ、棺、俺も呼んでくれ。まだ不慣れなんだし、いいだろ?」
返事が来る前に、チャット画面に呼ばれる。ログは見えないけれど大した事は話してないだろう。
「ふむ。では質問をしよう。君の名と得意分野。単独で潜入に成功した会社。あとアバターの形と備えてある能力を教えてくれ」
「……九十九さん」
「ああ、別にいいぜ。お前の能力がばれても、それ程問題はないだろう? ただ会社名は伏せてもいい。こいつからバレる事もあるだろうしな」
棺桶はウィルスやバグを見破るぐらいだ。それが作る側にバレれば更に隠すようにするだろうけれど。なら棺桶のデータを更にアップデートさせればいい。
「はい。……ハルモニアです。一応はアタッカーとして活動できるぐらいの能力はあります。潜入に成功したのはゲーム会社とネットゲームの会社です。アバターの形は西洋風の棺桶で、情報の違和を感知するように作っています」
成程。犬さんが棺桶を知ったのはネトゲか何かだろう。
キングと法一以外は大抵そっちから来ているから、予想通りと言えば予想通り、かな。
「ふむふむ。それなりに面白いチームになってきたね。司令塔のストレイドックに、妨害役の法一、兎。戦闘の千日手、クラブのキング、ハルモニア。面白いね。幻実内でもかなり高いランクに入ると思うよ。君たちでシャングリラ攻略が無理なら、それは不可能に限りなく近くなりそうだ」
お喋りな情報屋だ。ただ言っている事は誰が見ても事実なのだとわかる。自分の実力ぐらいはわかっているし、皆の実力もそれなりに把握している。
メンバー一人一人が最高峰の力を持っているのだ。ウィザードとは言わずとも、だけれど。
唯一少し力が足りないのが棺桶というぐらいで、その棺桶も並のハッカー以上の能力は有している。
もしかすると、だけれど。
「……じゃあ、僕らが攻略したら伝説になりますね」
しれっと棺桶が自信ありげに言った。この世界で伝説になる事を考えると、一介のハッカーとしては胸が踊る。
名誉欲と、自尊心。好奇心と探究心。
猫をも殺す心はハッカーを殺すに足るものだろうか。
「そうだね。その時には、私も祝わせてもらうし、君らのチームにシーカーとして入りたいぐらいさ。情報屋の楽しさと仲間と居る時の楽しさは別だからね」
そんな気は全くないだろうけれど、社交辞令みたいな物だろうと思う。それに情報屋を味方に引き入れる事は心強いけれど仲間として居る事はとても怖い。
基本的に入れるかどうかの判断はリーダーを中心に決めるのだろうけれど。
「その時には、よろしくお願いします」
棺桶は本気で言っているのだろうとしたら、流石に世間知らずもいいところだろうけれど。……いや、こういう所も個性の一つ、かな。
自分の思考だけで全てを決めつけてしまう事はダメだ。発展が望めなくなってしまう。
「おっと、別のお客さんが来たようだ。それでは、またいつでも情報屋をご利用ください」
最後だけ無駄に敬語で締めて、世果が退席した。
こっちも退席して適当に掲示板でも読み流しにいこうかな。
「……千さん。そろそろ、シャングリラ挑みましょう。僕みたいな新米が言える事じゃないですけれど、今の僕らならきっといけます。チーム戦について少しはわかりましたし」
……さっきの会話で何か火がついたのかもしれない。それはこっちも同じだけれど。
「……そうだね。今はまだだけど、話しあってみる価値はありそうかな」
同意を示す。そろそろキングも棺桶も我慢の限界が近づいてきているのかもしれない。
危ないけれど。それでも、一つの伝説の作れる可能性があるなら。
「はい。……あ、チャットの外で何か騒ぎが起きてるんですが」
「……予想つくのが嫌だなぁ」
喧嘩はご法度なのだけれど、そういうルールが通じない奴はいるからなぁ。
うちのチームでも、キングとか。
「おいてめぇ! 今何ていいやがった!」
「あ? だから駄犬の率いるチーム程度がシャングリラ攻略何て不可能だって言ってんだ。あんな老耄供がやれるんなら、私らでもやれるに決まってんだろ」
外に目を向けてみると、キングと見知らぬ誰かが衝突していた。
通常時のアバターが出せない事が幸いだ。出せていたら、二人であいつを抹消しないといけない所だった。
その時に棺桶は止めに入ってくれるだろうか。……いや、ここは自分がしっかりしないといけない場面だよね。
「帝王。あんま怒るな。三下に何を言っても三下って事に代わりないからな」
「んだおめぇ!」
怒りのあまりにちょっと口が悪く成ってしまったようだ。反省しようと思う。
後悔はしないけれど。
「そうだなぁ。ストレイドックのファン、って所かな、三下君」
会話している間に情報屋に通信を繋ぐ。大人気ない? いやいや。こっちは、子供だ。
「んだと! はっ、あんな糞野郎共のファンなんてなぁ、意味ねぇんだよ! 確かに幻実になる前は何かしてたみてぇだけどよ。今のこの世界、すなわち幻実世界になってから何かしてのかよ!」
なにそのネーミング。流石にださい。
いや、こっちが言えた義理じゃないけれど。
『世果。あいつ誰だ?』
『三』
『千?』
『万、と言いたいが千が打倒だろう。彼は最近出てきたチームのリーダーだ。君らのチームが壱なら彼らは零だし、彼らが壱なら君らは百以上だろう。名前はトランペット。中小企業を狙っているが、それ程の事は行っていない。実力が足りない事は自覚しているようだね』
『金は後で送っておく』
さて、つまり本当に三下って事か。犬さんに対する言葉は自分よりも格上の相手への羨望と嫉妬が妥当な所だと思う。
ここで吠えているだけなんて犬にも劣る行為だと思うけれどね。
「あぁ? んだよそのダッセーネーミング。どこのガキだっつーの」
「……帝王、落ち着け。どうせ、犬以下の楽器だからな。二人とも、帰るぞ」
「ちょ、待てよてめぇ! 喧嘩売っておいてそれはねぇだろうが!」
喧嘩売ったのはそっちだろうに、何を言っているのだろう。……あぁ、こっちの三人の事を知らないと犬さんの悪口言ったら喧嘩を売ってきた奴らにしかならないのか。
うーん。犬さん本人が居ればいいのだけれど。
「あぁ。いや、もうどうでもいいから向こういけ、金管楽器。あんまり五月蝿いと、お前ら全員潰すぞ」
後ろに何人か心配そうな目で、自信あり気な目でこいつを見つめている奴らがいるけれど。確実にこいつのチームメンバーだろう。
「な、なんだよ金管楽器って! 私の名前は『ホルン』だろうが!」
「これ以上ほざくならお前のリアルまで突き止めるぞ?」
流石に、自分の名前が割れているという事が理解できたはずだ。全く、面倒くさいな。
他のメンバーみたいな奴らも一転して目を逸らしているしそこまで強固な絆もないのかもしれない。
哀れと言うべきか。
「あぁ、成程な。んじゃぁ行くか」
「ああ」
今の会話を聞いていた奴らはそれなりに興味深けにこっちを見ているけれど、もうほとんどこっちの正体についてはばれているだろうなぁ。
わからないのは新参か低いレベルの奴らだけだろう。
三人なのを確かめて、思い至らないもう一人、棺桶が誰かなのかを知るために情報屋に情報を仕入れる奴は何人か居るはずだ。これで少しは儲けが出ていると面白いのだけれど。
「お、覚えてやがれ!」
出て行くこっち三人に向かって言い放つ言葉は、三下という言葉がぴったりと当てはまるような言葉だった。
うーん。本気で言う奴は初めて聞いた。本当にそんな事を言う奴がこの世界に存在なんて。細かく指摘するのならそれは逃げる時に言って欲しかったな。
「……千さん、ここ結構面白い場所ですね」
「ああ、最後がああだったけど暇つぶしには丁度いいぞ」
「うぜぇ奴らは後でぶっとばせばいいしな」
それは違う。というか、全体的にダメだし後で迷惑被るのはこっちだから出来るだけやめて欲しい。
……まぁ、暇つぶし程度にはなるからそれもいいけれど。