2.5章 ネットワーク接続(幻実)
「何してるんですか?」
チャット室でぼーっと皆を待っていたら棺桶がいつの間にか居た。少し気を抜きすぎたか。
「ああ、ちょっと本をな」
観音様の腕で本を持つ。残りの腕は空いているのだけど、なんかシュールな光景だろう。
まぁ棺桶が本を読む程じゃないか。
「本ですか。最近は電子書籍の方が多いですよね。紙媒体であるのは教科書ぐらいじゃないですか?」
確かに最近は紙製の本が少ない。そっちの方がコストもかかるから仕方がない所なのだけれど。やっぱり、本という物は紙でこそだと思う。
「匂いに手触り、あと重量。これがあるから紙媒体はいいぞ。確かに高いから気軽に買えるわけじゃないけどな。それでも本がない世界に面白みはそれ程ない」
読んでいる本を棺桶の前に突き出す。まぁ、これも趣味の一貫に過ぎないわけだけど。
「……うわ、凄いですねこれ。手触りとか、重さも設定してるんですか?」
受け取って気づいてくれたようだ。
「ああ。これ一冊作るのに苦労したんだぜ? 一度作れば後はシステムが流用できるから楽なんだけどな」
最初の一冊を作るのに丸々一ヶ月。後は家にある本を読み込んで装丁するのに一冊三時間。
苦労したものだと思う。
「へぇ。……僕も、何か趣味の一つぐらい持とうかなぁ」
趣味がハッキングだけっていうのも詰まらないっていうのはよくわかる。
他にも何かしらの趣味を持った方がいいっていうのは賛成だ。もちろんどんな趣味を探すにしても、結局幻実を利用する趣味に落ち着くような気はするけど。
「犬さんの趣味は筋トレらしいぜ。キングは、なんだっけな。兎はあれで料理作るしな。法一は散歩って言ってたけど」
案外と皆アウトドアっていうかなんというか。
「他の趣味で幻実に関係する人ってあんまり居ないんですね」
「……案外ね」
これは自分の趣味を見直す必要があるかもしれない。もっと、こう。筋トレとか散歩とかというわけじゃないけど。
何か作ったりするのはいいかもしれない。
「僕も、いつかちゃんとした趣味を持つ事にしますよ」
笑いをこらえるような口調で棺桶が言う。……これは、もしかしてからかわれている?
……まぁ、いいか。
こういう何もない日としての一日も必要だし。
「うっすー。お、お前ら何してんだ?」
おっと。キングか。
「いや、趣味の話しをしててな。お前の趣味ってなんだっけ?」
記憶だと、サンドバックに蹴りを入れる事が趣味だった気がするんだが。
「あぁ。競馬。的中率七十五パーセント」
意外な趣味だった。
「……俺の記憶を一度見直す作業が必要かもしれないな」
賭け事っていうのはあんまり良い趣味じゃないと思うのだけど。とは言っても趣味の話しだから人が口出し出来るような事じゃないか。
「はっ、冗談だっつーの。サンドバックを蹴り続ける事だな。体力落ちるのが嫌いだしよ」
良かったよかった。記憶違いはないようだ。
「サンドバック、ですか。キングさんってスポーツとかやっているんですか?」
「中学まではな。まー、高校上がってからやめちまったけどよ。おめぇも中学上がるまでは何かしらスポーツやっておいた方がいいぜ。像みたいな貧弱野郎になっちまうしな」
誰が貧弱だ、誰が。
それに会ったこともないのにそんな根も葉もないことを言われても困る。
「……まぁ、筋肉はあんまりないからなぁ。脂肪の方が多いくらいだし」
服の上からじゃわかりにくいけど、案外出ているから困る。
人の視線を感じやすいからできればもう少し引っ込んで欲しいのだけど。
「運動しろよ。将来どうなるかわからねぇぞ」
「考えておくよ」
「……僕はちょっと頑張ります」
棺桶とキングとはまだ会った事ないから二人がどんな外見か知らないけれど。
想像だとキングはスマートで、棺桶はもやしっ子のイメージがある。口に出したりはしないけれど。
「頑張れ少年。……しかし今日はこれ以上は来ねぇかもしれねぇな」
時間は、もう八時。最近の犬さんは仕事が忙しいからあんまり来られないらしいし、兎も兎で、家でやる事があるから来られないとかなんとか。
「そうだ。リーダーから伝言。シャングリラについては皆が集まった後にちゃんと話そうだとよ。そろそろ行き頃なんじゃないかと思ってるのかもしれないな」
まだ行くような気配は見せてなかったけれど。こうでも言っておかないと棺桶はともかくキングは一人でも突っ込んでいきそうな気がする。
猪突猛進って言葉が似合う奴だし。
それで行かれて帰ってこないと、流石に困る。
「へぇ。……んじゃ、その準備でもしておくか。棺桶もそのつもりで構えておけよ?」
「いつも準備が上手くやれないのはキングさんじゃないですか」
確かに。キングよりも棺桶の方がよっぽどしっかりしていると思う。
ヴァンダルの準備をこっちが良く知っていないからそう思うだけなのかもしれないけれど。
いつも本番で『やべぇ、SCの位置ミスった!』とか騒いでいるからなぁ。
「俺はいつも自分を追い込まねぇと本気が出せねぇんだよ」
「それはダメ人間の言葉だぞキング。廊下に立ってろ」
「廊下ってどこですか」
こっちが聞きたい。いや、言ったのはこっちだけれど。
「そーいや、最近集まり悪ぃな。何か企んでて俺らに秘密にしてるってわけじゃあねぇよな?」
皆が来ない事でキングが不安、というわけじゃあないけれど楽しい事をしているのではないかという疑念を抱いたようだ。
うーん。確かに、三人も来ないとそう思うのは仕方がない。
「聞いた話しだと法一は旅行で兎は家の手伝いらしいぞ。犬さんが来なくなるのは仕事のせいだろ。まっ、もう冬だしな。大学生とか社会人は忙しい時期なんじゃないか。テストとかで」
あれ? 兎は高校生だったっけ。あんまり人の年を覚えていないのが自分の悪いところだと思う。
「千さんはテストとか大丈夫なんですか?」
「ああ、別に問題ない。予習復習ばっちりだしな。これでも一応は優等生だ」
半分本当で、半分は嘘。優等生ではないのが悩みどころだ。
両親はもう死んでいるから、奨学金のためにもう少し生活態度を改めないといけないというのはわかっているのだけど。
……大学いかないで、すぐに働こうかな。それが出来るぐらいの技術は持っているわけだし。
「はん。まっ、頑張れ若造。しっかし皆いねぇと暇だな。どこかにちょっかいでも出しいくか?」
三人で、ねぇ。無茶な場所じゃないなら一人でどこだっていける面子だからなぁ。
それならいっその事、棺桶の交友関係でも広げにいった方がいいかもしれない。
「……棺桶、お前、ハッカーたちの情報交換場所知ってるか?」
幻実が作られてからかなり最初の方で視覚化された掲示板なのだけれど、一見様お断りとして作られているため初心者では入れないような場所だ。
そして、その存在を知っていなければ入れるはずもないような場所。
噂として聞く事は出来ても正確な場所を知る事ができなければ入れないだろう。
「いえ、そういう場所があると聞いた事はあるんですが、そんなに興味なくて」
それはそうだ。ハッカーとしての活動をしている奴は基本的に単独行動を好む。
チームとして活動する奴らはそんなに多くはないから、聞いていても行かない奴は行かないからなぁ。
「知ってると楽だぞ。顔はばれないし、情報交換が主だからな。シャングリラについての情報も少しだけど聞ける。俺らが知ったのもそこでだしな」
眉唾ものの情報から、真実まで。ありとあらゆる情報がごった煮で転がっている場所だ。
ついでに情報屋もあそこに居る場合が主だから知っておけばこれから楽だろう。
中には初心者に近い腕のある奴を勧誘する奴もいるし。
「あー。あそこか。まっ、俺様も久しぶりに顔だすかね。行ったら行ったで、結構面白いしな」
キングも暇つぶしになると思ってくれたようでなによりだと思う。
こっちもこっちで暇だし。棺桶の交友範囲が広がるかもしれないしね。もしかすると小学生に会えるかもしれない。……でも小学生のハッカーが沢山居ても嫌な時代になったものだなぁって感想しか浮かばないなぁ。
基本、犯罪なのだし。軽い気持ちでやるのだけは勘弁して欲しいと思う。棺桶は、そこらをどう思っているのかわからないけれど。
犬さんの紹介だから平気だとは思うのだけれど、ね。
「あ、はい。準備とかは、いりませんよね?」
「口か手がありゃ十分だ。おめぇにはどっちもねぇけどな」
「そりゃ、棺桶ですから」
口と手がある棺桶ってゲームのモンスターか何かだろうか。それはそれで、ちょっと面白いと思うけれど。
「んじゃ行くぞ。案内するから遅れるなよ」