ネットワーク接続 ②
寒い。とても寒い。
幻実に引きこもりたいと思える程に寒い。
「夏雪は寒がりだねぇ」
「お前がなんでそんなに平気なのか知りてぇよ」
俺は羽毛百パーセントのジャンバー着てるってのに。こいつ上に何も羽織ってないんだが。
なんだこいつ。寒さを感じなくなるような超能力でも身につけた超戦士か。
……幻実でも痛みとか感じないようになればヴァンダルが増えるんだろうなぁ。そんな事は怖くてやってられないだろうけど。
「ホッカイロつけてるから?」
それで暖かくなれるなら俺はホッカイロで身体を包んでもいい。
「でもホッカイロを沢山つけるとミツバチに包まれてるみたいに成るからやめておいた方がいいよ?」
「俺の心を読んでるんじゃないだろうな、お前」
学校の帰りだから寒いのも当然だし、これからもっと冷え込むんだろうなぁ。
「あはは。去年自分で言ってたよ。夏雪は面白いねぇ」
楽しそうに笑われても。というかそんな前のことを覚えてるこいつが怖い。
俺なんて昨日のことすら忘れてるってのに。こいつなら十年前の出来事も覚えてそうだなぁ。
「そうだ。夏雪の服でも買う? あんまり外出る服もってないよね?」
今は学校帰りだから制服だ。というか、制服以外で外に出る機会はそんなにない。
寒い冬だっていうのも理由だけど。基本的に制服で十分だ。
兎さんの家に入る時だけは気をつける必要があるんだが。……前に「宇佐木さんの娘さんが高校生の子を囲ってる」と噂になったからなぁ。
おばちゃん連中はどこに行っても妙な噂話が好きで困る。
「今日は日ごろの世話を返しにきたんだろうが。お前にはいつも世話になってるしな」
飯やら洗濯やら掃除やら。俺一人でも出来ることは出来るんだが。それでもやってもらう以上は何かしらの恩を返したい。
親しき中にも礼儀あり。両親が死んだりして一番実感した言葉だ。とはいっても奢るぐらいで返せるような物じゃない程、夕菜には苦労をかけているんだが。
「気にしなくてもいいのにー。でも奢ってもらえるんならトリプルパフェがいいなぁ」
……訂正しよう。それだけで恩は十分に返せるはずだ。
三千七百円のパフェなんて人類の規格外じゃないか。そんなもの幻実だけで十分なんじゃないだろうか。
現実に存在してはいけない代物だ。
「……いいぜ。お前がその気ならその勝負、受けて立つしかねぇなぁ」
「え? 何の勝負ー? えへへ。私負けないからね!」
あー。もう可愛いなぁこいつ。嫁にするなら夕菜みたいな奴にしたいぐらいだよ。
「よし。俺の負けだ。パフェかー。それでいいのか? 服とかでもいいんだぜ?」
そっちの方が高いだろうけど、残る物だしな。俺の気分的な問題だけどそういう物の方が嬉しい。
「んー。別に私は夏雪といられるだけで十分楽しいんだけど」
「安上がりだなぁ。……んじゃ、服でも見て回ろうぜ。その方が楽しいだろ」
何か買うつもりだしパフェも奢るつもりだ。けど少しぐらい幻実と離れて楽しむのも悪くないだろう。
兎さんには怒られてしまうかもしれないけど。こういう息抜きがあってもいいはずだ。
「……あ。あの人、夏雪の家にたまーに来る人じゃない?」
言われた事に意識を戻して視線を向けると、確かに見知った人が居た。
虚無僧のような格好で街中を徘徊できる人間なんて俺は一人しか知らないし、一人以上は知りたくもない。
「あー。法……柳さん、だなぁ」
確かあの人、東北に住んでるはずなんだけどなぁ。……何の用で来たんだろう。
今話しかけるのも、なぁ。
「おー。……あぁ、夏雪君じゃないかー。久しぶりだなぁ。兎に会いにきたんだけど留守でねー。久しぶりに犬さんと出会えたらなーという考えも合ったんだがー。流石にねー。でも夏雪君と会えたなら結果オーライかー」
声をかけられた。つまり、気付かれた。
畜生。夕菜と俺の楽しい時間に横槍入れやがって。
「……なんすか法一さん。今日は仕事ですか。今見ての通りの状態なんですが」
デート中とは言わないのが俺の悪いところだな。
一人の時だったら快く話してたどころじゃなくて俺の家で手伝わせたぐらいなんだけどなぁ。
「ああ、デート中だったのかー。悪いなー。兎さんが帰ってくるまで暇でねぇ。あと仕事だなー。明日には帰るんだけど、知り合いに会っていこうかと思ったんだー」
成程。まぁ、理由の大半は兎さんに会うで締められているだろうけれど。
なんつーか。この人わかり易いんだよなぁ。いい人だし、顔も悪くないんだけど。
服のセンスが圧倒的に終わってる。
「いえいえー。デート中なんて、そんな」
顔を赤くしながら反論しても意味ねぇよ。
「否定はあんまりしませんけどね。前に話した幼馴染です。な、夕菜」
「あ、はい。初めまして。夏雪のお嫁さんの夕菜です」
「こちらこそ初めましてー。夏雪君の友達の柳だー。よろしくなー」
「普通に話しを進めないでください。後夕菜も微妙に突っ込みにくいボケやめろ」
なんだこいつら。ダブルボケか。俺がわざわざ突っ込み続けなくちゃいけないってのか。
楽しいけどさぁ。
「だってお母さんがこう言えって」
「成程なー。母の言うことは基本的に適当に偉大だからなー。それも仕方ないなー」
駄目だこいつら。何が駄目なのか上手く言葉にできないレベルで駄目だ。
俺が国語辞書だったらいいのになぁ。……意味わからない望みはやめておこう。本気でわけがわからない。
ていうか法一さんも今年で二十代半ばなんだし落ち着いてもいいと思う。
「……はぁ。それで、兎さんに何の用なんですか?」
どうせハード面の話か何かなんだろうけど。
「あー。実はなー。告白しようかと思ってなー」
なんだ。告白か。ちょっと予想とは違ったけど成程。納得できる言葉だ。納得ってなんとなくだけれど納豆食う? という言葉に似てるような気がするなぁ。
「はぁ。そうなんですか。そういえば今日は青空が美しいですよね。太陽が燦々としてませんか?」
「夏雪ー。今はもう夕方だよー?」
「ついでに言うと月が出てるねー」
二人がにこにことしてるなぁ。ああ。今日はこんなにも月が綺麗だ。水面に映る月は鏡花水月っていうんだっけ? いやぁ、俺って博識だ。
「って、はい!? 告白ですか!? え? 何があったんですか法一さん! 詳しくはあそこの喫茶店でおっちゃんでも飲み砕きながら詳しく聞きたいんですけど!」
「落ち着いて落ち着いてー。ここ天下の往来だからさー。大声出されると俺が恥ずかしいよー。ねぇ夕菜ちゃんー?」
「そうですねぇ。あはは、夏雪がこんなに慌ててるの久しぶりに見たかも」
慌ててるんじゃなくて取り乱してるんだよ! ていうか完全に斜め上な方向過ぎるだろうそれ!
「まぁまー。流石に今のは冗談だってばー。幾ら俺でもさー。兎さんが相手だったら犬さん以上のいい男にならないといけないってのはわかってるさー」
……。なんだ、知ってたのか。兎さんが犬さんに片思い中だってこと。
いや。まぁ、あの様子を見てれば誰だってわかるだろう。小学生だって理解できるに決まってる。
「でも、好きな人が居ると他の人って目に入らないんですよ」
夕菜が真理をついた事を言う。
ああ、そうなんだよなぁ。本気で恋をしてしまうと、他の奴を好きになる事はできなくなるんだ。
好意を抱かれても申し訳ないとしか思えない。
まぁ、夕菜が言葉にするのは普通怒ってもいい事だと思うけれど。
「そうなんだよねー。けどそれでも好きな気持ちは変えようがないからさー。本当に大変だよねー」
笑って流すのは流石大人、か。
「ですね。……まぁ、俺たちはこれから適当にどこか行くつもりですけど。柳さんはどうするんですか?」
ついて来られても流石に困る。俺の心も癒されたいし、夕菜も気兼ねなく楽しみたいだろうし。
気にするような性格じゃないのはわかってるんだが。
「俺は適当に秋葉原でも行くさー。パーツを安く仕入れる事が出来るかもしれないしねー。暇つぶしにはなるだろうよー」
あそこは確かに法一さんみたいな人種にとっては聖地だからなぁ。ハッカーとしては、あの地域は魔境すぎて近寄りがたい場所なんだが。
下手な奴が入って返り討ち。精神病を患って入院なんて話しも数知れないくらいある。
ハッカーの魔境。エンジニアの聖地。その他諸々の呼び名で知られる場所になってるぐらいだ。
この世で揃わない物はあの場所にない、とまで言われる。俺もたまにお世話になってるんだが。
売る方として、だけど。
「まっ、二人ともごゆっくりねー。あんまり邪魔しても悪いしー。あ、あとあんまり兎さんに迷惑かけるようなサボり方しちゃダメだからなー」
「あ、はい。それじゃあまた」
「夏雪をよろしくお願いします」
夕菜、それ何か違う。
「おう。任される」
法一さんも何かが違うだろうそれ。
とりあえず、法一さんは颯爽とした姿で去っていった。虚無僧が去る姿は正直少しだけ格好良いと思ってしまった。
……夕日を背景にしてればそりゃ格好よくもなるか。
「面白い人だねー。柳・法一さんって」
「……まぁ、いいけど」
誰だよ柳法一って。そんな怖い名前付けた親が居たら逆に凄いよ。面白い人だっていうのは、わかるけど。
「んじゃ気を取り直して何か見にいくか」
「うん。えへへー。夏雪と居ると退屈しないから好きだなぁ」
嬉しい事言ってくれる。それなら、俺も心の底から楽しませてやろうじゃねぇか。