起動・幻実 ②
「えーと。キングさんって、ぼくよりも年上ですよね?」
おっと。確かにあれだけ見るとキングは子供っぽいのは全く否定しないけれど。
「棺桶。一応あれでもキングは大人だ。と、思う。多分。毎回あんな事やってるような気がするし反省とかしないし無意味に自信過剰だし夢みる乙女みたいな事を言うけどな。やる時にはやるし、言う事はいう奴だ。と思いたい」
「アイツもわかってやってる事だろう」
言葉にリーダーがフォローしてきた。流石に、棺桶にアレだけ見て舐められるのも可哀想だと思ったのだろう。
そりゃ誰だって思う。
「ことハッキングに関しては、私たちの中でもキングは一番だよハルモニア君。だからこそ最も危険で腕を必要とする侵略者なんてやってもらってるんだしね」
兎が真面目な口調でプログラムを書く片手間に言った。
幻実世界になってからは、特にそこらは顕著なんだよなぁ。
基本的に多くのハッカーは攻撃者だ。防衛プログラムの裏をかいて、道を自分で作って、またはなりすまして、情報を盗んで行く。
その方が自身のアバターが破壊される可能性が低い。そして逃げやすい。
更に言ってしまえば、アバターが破壊されて精神に多大な傷を負う者だって存在する。精神をアバターと一体化させているような物だから、痛覚だってあるんだし。
それを受けるヴァンダルなんて大抵の人が忌避する役どころだ。
「キングさん、ヴァンダルだったんですか?」
「ああ。それで棺桶には……妨害者としては私か法一が居る事だし像と一緒にアタッカーをやってもらおうと思う」
「俺とキングと棺桶が攻撃で、リーダーと法一が補助でやるのか。久しぶりだな」
相手の信号を妨害する役目がフリーカー。元は電話回線に精通した人たちがそう呼ばれていたらしいけれど。
今は主に相手の通信機能の妨害を行う人がそう呼ばれている。ちなみに自分で全てを平均以上に出来るのが神に近い者。
「兎さんは参加しないんですか?」
確かに疑問に思うのもわかるなぁ。でも仕方がないよねこれは。
「私はパス。作りたいものがあるの。それに、私よりも格上のフリーカーが居るんだもの。数だけ居ても無意味でしょ?」
そういうわけだ。基本的には兎がフリーカーをやるんだけれど、念を入れておくところだと法一になる。フリーカーとしては兎よりも法一の方が数段上だし。
「……キングは将来なんか恥ずかしい二つ名とか付けられるような気がするな」
例えば、破壊神とか。
「付けられそうな二つ名か……。スペルヴィア、あたりか」
……なんか自分のセンスに自信がもてなくなってきた。最初からないのかもしれないけれど。
「傲慢ってよりは憤怒の方が似合ってそうな気はしますけど」
スペルヴィアって傲慢って意味なんだ。自分の語学能力の無さが悲しくなってくる。小学生に負けるのは流石に落ち込むなぁ。
「……あー。俺も参加するんすかー? 久しぶりだー。……上手くやれるかどうかわからないけどミスしたらよろしくなー」
法一が面倒くさそうに言う。確かに最近参加しないでハード面ばかりやっていたけれど。
昔、耳鳥と呼ばれた頃の法一を知っている一人としては悪い冗談以外の何者にも聞こえない言葉だ。
「以前と同じように頼む」
リーダーが心配も毛ほどにも見せずにいうと、法一は苦笑交じりの声を上げて笑う。
棺桶はどうしてそんな風に笑うのか理解していないようだけど、これはチームの皆ならどうしてもそうなってしまう。
「昔な。法一は一人で色々やってたんだが」
「像さん像さん。あんま人の恥ずかしい過去話さない方がいいと思うぜー?」
焦ったような声で止められた。うーん。流石に黒歴史とも呼べるような悪行は人に話して欲しくないのか。話そうとした自分が言ってもおかしい話しだけど。
普通のハッカーならこれで多いに自慢をして貰いたいと思うはずなのだけれど。
純粋なハッカーとして、法一はもう枯れているのかもしれない。とふと思う。
実際はわかるわけがないけれど。
「さて。作戦なんて物は立てる必要がないだろうが。像、棺桶は撤退時のログにだけ気をつけてくれればいい。キングは勝手にどうにかしてくれるだろうからな」
問題がそこだけなのはよくわかっている。帰りに十八ぐらいどこかを経由すれば見つかる可能性は皆無だろう。
うーん。アメリカ、フランス、イギリス、日本の千葉滋賀佐賀と、北海道に沖縄あたりにいって、最後にイギリスをもう一度経由して帰ってくればいいかな。
イギリスまで相手側が辿り着いて諦めるならそれでよし。その先を追われても、こっちのツールを使えば上手く誤魔化せるだろうし。
……やっぱりキングのログ消しは欲しくなる。
「俺もログを消すもの作るかなぁ」
「あれは難しいわ。私も作ろうとしたけどどうしても不具合が出ちゃうもの」
兎ですらダメならキングは超級のプラグラマになるはずなのだけれど。
もしかすると奇跡のプログラムなのかもしれない。他にある可能性なんて数年つぎ込んで作ったぐらいしか考えられないし。
あのキングにそんな忍耐力があるわけがない。と言い切れないのが怖い。
「そろそろキングも戻ってくるだろうから準備を終わらせておけよ。棺桶も、チームプレイを学ぶいい機会だろう?」
「はい。出来るだけ、頑張ります」
不安要素といえば棺桶のアバターにある戦闘能力。
基本は幻実世界が出来る前と変わらないから、そこまで心配することじゃないと思いたい。もっと時代が先に進み、ハッカー全体の技術が変われば幻実でリアルな格闘みたいな事にもなるのだろうなぁ。
もちろん今でも徐々に徐々に変わってきてはいるけれど。
ウィルスがプログラムに直接当てるタイプと自動で徘徊させる物にわかれた、とか。
細かいような変化だけれどもね。
「うっし。んじゃ行こうぜ! どこ行くのか知らねぇけどよ、俺様にかかったら最後ってところ見せてやんよ」
キングが意気揚々と帰ってきたけれど何か良い事でもあったのだろうか。
……どうでもいいか。きちんとやる事さえやってくれるなら、というかやる事はやってくれるだろうし。
「場所は、景気付けだ。今政権をとってる党でも狙ってみようじゃないか。この国が面白い事になるぞ?」
犬さん絶対今の党嫌いだろう。まぁ、こっちも好きじゃないから大賛成。
ブロックも厚いだろうし金持ちなんだから人工知能どころじゃなくて、最近作られた警備会社ぐらいは用意しているだろうし。
……でも老人ってそういうのに疎いからなぁ。
「面白い防備でもあるといいですね。……大人になる頃には政権変わってるといいんですが」
「それはあんま期待できねぇよ。この国だしな」
「俺が言えた義理ではないが同意できるな」
「私はー、少し期待したいなぁ」
「まっ。成るようになるだろー」
さぁて。楽しい楽しい迷惑行為の始まりといこう。
「キング、そっち平気?」
『問題ねぇ。つーか、何も雇ってねぇとか巫山戯てんな。幻実を甘く見すぎじゃね?』
国の機密に関わる部分には何かしらの特別集団がいるとは聞いているからいいか。
優しい若者は心配にもなるけど。憂える人と書いて優しい。うん。名言だなぁ。
「千さん。こんなんでいいんですかね? 僕まだ何もしてないんですが」
「こんなもんだろ。チームだしな。向こうが派手にやってくれる分、こっちはやりやすい」
チームとして動くアタッカーの極意は向こうに苦労を押し付けてこっちは慎ましく情報を掠め取るものだ。
苦労というかガチバトルが好きなキングが居るからこそ出来る事だけどね。
『もっと男らしく俺に向かってこいやぁ! 糞野郎どもぉ!』
「……千さん。あの人無茶言ってますよ」
「気にしない気にしない。いつもの事だって」
今日はいつにもまして楽だ。法一が動いているから情報に関しては今この区域は完全隔離されているし。犬さんも暇そうにしているのが通信越しでも見て取れる。
「千さん、そこに設置型ウィルスがあります」
「っと。本当だ。棺桶、お前すごいね」
アバターに取り付けるタイプの対抗プログラムがあった。
初歩的だし踏んでも即座に改竄プログラムは動作しただろうけれど、踏まないに越したことはない。
「……あ、僕のアバターは情報の綻びを感じ取るようにしてあるんで。ああいう隠す系統の物を見つけるのは得意なんです」
成程。単体でやるならそういう物を作るのもありだったか。
「注意力とかを補うために組んだのか?」
「はい。腕が上がって慣れさえすれば、これをベースしてもっと改造してみようと思います。それに初心は大事ですから」
いい心がけだ。熟練のハッカーだって初歩的なミスが命取りになることも少なくない。
慣れから来る注意力の欠如程、ハッカーにとって怖い事はない。元々が割に合わない趣味なのだし、趣味で捕まってしまえばそれこそ目も当てられない獄中生活が始まる。
「頑張れ少年。俺みたいな、とは言わないけど犬さんみたいないいプログラマには成れるんじゃないか? あの人、プログラムの方はかなりの腕前だぞ。兎には及ばないまでもな」
いいハッカーに成れるとは確証できないのが今のこの幻実。
まだまだハッカーも一般人も手探りみたいなものだしね。
「はい、努力します。っと。ここですかね。すんなり辿り着けましたけど」
「ここだな。すんなり辿り着けない方が怖い」
上手く行っている証だろう。
『像。あと三分で奪えるだけ奪え。法一のプログラムが限界時間だ。これ以上は無理らしい』
……それ程上手くいっているわけじゃ、ないかなぁ。
ここまで来るのに遊びすぎたかもしれない。ちょっと本気出していこう。
「じゃあ僕は」
「大丈夫。これぐらいの情報量なら、一分も掛からない」
人に見せたくないけど、最速最高の情報盗みの腕、見せてあげよう。後進の教育と思えばそれなりに平気。な気分になれる。
アバターの腕が動く度にここにあるプログラムを全てそのまま無圧縮で手に入れていく。
全部を一時フォルダに入れて十秒。さぁここからが真価の発揮だ。
アバターの前に本が出てきて、その本の中に腕を全て突っ込ませる。突っ込んだ先から確実に無意味とわかるファイルを順々に削除。元データは残しておくこの優しさ。下手なハッカーだったら書庫事全部パーにしている所だ。
本の中で選別作業が終わりここまでで四十秒。更にもう一段階。
本を完全に閉じる。これで完全圧縮完了。圧縮後は元の十分の一。うん。絶好調。
これで全五十五秒。一分かからなかったのは本当だし、いいはず。
「すごい」
「感心してる場合じゃないぜ、棺桶くん。それじゃさっさと行くぞ」
「あ、はい」
窃盗を働く仏像を想像するといつもシュールだと思う。盗む相手が悪人でそれを仏罰だと言えればいいのだけれど。
趣味だからなぁ。いつか仏罰が降るかもしれない。
『後何分で出れる?』
「あと、一分。キングは?」
『もう撤退し始めだっつーの! お前らが外に出たら速攻でとんずらこくからな!』
「キングさんって案外すごいんですね」
『喧嘩売ってんのか棺桶!』
子供に何言っているのだろうキングは。さて、後は色々な場所を経由して帰るだけだ。
今日もそれなりに楽しかったけれど。
少しはキングの気持ちもわかる気がする。この程度をやるなら、シャングリラに挑戦してみたいと思うのも。
思うだけ、にしておこう。今は。もっと厳しい所だってあるかもしれないし。
「……これならシャングリラって所にもいけるんじゃないですか?」
「さぁ、な」
そこまで思考の飛躍を出来る程に舐めてはいけないけれど。
「何事も一歩一歩だろ。次こそは対人戦が出来ると楽しいんだけどな」
ハッカー同士で争う事はないし警備会社でも二十四時間なんて所はない。隙間を縫うようにやればどこだって忍び込み、攻略する事が出来る。
だからシャングリラに挑もうって言うキングと棺桶の言葉は頷ける。
きっと保守的になるのはこっちの性格なのだろう。何にせよ犬さんの許可が必要だから犬さんがやると決めなければチームでは動かないけどね。