ひとつ。架空宣告
鈍い音が路地を覆う。目の前は絵の具をぶちまけたような歪んだ世界が見えていた。ああ、また折れたんだろうか、何回目かな、また財布は空だ。そんな譫言を声のでない口で、もごつかせた。一日気を飛ばせば回復してる。並じゃない再生力なのは自分でもわかっていた。それでいいようにされる自分が情けない。心ではわかっている、無力さ、根暗さ、その他マイナスの面もろもろ。考えるだけで自分の必要性について疑う。親もわからない、路地でいいように使われている自分の価値とは。現実を投げやりそっと目を閉じる。これが夢だったらいいのにと自分の頭に願掛けし、唯一残ったリュックサックを枕にした。
その日は夢を見た。普通に幸せな家庭でおいしいごはんを食べ、妹とゲームをして…現実ってなんだっけと思わせるようなしあわせな夢。現状はくそったれだ。誰も心配しちゃくれないし助けてはかまってちゃんのサイン。それ以前にこんな汚い僕を誰が救ってくれるだろうか?医者、教師、善人? 医者も教師も患者と生徒、自分のプラスについてしか考えていないだろう。全員とは言えないけれども。だって、現に僕は蹴られ殴られ巻き上げられを何週間と続けられている。家にすらまともに帰れてないというのに捜索さえしてくれている気配はない。まるでこれじゃあ干からびたミミズじゃないか。
うん。我ながらいい例えだと思った。雨の日の嫌われ者、じめっとした性格の僕にはこれ以上にない称号であった。ああ、また奴らくるのかな。みんな今頃学校で僕のことなんて忘れて楽しんでいるんだろうな。普通がうらやましい。もし神様がいるのなら、贅沢は言わないので いま以上のしあわせをください。そしたらきっと生きている価値が見いだせる気がする。
「もう散々だ、助けてくれ」
と、口から漏れた。何日ぶりの言葉だろうか。久々の音とともに雫が頬を伝う。体温を含んだ暖かい水、何年ぶりだろうか。
神様に願掛けなんてあほらしいと思っていた自分なのに、すがりどころのない僕は架空のものに頼るしかなかったのだ。仕方ない。
「弱虫」
そう空から聞こえてきた気がした。そうだ、弱虫なミミズなんだ。無駄に生命力があって、はやく消えてしまいたいのになかなか思い通りにならないかわいそうな奴。ああ、虚しいにもほどがある。いままで誰かの温もりって感じたことあったのかそれすら思い出せないでいた。頭はポンコツ、体は人形同然、扱いはサンドバッグ。いいところなんてひとつもないや。
泣き疲れていたのか、そのまま次の日の朝を迎えていた。昨日は何事もなくすぎたのだろう。そしてまた夢を見た。最後に白衣のおじさんが「余命1週間」と告げる、物騒なもの。
予知夢、そんなものあるんだなと笑い飛ばした。といっても顔は口角すらぴくりとも動かず、
「笑うのってどうするんだっけ…」
と、すでに感情は枯れていたんだと実感した。
けれど、あと一週間でそのこともなかったことになれる。誰にも気づかれず惨めなままの姿で。きっとその日は吐き気のするほどの太陽光が降り注いで、体中を照らして、殺すんだ。そのへんのミミズと一緒に。たとえ見つけられても「気持ち悪い」と罵倒されるだけで、「かわいそう」だなんて誰も思っちゃくれない。蹴るどころか触れたくもないと軽い足取りで冷ややかな目を向けながらその場を跨ぐのだろう。