02
俺の最後の定住地は東京だった。だが、故郷は福岡だ。
十六歳で群馬にある超人学校へ入学して以来、九十歳で死ぬまで、故郷に戻ったことはほとんどなかった。
唯一の家族である母と妹も、俺が二十五歳になった年に東京へ引っ越してきたため、なおさら帰る理由はなくなっていた。
だから問題だった。
実家がどこにあったのか、思い出せない。
「群馬は行ったことないよな?」
安藤さんが話しかけてきた。
幸い、覚醒テストを終えたあと、そのまま家まで送ってくれるらしい。いや、むしろこれが常識的な対応というべきか。
「行ったことないです」
半分は本当で、半分は嘘だ。
前世の俺はそこで四年間も学校に通っていたのだから「行ったことがない」は嘘。だが、今生の俺は福岡の外に出たことがないのだから、真実でもある。
安藤さんが運転する黒いバンの助手席で、外を眺める。
――そして、ちょうどそのときだった。
コンビニの横。
空間の一部が陽炎のように歪んだかと思うと、次の瞬間、成人男性の二倍ほどの体格の怪物がこの世に姿を現した。
凶悪な顔。下から突き上げるように伸びた巨大な牙が二本。
灰色がかった緑の皮膚をした筋骨隆々の肉体。右手には巨大な斧。
突如として出現したそれは、咆哮を上げた。
グォオオオ――!
指定中級危険怪獣――オーク。
通常ならB級超人でも十分に討伐できるが、非覚醒者では十人がかりでも惨劇にしかならない。
「きゃああっ!」
若い女性の悲鳴。
「誰か超人を呼べ! どこにいるんだ!?」
誰かが必死に助けを求める。
キィィ――
ちょうどそのとき、車が止まった。
俺は思わず腰に手をやり、そして虚しさを覚えた。
――そういえば今の俺、剣がない。
ガチャッ。
「い、今何を――!?」
突然ドアを開けて飛び出した俺の背後で、安藤さんの狼狽した声が響く。
こんな突発行動は彼の心臓に悪いだろう。だが仕方ない。目の前で市民が斧で叩き潰されそうになっているのだから。
それにしても、覚醒したばかりでEPを自在に扱えるのか?
心臓の下あたり。PVの位置から、覚醒者特有のエネルギーをひとつまみ引き出す。
前世ではこれだけで丸一ヶ月かかった。だが今は一瞬だった。
肉体はまだ適応していないのに、魂のレベルでは当たり前の動作として処理されているかのようだ。
「きゃああっ! お願い、誰か!」
悲鳴を上げたのは、オークのすぐ近くにいた女子学生だった。
その友人らしき少女は、真正面から圧倒され、声すら出せずにいる。
その瞬間、俺は地面を蹴り、ばねのように跳び上がり、そのままオークへ一直線に『射出』した。
右手には――次元エネルギーを纏わせて。
グルァア!
いいぞ。オークの標的が少女から俺に切り替わった。
本来なら彼女に振り下ろされていたはずの斧が、今は俺へと落ちてくる。
ブンッ――!
風を切る音が荒い。
避けるのは難しくない。むしろ、避けられない気がまったくしなかった。
慢心ではない、確信だ。前世で六十年、十万体以上の怪物を斬ってきた。そのうち一万体以上はオークだ。こいつらの戦闘パターンは熟知している。
トン――
それで終わりだった。
エネルギーを纏った手刀で、オークの首を刎ねる。
頭を失った巨体が、どさりと崩れ落ちた。
「……あ……」
怪物の犠牲になるところだった少女が、呆然とその光景を見つめる。
――一体目。
今生における『十万斬』の始まりだ。




