Yi Long Maについて
Yi Long Maは先行型現代アートだった。偽の偽物像を提示して人々を笑わせながら、物理的な存在の重要性を再認識させつつ、AIと協業し最適化に励む人間像を体現したことで、究極の現代人パロディを成した。そしてプラットフォームを転々とし、国境も規制も逆手にとって、しょうもない現実を作り上げた。
彼がこのまま飽きられて仕舞うのなら、それは彼もしくはそのプロジェクトの圧倒的勝利を意味する。
これは新技術に対する批判ではない。安直な新技術批判を展開する前に、そもそも自分が「本質を捉えられているのか?」ということを考えねばならんということです。その上で、可能性の拡大という事実を直視し、自由が広がることをただ「恐ろしい」とか「不快」だと思うか、果たして、どう処するのか。
Yi Long Maはそれを問うているのだと、私は思うのです。
P.S. (2026年1月20日)
イーロン・マーは世界的なフィラーの名手。最も効果的にフィラーを用いるスピーカーである。画面を独占し、文字通り画面の向こう側の視聴者に語りかけ、境界を超えて(視聴者が音量オンにしているのならば)物理的に場を支配する。
間を置かず、間延びさせて、焦らす。
そして、偽物の偽物として世界を愚弄しつつ、視聴者を励ます。華麗なる時間の占有である。流石、表現の自由のない土地に身を置きながら、それを逆手に取り、現代アートのコンセプトとしての極北まで行ってしまった『漢』である。彼の顔が合成であろうと、プロダクションが背景にいようとも、彼は『漢』なのである。
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