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あんな事件があったばかりなのに、
学園は何事もなかったかのように、通常通り授業を始めた。
朝の廊下。
教室へ向かう途中、あちこちから小さな声が聞こえてくる。
「四階層のボスを見てさ……」
「しょんべん漏らして気絶したらしいぞ」
「マジで? あの8組の――」
ひそひそ、ひそひそ。
視線が一瞬だけ向いて、すぐに逸らされる。
(いや、気絶してないから。ちょっとビビってチビったけど)
心の中でだけ、そう突っ込む。
昼。
食堂で、いつもの三人で机を囲んでいた。
ミレイが、少し控えめに僕の顔を覗き込む。
「レインさん……大丈夫ですか?」
「……うん」
それ以上、言葉が出なかった。
カイルが、パンをかじりながら言う。
「まぁ、事実だもんね」
「……は?」
思わず睨むと、カイルはニヤッと笑った。
「腰抜かして倒れてたってやつ」
「伝説になってるぞ」
「なってないし。
てか、倒れてもいないから」
「はいはい」
ミレイが小さく笑う。
「でも……みんな無事でよかったです」
「それは、まぁ……」
そんなやり取りをしている僕たちを、
少し離れた席から、セシリアが見ていた。
声をかけることもなく、
ただ、どこか寂しそうな表情で。
放課後。
僕は一人で図書室にいた。
目的ははっきりしている。
――過去のダンジョン事故。
古い記録をめくっていく中で、
一つの記事が目に止まった。
三百年前。
ボス討伐後、魔力暴走により死亡。
「……え?」
思わず声が出る。
内容を読み進めると、
ボスを倒した後、体内に流れ込んだ魔力を制御できず、
結果として命を落とした、とある。
「……僕、死ぬの?」
背筋が、ぞっとした。
笑えない。
冗談じゃない。
胸の奥で、確かに何かが溜まっている感覚がある。
抑えてはいる。
でも、増え続けているのも、分かる。
「……やばいな、これ」
僕は本を抱え直した。
冗談を言ってる場合じゃない。
噂がどうとか、評価がどうとか、そんなの後回しだ。
まず、生き残らないと。
そう思って、
僕は本格的に“魔力が体内に溜まらない方法”を調べ始めた。
静かな図書室で、
ページをめくる音だけが、やけに大きく響いていた。




