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四階層のボスが倒れた後、
ボス部屋には、奇妙な静けさが残っていた。
白く脈動していた存在は、光の粒子となって消え、
床に刻まれた魔法陣だけが、ついさっきまでの激戦を物語っている。
英雄コースの連中は、まだ息を整えている最中だった。
剣を杖代わりに膝に手をつく者。
魔力切れで壁にもたれかかる者。
それでも、その顔には確かな達成感があった。
――四階層のボスを、倒した。
本来なら想定されていない事態。
それを成し遂げたのだから、当然だ。
少し遅れて、教師たちがボス部屋に駆け込んでくる。
魔力水晶の異常反応を察知して、全力で追ってきたのだろう。
「……信じられん」
教師の一人が、床に残る痕跡を見て呟いた。
「一年生が……四階層のボスを?」
周囲から、ざわめきが起こる。
英雄コースの面々に、賞賛の視線が集まっていく。
称賛、驚嘆、尊敬――
そんな感情が、空気を満たしていた。
一方、その少し後ろ。
ボス部屋の壁際で、
僕はうずくまるように座り込んでいた。
……いや、別に気絶してたわけじゃない。
ただ、体の内側が、どうにもおかしかっただけだ。
魔力が、勝手に巡っている。
押し込まれる、というより――
溢れないように、必死で堰き止めている感覚。
(うっ、吐きそう)
一瞬、視界が歪む。
呼吸が浅くなり、喉の奥が焼けるように熱い。
けど――
逃がす。
押さえる。
流す。
繰り返すうちに、
少しずつ、感覚が掴めてきた。
正常とは言えない。
でも、倒れ続けるほどでもない。
僕は壁に手をつき、
ゆっくりと上体を起こす。
立てる。
……動ける。
まだ最悪の状態じゃない。
そんなことを考えていると――
「……レインさん」
控えめな声が、聞こえた。
顔を上げると、ミレイが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「生きてますか?」
「……なんか、死が入ってきた気がするけど、大丈夫かな」
我ながら、意味不明な返しだった。
ミレイは一瞬きょとんとした後、
慌てて首を振る。
「えっ、えっ……だ、大丈夫じゃないですか!?」
そこへ、カイルも近づいてくる。
「お前は、うずくまってるだけで、俺たちは、ただ英雄コースの奴らのこと見てただけだしな。俺たち、ほんと役に立ってないな」
「俺たちって、まとめるなよー」
僕は肩をすくめる。
「僕は君たちと違って、ボスを倒したからね!!」
「……レインさん、頭でも打ったんですか?」
ミレイが、真顔で言った。
「お前、下ネタ以外の冗談、言えたんだな」
カイルが、感心したように頷く。
「ひどいな〜」
自然と、口元が緩んでいた。
意識して笑ったわけじゃない。
気づいたら、そうなっていただけだ。
その様子を、少し離れた場所から見ている人物がいた。
――セシリアだ。
英雄コースの中心で、賞賛を受けていた彼女は、
ふと、視線を後方へ向けた。
「……レイン?」
そこにいたのは、
壁際で、誰かと笑っているレイン。
(そういえば……)
(レインって、あんな感じで笑ってたこと、あったっけ?)
笑顔は見たことがある。
でも、どこかぎこちなくて、距離を取るような笑顔だった。
今のそれは――
ずいぶん、自然に見えた。
セシリアは、なぜか胸の奥が少しだけざわつくのを感じながら、
その光景から目を離せずにいた。
ダンジョン攻略は、終わった。
英雄たちは称えられ、
誰にも気づかれない場所で、
一人の少年は、静かに“何か”を抱え込んだまま。
物語は、まだ続いていく。




