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第三階層。
空気が、はっきりと違った。
湿り気を帯びた冷気。壁に染みついた死の気配。
この階層に入った瞬間、誰もが悟る。
――ここからは、本物だ。
だが、先頭を進む五人は、足取りを緩めなかった。
剣聖レイン・グランハルト。
主席候補、ヴァレリア・アストリア。
豪腕のルキウス。
氷魔法の才を持つノア。
そして、セシリア・ヴァレンティア。
英雄コースの中でも、明らかに“格が違う”集団。
魔物が現れるたび、戦闘は一瞬で終わった。
「来るぞ」
レインの低い声と同時に、骸骨兵が雪崩のように現れる。
だが、前に出たのはルキウスだった。
「邪魔だ!」
一歩。
踏み込みと同時に、横薙ぎの一撃。
骨が砕け、吹き飛ぶ。
その隙を逃さず、ヴァレリアが詠唱する。
「《風刃・連奏》」
鋭い風が走り、残った死霊を切り裂いた。
ノアの氷が逃げ道を塞ぎ、セシリアの剣が止めを刺す。
連携に、無駄がない。
互いを信じ切っている動きだった。
(……強)
後方からそれを見ていた僕は、思わず息を呑んだ。
(あれは、同じ人間じゃない)
比較するのも烏滸がましい。
僕は、彼らが作った“安全な後方”を、静かに歩いているだけだった。
やがて、一行は巨大な扉の前に辿り着く。
第三階層・ボス部屋。
重く、黒ずんだ扉が、軋む音を立てて開いた。
部屋の中央。
玉座のような骸の山の上に、それはいた。
――屍核侯ネクロ=ヴァルム。
無数の死体を縫い合わせたような巨体。
胸部に、不気味な核が脈打っている。
「来たか」
レインが、剣を構えた。
戦闘は、激しかった。
ネクロ=ヴァルムが放つ死霊魔法が床を腐らせ、無数の腕が地面から這い出る。
だが、前線は崩れない。
「ルキウス!」
「分かってる!」
ルキウスが囮になり、攻撃を引き受ける。
その背後から、ノアの氷槍が核を狙う。
「今です!」
セシリアの声と同時に、ヴァレリアの魔法陣が輝いた。
「《収束風刃》!」
圧縮された風が、核を直撃する。
悲鳴とも咆哮ともつかぬ音。
レインが、その隙を逃さなかった。
「終わりだ」
一閃。
聖剣が、屍核を貫いた。
ネクロ=ヴァルムは、大きく痙攣し――
やがて、崩れ落ちた。
静寂。
誰もが、しばらく動けなかった。
「……倒したな」
誰かが、そう呟く。
第三階層ボス。
屍核侯ネクロ=ヴァルム、討伐完了。
張り詰めていた空気が、ようやく緩む。
(さすがだな……)
僕は、後方で小さく息を吐いた。
(あれが、最強パーティー)
(前に立つ理由も、納得だ)
だが――
なぜか、胸の奥に、嫌な感覚が残っていた。
理由は分からない。
説明できない違和感。
(……まぁ、気のせいか)
僕は、その感覚から目を逸らした。
ダンジョンは、まだ続いている。
そして、この時の僕は――
まだ知らなかった。
本当の“異変”が、すぐそこまで来ていることを。




