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ダンジョン攻略前。

一年生全員が集められた広間は、ざわつきと緊張で満ちていた。


壇上に立つのは、ヴァレリア・アナスタシア。

座学成績トップ。

総合一位ではないが、説明役としてこれ以上ない人選だった。


「今回の演習は、第三階層までが許可範囲です」

「評価基準は――どの層まで辿り着いたか」


倒した数でも、派手さでもない。

進めた距離だけが、成績になる。


魔物の特徴、地形の注意点、撤退の判断。

無駄のない説明が続く。


僕は、その中の一人として聞いていた。

ただの無象無象。

彼女に認識されているとは思えない。


……説明の終盤。

ヴァレリアの視線が、一瞬こちらに流れた――気がした。


(……気のせいか)


そう判断して、思考を切る。


その時、隣から小さな声。


「レ、レイン君……」

「なんだか、緊張してきました。本当に……大丈夫でしょうか?」


ミレイだ。

不安そうに、でも無理に笑っている。


「大丈夫」


僕はすぐに答えた。


「いざとなったら、逃げればいい」


「えっ……でも、魔物のほうが足、速くないですか?」


「問題ないよ」


間を置かずに続ける。


「周りの奴らより速く走れればいい」


ミレイは、一瞬固まった。


「……?」


意味が、まだ繋がっていない顔。

僕はそれ以上、説明しなかった。


⸻


ダンジョン攻略は、

セシリアを含む最強パーティーを先頭に始まった。


誰もが納得する布陣。

あれを基準に、他が測られる。


その後ろを、僕たちは進む。


第三階層まで辿り着けば高評価。

第二層止まりでも、生きていれば最低限。


だから僕は、戦わない。

危険なら距離を取る。

流れが悪ければ、前に出ない。


アレンは、それを許さなかった。


「レイン! なぜ下がる!」

「正面から戦わないで、何が騎士だ!」


正義感。

一直線で、曲がらない。


……正しい。

ただ、それだけだ。


第二階層の中盤。

魔物の密度が一気に上がった場所。


アレンが、足を止めた。


囲まれている。

形勢は、明らかに悪い。


逃げれば助かる。

声を上げれば、誰かが来る。


それでも彼は、剣を構えた。


「退かない!」


カイルがこちらを見る。

ミレイも、何か言いたげだった。


僕は、一度だけ状況を見て――前を向いた。


「行こう」


歩き出しながら、言葉を落とす。


「アレンなら大丈夫だ!」

「……多分」


少し間が空いて、もう一度。


「アレンは、強い!!」

「……多分」


そして、最後に。


「それに、アレンは正しい奴だ!!」

「……正しいだけだけど」


自分でも、余計だと思う言い方だった。

普段なら、口には出さない。


でも、この時は――

なぜか、そう言っていた。


第三階層へ向かう通路に入っても、

僕は振り返らなかった。


⸻


この時点では、まだ誰も知らない。

アレンが、このダンジョンから――

戻らないことを。


それを知るのは、

演習がすべて終わってからだ。


そして僕は、はっきり理解する。


正しさは、遅い。


生き残るには、

速さが必要だ。


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