19
……まだ、言えない。
校舎裏から少し離れた場所。
私は柱の影に身を寄せ、息を殺していた。
さっき見た光景が、頭から離れない。
ガルドさんと、その取り巻きの人たち。
そして――レインさん。
怒鳴り声。
振り上げられた拳。
地面に広がった水。
(……怖かった)
でも、それ以上に――
彼が最後に見せた、あの冷たい目が。
(話しかけたほうが、いいのかな……)
そう思った直後、彼が歩き出した。
このまま帰ってしまう。
「あ……」
考えるより先に、体が動いた。
私は距離を取りながら、咄嗟に後を追う。
――その時。
「……僕に、何か用ですか?」
心臓が跳ねた。
気づかれていた。
振り返った彼は、穏やかな顔をしていたけれど、目だけが静かにこちらを見ている。
「あ、あの……!」
逃げ場はない。
私は覚悟を決めて、一歩前に出た。
「ミ、ミレイと言います。ミレイ・エルフェン」
声が少し震えた。
「さっきの……その……」
言葉に詰まる私に、彼は首を傾げる。
「さっきのこと、ですか?」
「は、はい……あれ……とても怖くて……」
本当は、もっと違うことを言いたかった。
でも、口から出たのは正直な感情だった。
「……僕も、とても怖かったです」
彼は、少しだけ間を置いてから、そう言った。
「えっ!レインさん、英雄コースにも勝ったことがあるくらいお強いのに...」
「いや、あんなのたまたまですよ。そして強さは、見せびらかすものではない。僕は、そう思っています」
妙に整った言い方。
少しだけ不自然で――でも。
「……そうですか」
私は、ほっとして微笑んだ。
「優しいお人で、安心しました!」
彼も、ほんの一瞬だけ口角を上げた。
作ったような笑顔だったけれど。
「ところで」
彼が話題を変える。
「ミレイさんは、何組なんですか?」
「え? 同じクラスですけど」
一瞬、彼の顔が固まった。
「……あ、冗談ですよー」
すぐにそう言って、視線を逸らす。
(今の、絶対知らなかった顔……)
でも、それ以上は聞かなかった。
「じゃあ……私は、これで」
「はい。お気をつけて」
そう言って、彼は踵を返した。
その背中を見送りながら、私は思った。
(……不思議な人)
怖かったのに。
でも、どこか安心もして。
胸の奥が、少しだけざわついた。
⸻
校門を抜けて、一人になる。
(……ふう)
面倒な会話だった。
いや、正確には――演技が。
(てか、あんな子同じクラスにいたっけ?)
(エルフェン、か)
ふと、名前が引っかかる。
カイルが、そんな話をしていた気がする。
没落だの、なんだの。
(……まあ、どうでもいいか)
考えるのをやめて、歩き出した。
今、考えるべきは――
もっと現実的で、もっと面倒な問題だ。




