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闘技場を出る。
まだ耳の奥に、歓声が残っていた。
勝った。完璧に、叩き潰した。
(……気持ちい)
胸の奥が、じんわり熱い。
バカにしてきた連中の顔が、次々と思い出される。
まぐれだの、雑兵だの。
――ああ、最高だ。
上を向いて、鼻で一度だけ笑った。
(やっぱ、ボコるのはいい)
そう思いながら、席へ戻る。
腰を下ろした瞬間、隣の男――裏賭博で手を組んでいる、あの穏やかな顔の男が、低い声で言った。
「……なあ」
「ん?」
「今の試合。
学園の“上”に、完全に目ぇつけられたぞ」
視線で示された先。
貴賓席。数人の大人たちが、こちらを見ていた。
(あー……)
「まあ、そうだろ」
レインは軽く答える。
「派手すぎた」
「派手ってレベルじゃねえよ。
勝ち方がクズすぎる」
「誉め言葉だな」
男は苦笑した。
その時だった。
(……ん?)
腹の奥に、違和感。
(……あれ)
ぐる、と嫌な音が鳴る。
(やば)
一瞬で理解する。
(ウンコだ)
しかも、結構やばいタイプ。
(いや待て、今じゃないだろ)
レインは姿勢を正し、何事もない顔で試合を観戦する。
……が、無理だ。
(……漏れる)
(いや、マジで)
(しぬ)
汗が、じわっと背中に浮かぶ。
「……ちょっと、トイレ」
小声で言って、立ち上がる。
男が怪訝そうに見るが、そんなの構ってられない。
(急げ、僕)
通路を早足で進む。
いや、早足じゃ足りない。
(ダメだ、これ)
(間に合え、僕の肛門)
角を曲がった、その時。
「レイン?」
最悪のタイミングで、声。
振り向く。
セシリアだ。
「さっきの試合……すごかったわね」
(今じゃねえ!!)
「……あ、ああ」
レインは引きつった笑みを浮かべる。
額に、うっすら汗。
「英雄コースでも、ああいう勝ち方する人、そういないわ」
「……そう、かな」
(うんこ漏れるーーーー)
(しぬーーーー)
「でも、ちょっとやりすぎじゃない?
周り、相当ざわついてるわよ」
「……まあ」
(会話してる場合じゃねえ!!)
腹が、限界を主張してくる。
「レイン?」
セシリアが、じっと顔を覗き込む。
「……なんか、顔色悪くない?」
「だ、大丈夫」
(全然大丈夫じゃない)
(今、人生で一番ピンチ)
「ちょっと急ぎの用事があって」
「え?」
「後で話そう!」
そう言い残し、レインは駆け出した。
背後で、セシリアが首を傾げているのが分かる。
(すまん……)
(だが、今はそれどころじゃない)
目指すは、トイレ。
(勝者は、レイン)
(だが、この戦いは――)
(負けたら終わりだ)




