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 剣術大会、一回戦。


 闘技場の中央に立った瞬間、視線が突き刺さった。

 観客席。

 クラスメイト。

 そして――対戦相手。


「運だけで英雄コースに勝った雑兵が、ここまで来たか」


 同じクラスの男子。

 不良グループのリーダー格。

 いつも周りを引き連れて、俺を遠巻きに嘲っていた一人。


 剣を構えながら、にやついた笑みを浮かべる。


「まぐれで勝っただけだろ。身の程を知れよ」


 ああ、来た来た。


「……それさ」


 俺は肩の力を抜いたまま言う。


「お前も雑兵だろ」


 一瞬、空気が止まった。


「――は?」


「英雄コースじゃない。特待でもない。

 同じ一般生徒。つまり雑兵同士だ」


 観客席がざわつく。

 相手の額に、青筋が浮かんだ。


「雑兵のくせに……!」


 怒りに任せて、地面を蹴る。

 速い。

 剣も、体術も、同学年では上位だ。


 ――正面からやったら、普通に負ける。


 だから。


 俺は、最初から正面でやる気がない。


 相手が剣を振り下ろす瞬間、魔力を解放した。


 水魔法。


 だが、ただの水じゃない。


 相手は一瞬、鼻で笑った。


「水? そんなもん――」


 次の瞬間、その表情が凍る。


 水が、粘ついた。


「……っ!?」


 全身にまとわりつく、ぬるりとした感触。

 重く、引き剥がしにくい。


「油……?」


 気づいた時には遅い。

 体表を覆っているのは、水に混じった油――いや、油が主成分だ。


「てめぇ、何しやがった!」


 焦った声。


 いい反応だ。


「別に。水を操っただけ」


 嘘は言ってない。


 相手は距離を取ろうとしながら、魔力を練り上げる。


 ――火魔法。


 こいつの切り札だ。


「焼き尽くしてやる!」


 詠唱に入った瞬間、俺は確信した。


(……詰み)


「やめとけ」


「は?」


「今、火使ったら――」


 自分が燃えるぞ。


 だが、怒りで耳に入らない。

 次の瞬間、火球が生まれ――


「――あ」


 一拍遅れて、理解した顔。


 油まみれの体。

 火魔法。


 結果は、考えるまでもない。


 魔法は暴発した。

 爆ぜる火。

 悲鳴。


 致命傷にはならないよう、闘技場の結界が即座に作動する。

 だが、戦闘不能には十分だった。


 地面に転がり、呻く相手を見下ろす。


 俺は剣を下ろし、上を向いた。


 ――そして。


 鼻で、一度だけ笑う。


「気持ちいぜ」


 バカにしてきた相手を、

 正論でも、実力でもなく――選択ミスで叩き潰すのは。


 審判の声が響く。


「勝者――レイン」


 歓声。

 ざわめき。

 不良グループの連中が、信じられない顔でこちらを睨んでいる。


 ……ああ、分かってる。


 これで、もっと目を付けられる。

 陰口も、敵意も、増えるだろう。


 でも。


(関係ない)


 俺は、勝った。

 それも、俺のやり方で。


 英雄みたいな戦い方じゃない。

 騎士道も、正々堂々もない。


 だが――


「勝ちは、勝ちだ」


 観客席の隅で、例の穏やかな男子がこちらを見ていた。

 目が合う。


 彼は、ゆっくりと親指を立てた。


 ――賭けは、当たる。


 俺は剣を肩に担ぎ、控え室へと歩き出す。


 次の試合も、

 その次も。


 雑兵は雑兵なりに――

 燃えない勝ち方で、進んでいく。


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