表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

11.5

水魔法は、嫌いじゃない。

 正確には――純水魔法が嫌いだった。


「また失敗か」


 訓練場の床に、水が情けなく広がる。

 形を保てない。圧も足りない。剣術大会を目前に控えた今でも、俺の水魔法は“教本通り”には動かなかった。


 師範はいつも言う。


「水は純粋でなければならん。不純物が混じれば、魔力の流れが乱れる」


 分かっている。

 理屈も、常識も。


 ――でも。


「流れてるだろ」


 小さく呟いたその瞬間、剣の稽古で切った指から血が垂れた。

 赤が水に溶け、薄く広がる。


 師範なら、ここで魔法を止めろと言うだろう。

 血が混じった水は、水ではない。操れない。


 だが俺は、無意識に魔力を流していた。


 ――動いた。


 血混じりの水が、ゆっくりと、だが確かに俺の意志に応じて持ち上がった。


「……は?」


 自分でやっておいて、声が漏れる。

 形は歪だ。純水みたいに綺麗じゃない。

 それでも――


「流れは、同じだ」


 その時、頭の中で何かが噛み合った。


 今まで俺は、“水を操ろう”としていた。

 でも違う。


 流れを操っている。


 水かどうかなんて関係ない。

 粘度があろうが、不純物が混じろうが、動くものには必ず流れがある。


 それを掴めるかどうか――ただそれだけだ。


 師範に見られていたら、確実に否定されただろう。

 だがこの感覚は、俺の中で確信に変わっていった。



 数日後。

 人目を避けて、俺は倉庫に籠もっていた。


「……油」


 ランプ用の油を、水桶に垂らす。

 当然、油は浮く。水と混ざらない。


 普通の水魔法使いなら、ここで詰みだ。


「混ざらない、か」


 でも――流れは断絶していない。


 水が揺れれば、油も揺れる。

 上下に層はあっても、全体としては一つの流体だ。


 魔力を流す。

 一気に、じゃない。細く、慎重に。


 頭が焼けるように痛む。

 混合物の制御は、純水の何倍も魔力を食う。


「……っ」


 視界が一瞬揺れたが、それでも集中を切らさない。


 水が動く。

 遅れて、油が引きずられる。


 次の瞬間、油だけが“遅れて”形を変えた。


「――できた」


 水に操られ、油が動く。

 だが次第に、油の流れだけが浮き彫りになる。


 俺は、水を媒介にして油を操っている。

 いや、正確には――


「水も油も、同じ“流れ”だ」


 だから分離できる。

 だから操れる。


 これが俺の魔法。

 教本にも、体系にも載らない、歪なやり方。



 じゃあ、もう一つ。


 油は、外から持ち込むだけのものか?


 答えは、否だった。


 人の体は水分でできている。

 そして、水分と一緒に、脂質も存在する。


「完全な油じゃない。でも……」


 混合物だ。


 俺の定義では、十分すぎるほど“水”だった。


 体内の流れに意識を向ける。

 血流、体液、脂質。


 無理に引き出さない。

 表面に滲ませるだけ。


 じっとりとした感触が、肌を覆った。


「……気持ち悪いな」


 だが、確信はあった。


 これなら――


「火魔法、使えないだろ」


 油は燃える。

 だが、自分の体が油まみれなら、火魔法は使えない。


 使えば、自滅だ。


 正面から勝つ気はない。

 英雄コースみたいな、綺麗な戦いもしない。


 俺は、勝つためにやる。


 ズルく。

 汚く。

 確実に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ