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模擬戦の再戦が決まったとき、周囲はざわついていた。

相手は英雄コース。

前回、僕を一瞬で叩き伏せた相手だ。


「また雑兵が挑むのか」

「今度は何秒もつかな」


そんな声が、はっきり聞こえる距離。


……正直、嫌な気分ではなかった。

むしろ、頭は妙に冷えていた。


(正面からやったら、また負ける)


それはもう、実証済みだ。

剣の腕も、魔力量も、格が違う。


だから――今回は、正面からやらない。


「始め!」


合図と同時に、相手は剣を構え、堂々と前に出てくる。

姿勢が綺麗だ。

無駄がない。

騎士道精神の塊みたいな立ち方。


(水魔法を警戒してないな)


いや、正確には――

水魔法を“脅威だと思っていない”。


「その程度の水で、どうするつもりだ?」


相手は余裕の笑みを浮かべたまま、間合いを詰めてくる。

体に水が当たっても問題ない。

そう思っている顔だった。


僕は、魔力を練る。


でも、撃たない。


代わりに、地面に意識を向けた。

前の模擬戦でできた、水たまり。

泥と砂が混じった、濁った水。


(そこだ)


指先を軽く動かすだけで、泥水が浮き上がる。

威力は、ほとんどない。

防御魔法を張る価値もない。


だから――


狙いは、目。


「――っ!?」


泥水が、そのまま相手の顔面に叩きつけられた。

次の瞬間、相手の動きが止まる。


「なっ、目が……!」


視界を奪われ、反射的に剣を下げ、目を擦る。

その一瞬。


僕は、迷わず踏み込んだ。


剣を振り抜く必要すらない。

切っ先を、喉元に突きつけるだけで十分だった。


「……勝者、8組、レイン」


静寂。


数拍遅れて、ざわめきが広がる。


「え?」

「今の……何が起きた?」

「水、当たっただけじゃ……?」


相手は、泥で汚れた顔のまま、呆然と僕を見る。


「……そんな、やり方……」


僕は、少しだけ肩をすくめた。


「水が当たっただけだろ」


嘘じゃない。

ただ、“当て方”を選んだだけだ。


ルールは破っていない。

でも、誇れる勝ち方でもない。


――それでいい。


勝てた。


胸の奥が、じんわりと熱くなる。

嬉しさよりも、確信に近い感情。


(ああ……これだ)


僕は、こうやって勝つ人間なんだ。


英雄みたいに、正面から輝くことはできない。

でも、相手の想定外を突いて、踏み潰すことはできる。


視線を上げると、観客席の端に、セシリアがいた。


……見てたのか。


彼女は、驚いたような、戸惑ったような顔をしていた。

称賛でも、軽蔑でもない。

ただ、困ったような表情。


模擬戦が終わり、片付けをしていると、背後から声がした。


「……レイン」


振り返ると、セシリアが立っていた。


「さっきの戦い……勝ったね」


「うん」


短く答える。


少しの沈黙のあと、彼女は言った。


「でも……ああいう戦い方、する人だと思わなかった」


責める口調じゃない。

ただ、事実を確かめるような声。


僕は、少し考えてから答えた。


「正面からやっても、勝てないから」


それだけだ。


セシリアは、何か言いかけて、結局言葉を飲み込んだ。

そして、小さく笑う。


「……生き残るため、なんだよね」


「そう」


嘘は言わない。


英雄になるためじゃない。

誰かに認められるためでもない。


――負けないためだ。


セシリアは、それ以上何も言わなかった。

ただ、少しだけ、寂しそうな目をしていた。


その視線から逃げるように、僕は目を逸らす。


胸の奥で、はっきりと分かった。


もう、後戻りはできない。


正々堂々の道から外れた。

でも――


「……次も、こうやって勝つ」


小さく呟いた言葉に、迷いはなかった。


この日、僕は覚えた。

自分に合った“勝ち方”を。

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