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銀月の氏族③

 ショールは上座に案内された。向かいにはリディアの父母、隣にはリディアの叔母が座った。形の上では聖戦士として出家しているリディアは叔母の横に座っている。


  話の流れで、リディアやその親族の女性に多く見られる、銀色の髪の話になった。白髪とは違う、輝くような髪色だ。

 リディアの叔母が頬の皺も深く笑って言った。

「この髪ですか? 先祖がアマゾネスと呼ばれた時代から、我ら『銀月』の氏族に出る特徴でしてね。今では5人にひとり程度でしょうか。この髪色が出る女は、ルーンの魔法に高い適性があると言われています」


 それから自嘲気味な微笑みを浮かべ、

「他にも、いにしえのアマゾネスのごとく、戦士にふさわしい体躯になるとも言われておりますが、姉とは違いわたくしはご覧の通り、それほど体格に恵まれておりません。代わりに魔法については、それなりの才を頂戴したのですが……」

「他の五氏族も、月の色を氏族名にしておりましたが……」

 ショールが言うと、

「そうですね。金の氏族なら金髪……、黒すなわち新月の氏族なら黒髪など、氏族の色に合わせた髪が多いと言われます。ただし、蒼の氏族は髪ではなく、瞳に特徴が出ます。アクアマリンのような、澄んだ青色……、蒼月の色になるのです」


 談話の間に、前菜としてチーズを和えたサラダが出された。ショールが目をひかれたのは、その中に時季外れのパプリカやトマトが加えられていたことだった。

「これは、温室で育てた野菜が入っていますか?」

「ええ、トマトやパプリカはそうです」

 ショールに対し、リディアの父が答えた。

「私の若いころなどはなかなか贅沢なものでしたが、今は商業として温室栽培を行う業者も増えましてな。私の一族の者も取り扱っています。冷蔵や輸送の技術も日々進歩しておりますし、季節外れの野菜というものも、そこまで珍しいものではなくなりました」

 リディアの父は朗らかな笑みで言った。


 その前菜の皿が下げられたところで、ショールはリディアの母に尋ねた。

「お伺いしてよろしいだろうか? レオンティウス殿下のおっしゃられた、『青灰の湖』とは?」

 リディアの母は口元に浮かべていた笑みを消して、

「『クレトスの青銅巨人』をご存じでしょうか」

「青銅巨人……。確か、ヨレン王国再建のころ、この地で暴政を敷いていた魔術士が用いたという兵器でしたか」

「はい。その魔術師は、古代ヨレンがこの地に派遣した……、今でいう植民地総督に当たる人物でした」

 リディアの母が語る。


 現在ヨレン王国があるこのテルセニアの地には、古代ヨレンの植民地があった。

 そしてヨレンが故地たるエルギアを追われ、この地に逃れた当時、王の代官としてこの地に派遣されていた者の名をクレトスといった。彼は行政官であると同時に恐るべき魔術師でもあった。


 そのクレトスが保有していた最高の戦力が、「クレトスの青銅巨人」だった。

 山を崩し、巨岩を投げる怪力を持ち、青銅の体はあらゆる武器をはじいたとも言われ、千の軍を蟻のように屠ったという。


「我らの先祖、すなわちこの地に先住していたアマゾネスたちも、その脅威にさらされていたと言われています」

 クレトスは巨人を操って近隣の諸部族を蹂躙し、略奪を繰り返して勢力を拡張していたという。


「そんなクレトスにヨレン王家への忠誠はなく、逃れてきた老王をあざけり、逆に自身への服従と、美女として知られていた王女キオネーを差し出すよう要求したと言います」

 そのキオネーにはすでにエウメロスという夫がいた。激怒したエウメロスはクレトスの殺害を決意し、クレトスとその巨人に苦しめられていたアマゾネスたちの協力を取り付け、奇襲を仕掛けたという。


 しかしエウメロスは失敗した。彼は生贄として巨人に捧げられてしまう。


「エウメロスには、彼に忠実なファティアという猟犬がいました。雷神ヤルハがヨレン王家に与えた神犬の末裔で、その力を残す最後の一頭であったと言われています。このファティアもまた巨人に捧げられたのですが、その時ファティアは雷神ヤルハに裁きを願って遠吠えし、自分もろとも巨人に稲妻を落としたのです」

 ファティアは光の中で燃え尽きたが、その時ともに稲妻を受けた巨人はクレトスの制御を離れた。

 そして、クレトスと彼の配下に襲い掛かったという。

「エウメロスとファティアの魂が巨人に乗り移り、クレトスを倒したのだと伝えられています」

 かくして巨人はクレトスとその一派を滅ぼした。そして巨人は力尽きたように横たわり、眠りについたという。


 ショールはリディアの母に尋ねた。

「その眠った地が『青灰の湖』……?」

「いえ、その時巨人が眠りについたのは、ここから南東にあるタロッソスの町です。そこはクレトスが拠点とした地で、今も巨人が眠っていた神殿の跡が残されています」

「では、『青灰の湖』とは?」


 ショールの問いに、リディアの母はテーブルの上で手を組みながら、

「従士ショール。王国再建のはるか後、近い歴史において、巨人は一度目覚めているのです。200年前、かの魔王アブロヌの侵攻の時に」



 かつて、アッカリアの奥地から突如として現れ、妻たる魔女とともに破滅と狂気の兵器を駆使し、世界を恐怖に陥れた騎馬民族の王、アブロヌ。

 ヨレンはアブロヌの勢い盛んな時期に、その怒涛を凌いだ数少ない国のひとつであり、その後の反攻において先頭に立った国でもある。


「かの魔王の三度目の侵攻の際、アブロヌの魔女はいにしえの竜の骨を用いた魔物を作り、その群れをけしかけて我が国を蹂躙しました。それに対抗するために、当時の魔法使いたちは巨人を目覚めさせたのです」

 目覚めた巨人は竜骨の魔物どもと戦い、身を削りながらも北へ北へと追い込み、最後に聖地ルデリアを占拠していたアブロヌの軍勢を駆逐して、湖に沈んだという。

 巨人が沈んだ湖は、青灰色に染まった。以後その湖は「青灰の湖」と呼ばれるようになったという。


「これが、一般的に語られる青銅巨人にまつわる話です」

「一般的、ですか」

 そこに、それまで叔母のいる席でほとんど口を出していなかったリディアが、

「従士、巨人には、真偽の定かでない様々な伝承が入り混じっております。後は『水晶の奥方』にお尋ねいただくのがよろしいかと」

 ショールはうなずき、

「それでは、巨人に関する書籍などはあるだろうか? 伝承について書かれているものにも目を通したいが、史学者の概論を中心に読みたい。お借りできないだろうか」

「ならば私たちもお力になりましょう」

 リディアの叔母が言った。

「今夜、神殿に戻り次第、関連する書籍を選定し、明日の朝には届けさせましょう」

(つまり今夜は帰ってくれるってことね)

 リディアの念話が漏れて、横に座る叔母の目が動いた。リディアは魚のスープが運ばれる中、素知らぬ顔で黙りこんだ。


 ショールはリディアの母にうなずいた。

「ありがとうございます。それともうひとつ、これは差し支えなければでよろしいのだが……」

「なんでしょう?」

「ご息女の従者、テオ君についてお伺いしてもよろしいか」

 リディアとその両親の顔が少し曇った。リディアの叔母も、その笑みが薄くなった。


「レオンティウス卿がおっしゃっていたエウメラディスの傍系とは……」

「ええ、彼のことですわ」

 リディアの母はうなずいた。

「エウメラディスという家名は、もしや……」

「はい、英雄エウメロスに由来する家名……。エウメロスの子孫が名乗る家名です。我らと同じく、ヨレンの古い氏族は、先祖の名を元に家名とするものが多いのです」

 暴君に敗れた英雄エウメロスだったが、その妻キオネーはエウメロスの子を残していたという。


 ショールはリディアに顔を向けた。

「エウメラディスに似た響きに聞き覚えがあったが……」

「セレネ様のことは覚えておられますよね? 王太子殿下の婚約者の」

「もちろん覚えている……。そうか、彼女はエウメラドゥと名乗っていたが、男女で家名が変化するのか」

 ショールが最後に会ったのは4年前、確か10歳だった。テオと同じく癖のない長い黒髪で、年少と思えないような芯の強さが、そのまなざしに表れていた。

「それと、カシア嬢」

「ああ、その子も覚えている」

 美しく、気の優しそうな少女で、先述のセレネ嬢にくっついていた印象がある。医療魔法に適性があるとかで、病弱な弟のために医者になりたいとか言っていた。

「カシア嬢の顔立ちは、テオ君に似ていたような……」

「はい、彼女はテオの妹です。そしてテオと彼女の母は、セレネ様の父君と従兄妹の関係にあります」

「……そういえば」

 ショールは少し目を細めた。

「セレネ嬢は『水晶の奥方』から『兄の子孫』と言われていたな……」

「はい、『水晶の奥方』もエウメロスの直系の子孫に当たります」

 つまり、相当な名家ということになるか。


 ショールはつぶやく。

「テオ君には、使用人ではなく、貴人、というより戦士に近い立ち居振る舞いを感じていたが……」

「今では事情があって、我が家で引き取っています」

 リディアの母は、穏やかだがどこか冷然とした口調で言う。

「今の彼は、エウメラディスとは縁を切っています」

 彼に生家のことは触れてやらないでほしい。言外に匂わせているようだった。

 ショールの心に、リディアも念を飛ばしてきた。

(色々あって家を出てね。まあ、触れないであげて)

 おどけたような口調だが、何に対してか、少々の苛立ちも流れてきた。

「そうだ、従士どの」

 リディアが声をあげた。

「テオに、あなたの旅について聞かせてやってくれませんか。彼は外の世界に興味があるのです」

(それは君じゃないかな?)

 ショールは短く念を飛ばしてから、

「分かった。写し絵も用意しておこう」


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