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銀月の氏族②

 一方ショールは、市長室の隣に設けられた通信室に案内された。

 窓のない部屋だが、天井にシャンデリア、壁にはエーテル灯が灯され、壁紙や内装、什器など、貴賓室のような雰囲気がある。おそらく、やんごとなき所からも通信が入るために、部屋をふさわしく整えたのだろう。

 中央にある丸く小さなテーブルの上に、通信機がある。ワックスのかかった木の板に銅線で魔法陣のようなものが描かれ、中央にはめ込まれたガラス板の向こうに液体が満ちている。これだけで通信の機能があるが、古代の青銅器風に象嵌装飾された台座に置かれている。


 ショールらがそれを囲むように腰掛けると、身を低く進み出たタキシードの男が、通信機を起動した。魔法使いのようだ。

「ルディオン市です。従士ショールが到着なさいました」

『承知しました。しばしお待ちください』

 ガラスの向こうが波打ち、女性の声が響いた。


 しばし経って、

『久しぶりだな、友よ』

 通信機から、威厳ある深い響きの声が響いた。

 ショールは一歩進み出て、

「レオンティウス殿下、ご無沙汰でした」

『ああ、さすがに死んだかと思ったよ』

「リディアにも同じことを言われた」

 通信機の向こうで、男は短く哄笑した。

『彼女もつくづくお前と縁があるな。そういえばお前、今度はなぜ西から入国した? てっきり港から入るものだと思っていたのに』

「この国の海の方は何度も見た。西はあまり足を運んだことがない」

『ああ、御内儀にその地を見せたかったのか』


 男は少し間を置いて、

『そのあたりは古い史跡が数多く現存している。ゆっくり見て回ってほしいところだが……。すまない、聞いているとは思うが『水晶の奥方』がお前をお召しだ。ルデリアに向かってほしい』

「承知しています」

『お前の御内儀もその近くにいる……。「青灰の湖」だ』

 その言葉に、リディアの父母らの表情が動いた。


『そこがどういった場所かは、リディア卿にでも聞いてほしい。ああ、そうだ……、彼女の従者が、エウメラディスの傍系と聞いたな。色々と伝え聞いているかもしれない』

 その言葉にも、テオの父母の表情がわずかに揺らいだ。

「……」

 ショールがしばし口をつぐむと、通信機の向こうから、なかばからかいを含んだ声で、

『嫌な予感がしてきたか?』

「嫌な予感なら、この国に入った時からしている」

 ショールの返答は即座だった。


 通信を終えた後、ショールは湯浴みを勧められた。およそ数年ぶりに湯で体を清めた後、食事に誘われた。

 外套や花咲く衣は魔法の道具として預けているため、上着のみを借りて食事の席に出た。


 長いテーブルが置かれた食堂に入ると、リディアとその父母たちのほかに、十数名からなる人々がショールを待っていた。

「お初にお目にかかります、従士ショール」

 最初に、柔和で穏やかな物腰の、銀髪の女性が挨拶してきた。リディアの叔母で、近隣を統括するルーン神殿の神官長でもあるそうだ。リディアも彼女が管理する神殿に赴任している。

 他に食堂に集っている人々も、みなリディアの親族だという。


(あなたが来るって噂を聞いて、会いたいって押しかけてきたのよ。特に神殿関係者がね)

 リディアは凛々しく微笑みを浮かべていたが、ショールに届いた念話はげんなりしたものだった。


(ルーン神殿の長となると、君の上長にもあたるのか?)

(いいえ。叔母さまは私より立場は上だけど、直接の上長ではないわ。女神ルーンの聖戦士は、本部のある聖地ルデリアから各神殿に配属される形式なの。最も、出身氏族に合わせて配置されることがほとんどだけどね。あと一応、形の上では軍属で、陸軍の王家直属部隊として近衛兵団と並列する扱いになってるよ)


 それから彼女は念話で「あーあ」とつぶやいて、

(久々に食前感謝のお祈りだの、讃美歌だのがない気楽な夕飯が食べれると思ったのに……)

(聖戦士のセリフとは思えないな)

(全くですよ)

 リディアとショールの念話に割り込んできた声があった。リディアの叔母、ルーンの神官長の声だった。彼女は姉たるリディアの母とともに同席者を紹介しつつ、念を飛ばしてきた。


(全く、あなたもようやく立派なパラシアになったと思っていたのに……。任務が終わったら、お姉さまも交えて少々お話をする必要がありそうですね)

 リディアの叔母は笑みを深めた。そのままショールに一族の紹介を続け、その後ろのほうで、リディアは笑みを浮かべたまま固まった。


 念話の止まったリディアの代わりに、ショールが、

(他人の念話に入り込みますか。相当な術者とお見受けした)

(この手の古き魔術は月の娘の得意とするところなのです。お褒めにあずかり光栄ですわ、従士どの)

 念話を飛ばしながら、彼女はこの席に連れてきた、部下に当たる女性神官たちを紹介しはじめた。

「この者たちは私と務めを分かち合う、女神ルーンの奉仕者でありますが、同時に、いずれも我が血族になります」


 「銀月」の氏族は、月の女神ルーンの神官としても、この地域の信仰を古くから取りまとめていた。

「よその国では男性がルーンの神官を務めることも珍しくないと聞きますが、ヨレンにおける月の女神の信仰では、女性が神官を奉職することがほとんどなのですよ。これはアマゾネスの時代からの伝統です」

 彼女たちは平服としてローブをまとっており、「三日月の弓」が描かれたブローチを身に着けている。

 そして頭にはベールをかぶっているが、そこから覗く髪が、いずれも銀髪だった。そう言えば、リディアやその母も同じだ。


 最後に、リディアの父によって、5人ほどだがその親族が紹介された。彼らもそれなりの歴史を持ち、リディアの家系が武事を受け持ったのに対し、この町の経済的な発展に貢献した一族だという。

「と言っても、妻の一族に比べれば、たかが数百年の歴史ですがね」

 リディアの父は鷹揚に笑って言った。


明日から、一日2話で投稿してみます。

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