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ヨレンの青銅巨人

 薄暗く静謐な聖堂に、二百人を超える聖戦士たちが整列していた。

 銀の帽子をかぶり、胸甲を身に着け、階位に合わせた色の衣をまとい、盾を左手に、儀礼用の矛を右手に持つ。

 その中にはリディアやバイアンの姿もある。

 そして聖戦士たちの最前列には、赤い衣のレフテリス、同じ衣のルデリアの戦士長、カサンドラの姿も。


 彼らの前方に一人の男が跪いていた。テオだ。聖戦士が鎧下に着る詰襟の制服を身に着けている。


 その場を囲むように見守る神官たち、文武の要人たちの中にはリディアの母や、タロッソスの神官長の姿もあった。そしてテオの両親、妹弟もそのそばにいた。



 聖堂の奥に太陽の女神ソアラの神像がある。その前に立つひとりの貴人が、穏やかな目でテオを見下ろしていた。

 金で縁どられた詰襟の白い服は、神官のそれに似ているが、生地も仕立ても上質なもので、その上にヒマティオンの流れをくむ薄い白絹の衣をまとっている。

 手に持つ杖は太陽の女神ソアラのシンボル、黄金の車輪を先端につけた王笏であり、頭に乗せているものは、金に宝石をあしらった雫型の王冠だった。

 この貴人こそ、ヨレン王フィリッポス13世だ。

 その一段下には、王太子テルセウスの姿もあった。 


 灰色の髭の中、微笑をたたえていた口元が動き、聖堂に朗々と声が響く。

「この者の勇気と気高さ、力について、証言する者はおるか」


 立ち並ぶ聖戦士たちの半数近くが、一斉に矛の柄頭で床を打ち鳴らした。

 

 兄王の横にひかえていたレオンティウスが声を上げる。

「コスタス卿」

 名を呼ばれ、タロッソスのヤルハ神殿の聖戦士長が高々と語る。

「その者は、タロッソスでクレトスの狂信者どもが狼藉を働いた際、奴らが使う銃器を弓矢をもって破壊した」

 さらには、と続け、

「クレトスめが巨人の右手を奪い王太子殿下また大勢の市民を脅かした時、走竜に乗って銃弾の雨をくぐり、己の妹とその友人を救い出した。また、火矢をもってクレトスを射て、その身を大きく損なわせた」


 王は満足げにうなずき、

「これだけでも、余が求めるものに不足はなし。それでもなおまだ語る者はおるか」

 証言したばかりの戦士長を含め、多くの聖戦士たちが床を鳴らす。


「ニコラス卿」

 レオンティウスの指名を受け、王太子付きの聖戦士ニコラスが発言する。

「その者はルデリアがクレトスと魔女どもに襲撃され、王太子殿下が窮地に陥った時も、グライダーひとつに身をゆだねて駆けつけ、弓をもって巨人に挑み、わが身を顧みずに戦った」

 さらには、と語勢を強め、

「その者は巨人によって命を散らすところであったが、ヤルハの飛竜が彼を救った。彼の走竜に、神犬ファティアが力を託して生まれた飛竜である。彼はドラゴンライダーとなり、クレトスの手に落ちた巨人を止め、英雄エウメロスを救った」


 王は深くうなずき、

「さらに語るものはおるか」

 また聖戦士たちが床を鳴らすと、

「カサンドラ卿」

 レオンティウスが指名する。

 ルーン神殿の戦士長カサンドラは、高々と声を上げる。

「彼はクレトスを追い、タロッソスで戦い、蘇りしエウメロスとともにこれを討ち果たした。我が王よ、魔王アブロヌが倒れてより二百年の間、これほどのいさおしを挙げた者は他に知らぬ」


 王は口元をほころばせてうなずき、居並ぶ聖戦士たちに問う。

「この者を盾の兄弟に迎えることに、異議ある者は?」

 堂内は静まり返った。

「この者のために盾を掲げることをためらわぬ者は? この者とともに敵に挑み、その槍を振るうことを名誉とする者は?」

 堂内の聖戦士たちが一斉に床を打ち鳴らした。


 王はテオに目をやる。

「では問おう、ルキアノスとクリュティアの子、テオドロスよ。神々とヨラケウスの血筋、そしてヨレンの国民に忠誠を捧げ、その身命を盾とすることを誓えるか」

「国祖神ソアラ、我が神ヤルハ、またすべての善き神々にお誓いいたします」

 躊躇なく堂々と放たれたテオの声が響き渡った。


 王はレオンティウスに目をやると、彼はうなずき、

「この者にパラスを」


 高位の奉仕者が恭しく差し出した小さな盾を、テオは受け取った。

「さあ、聖戦士たる証を見せよ」

 レオンティウスが重々しく促すと、テオは立ち上がり、盾を壁画の描かれた天井へとかざす。

 その盾が、螺鈿のような輝きをもって半透明の力場を作り出した。


「よろしい」

 王は笑みを浮かべ、そして並みいる者たちに高らかに告げる。

「テオドロス・エウミアディスよ、そなたをヤルハの聖戦士に任じる!」

 王の言葉とともに、テオのもとに鎧と銀帽子、衣が運ばれた。衣の色は黒色、第八階位のものだ。



 その後テオはレオンティウスらとともに王の後ろに従い、ソアラの聖堂を出た。その後ろにも聖戦士たちが列を作り付き従う。

 外では黄金色の翼を持つ白い飛竜がいた。フォルスだ。

 その胸元には、ヤルハのシンボルである十字の槍があしらわれた白い布が飾られていた。


「ヤルハの飛竜どの、予はヨレンの国王、フィリッポスという」

 王がにこやかに話しかけると、飛竜フォルスは明るく鳴いた。左右の儀仗兵はびくりと肩を動かし緊張の面持ちを見せたが、王は哄笑し、

「よろしく頼むぞ」

 

 王はフォルスの背に設けられた椅子に座り、テオは首元に跨った。



 沿道は人で埋め尽くされていた。

 その注目の中、フォルスはテオと王とを乗せ、ゆったりと、低く飛ぶ。


 暴君クレトスによる一連の事件は、多少、形を変えつつ、王国から公表された。

 クレトスが鉄の竜として復活した。しかし神犬ファティアも転生して勇敢な若者と走竜に力を託し、さらにはエウメロスを巨人として蘇らせ、ともに鉄竜を倒した。

 ショールとペリューンの存在は表に出さなかった。ファティアとペリューン、ともに白い犬の姿であることから、同一の存在ではないかとの噂が出るように、情報に手を加えたそうだ。

 テオについては、その身の安全のために、氏名や姿の公表は控えた。彼に与えられた聖戦士の銀帽子は、帽子というより兜で、左右後ろを覆い、鼻当もあって素顔が見えづらくなっている。


 ドラゴンライダーの聖戦士と、その飛竜に王が同乗する話はすでに広がっていた。その姿を一目見ようと、ヨレン中はおろか、周辺国、遠方の国々からも人が押し寄せていた。

 フォルスの前後を近衛と聖戦士たちが列を作って警護し、その様はパレードそのものだった。


 王は人々に手を振りつつ、

「これじゃ馬車に乗るのと変わらん気もするな。いっそ高く早く矢のように飛んで欲しいものだが」

 聞こえよがしにぼそりといい、テオはぎょっと目を見開いた。

(なりません)

 厳しい男の声で念話が来た。フォルスのそばを馬に乗って付き添う、厳格な初老の魔術師のものだ。王直属の宮廷魔術師、ロギオス。テオにも念が聞こえたのは、彼への警告も兼ねてだろう。ただでさえ緊張していたテオの背筋がピンと伸びた。


 それでも王は、

「いかんかな?」

(だめです)

 若い男の声で、念話がぴしゃりと来た。魔術師の反対側を騎馬で進む、レフテリスだ。

(王の命は軽々しく発してはいけないと、いつも申し上げているでしょう。テオが困ります)

 テオは心中で苦笑し、王は人々に手を振りつつ肩をすくめた。



 王の一行は、湖に沿い、王宮に至った。

 普段多くの人が憩う宮殿前の広場は、人の出入りが禁じられ、厳重に規制されている。

 

 フォルスはひとつ羽ばたいて舞い上がり、近衛の警備するバルコニーに降り立った。

 その前には広場があり、行事などがあるときは、王はバルコニーから広場に集まる民衆に語り掛ける。


 王はテオたちの手を借りてフォルスの背から降りた。

 そして、広場にそそり立つ、黄金の鎧と白銀の肌の巨人を見上げる。


「英雄、エウメロス殿」

『おお、太陽の寵児の裔、ヨレンの王よ』

 青銅巨人エウメロスが、バルコニーのヨレン王を見下ろしていた。


 王はバルコニーの柵まで歩を進めた。

「このたびの御助力、ヨレンの王として心より御礼申し上げる。また、はるかな昔、あなたに対し我が祖先たちが行った裏切りに対し、謝罪申し上げる」

『おお、今上の王よ、死したこの身がこのような形をもってこの世にあることは、神慮のなすことに他ならぬ。ゆえに礼に及ぶことではない。また、我が恨みはすでに清められ、この心には誇りが満ちている。謝罪も無用』


 それから穏やかだったエウメロスの声色が引き締まり、

『しかし王よ、我が今もこうして現世にあるということは、まだ私が……この巨人の力がいまだ必要であることを示している』

 その言葉に王や付き添う者たちも顔を引き締めた。

「英雄エウメロスよ、それはこの国が、まだ先のごとき危機に見舞われるということか」

『クレトスに手を貸したあの魔女もいまだに滅んではおらぬ。ペリューンに焼かれたあの魔女の最後の言葉は、マギフスが自らの不死を誇り万物を呪う言葉だ』

 

 この世の全ての者は、悪神がもらたした「飢え」に従い欲を満たす。そうでなければ生きることもできない。その宿業から脱することができない以上、この世から罪は消えず、罪が消えないのなら、自分たちも永遠に消えることはない。

 

「おぞましい言葉だ」

『だが、この世の残酷な真理でもあるだろう。我らは罪をまぬかれえず、罪があるゆえにマギフスの類が滅ぶことはない』

 それから一拍を置いて、

『さて。善き王よ。いずれ来る戦いまでの間、わが身の置き所なのだが……』

「それについては考えはあるが、何分、あなたほどの大きな体の寝所はすぐには用意できぬ。急ぎ作らせるが、今は古き造船所くらいしか用意ができぬ」

『王よ、わが身は元より生身の身体ではない。風雨をしのぐ屋根すら不要なほどだ』

 それからエウメロスは、ひとつ、頼みごとをした。

『あえてお願いするなら、話し相手が欲しい所か。長い間、ひとりで捨て置かれるのはさすがにちと寂しいものだ。この体の中には古代の人々を含めた多くの者の記憶と知識がある。今の世の人々が知らぬことも伝えられると思うが』


 このエウメロスの言葉が、一部の人間を沸騰させた。


 エウメロスは、その住まいともいえる場所を用意されるまで、古い造船所に留まることになった。

 そこで、王族や議員などの有力者の訪問を受けるわけだが、話を聞きつけた学者や神官などから、面会の依頼が殺到した。これはヨレン国内だけでない。海外の碩学も含まれると、ヨレンとしてもおろそかにはできない。


 それだけ人々が訪れるとなると、エウメロスもげんなりして機嫌を損ねるのではと心配する声もあったが、当の本人は上機嫌で、嬉々として昔の記憶を語った。特に、英雄譚や武功に関する話を好んだそうだ。


 さらには、エウメロスよりさらに昔の、今では古代ウルと呼ばれる時代の人々についての記憶についても語り、時には、エウメロスに代わって古代の人間の人格が表れて、

『今の貴殿らは、我らのことをウルと呼んでおるそうだが、本来の我らの呼び名は違う。恐らく今の貴殿らの言語では発声も難しいだろう。同じような理由で、帯文字と貴殿らが呼ぶ我らの文字について、本当の意味で理解するのは困難やもしれん』

 こんなふうに、訪れた学者に語った。

 長い時間、巨人の中で多くの魂と混ざりあいながら、彼らもまた現代の言語や知識を知っていた。そしてそれを聞いて、また方々から学者が押し寄せることになった。


 また、こんなこともあった。

 エウメロスは、自身についての英雄的な逸話についても、一部は認めつつ、

『ははは……、それはさすがに無い。いくらなんでも生身の人間が空を飛んだなどというのは誇張だ。ああそれと、思い出したが先ほどの貴殿の話、それは別の複数人の逸話が混じっておるぞ。私が聞いたのは……』


 こうして、その時代を生きた者の証言として、膨大な貴重な記録が残されるわけだが、中には、

『アニケトス? あの男が英雄になっているのか? 私が見るに、腹の肥えた、口先だけの男だったぞ。大方、ほかの者の功績を奪ったのではないか?」

 そのアニケトスという英雄の子孫は、ヨレンではちょっとした有力氏族になっている。これは公表できないと、話を聞いた学者は思った。そんな、下手に公開すると騒ぎになりそうな証言も、多くエウメロスの口から出たものだった。


「あんたも飽きないな。俺は何かと追い回されて疲れてきたよ」

 ある時、テオがリディアや、タロッソスの神官らとともに尋ねてきた。

『テオドロスよ。私は2500年も捕らえられてきた。もっと長い時間、捕らえられた魂もこの体の内にはある。失われた時間の分、誰かと言葉を交わすのは悪いことではあるまい?』

「何千年もおしゃべりを続ける気か? 俺は体を動かす方がいい」

『それは私も同じだ』

 そう言って、低く笑った。

『だが今は、この身に宿る力を安易には使えぬ。いずれ来る戦いの時のためにも』

 テオは眉をぴくりと動かす。

「ファティアも言っていた。やはり、いつかそういう時が来るのだろうか。今回のクレトスとの戦いのような出来事が、また起こるのだろうか」

『来る』

 エウメロスは断言した。

『それは、あのペリューンの影とマギフスとの戦いでもある。あの男の旅は、妻を追う旅と聞いたが、その行く先には必ず、マガファの毒を焼くペリューンの定めが待っている。この国にその時が訪れた時には、あの男も姿を現すだろう』

 テオはうなずいた。

『それで、あの男はどうしている』

「まだ寝たきりだ。これから見舞いに行く」

『そうか。ところで……』


 エウメロスの眼窩の赤い光は、テオの隣のリディアに向けられる。

『そのルディーンの子孫は、なぜ不機嫌なのだ?』

「えっ?」

 リディアは答えない。その表情は、どこか冷ややかだった。


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