英雄の帰還③
「砲兵、落とせ!」
リディアの母が叫び、温存されていた砲弾が、雷光のごとき光とともに火を噴いた。
その直撃を受けた鉄の竜たちははじけ飛び、飴細工のごとくバラバラに砕け散った。砕けた体が電光を走らせながら落ちていく。
「あれなら対物じゃなくてもいけそうだな」
ギデオンは不敵に笑い、銃を腰だめに構えた。
小さな銃口が、無数の弾丸を発射する。砲弾をすり抜け滑空してきた竜たちの体を砕き、その翼に穴をあけた。
それでも迫る鉄の竜に対し、ギデオンはエーテルを纏わせたその銃で思い切り横なぎに殴った。朽ち木のおもちゃでも吹き飛ばすかのように、その竜は面白いほどバラバラになった。
「こりゃいいぜ。今回は使いどころがないかと思ってたのによ」
ギデオンは口の端を釣り上げた。
錆の浮いた竜たちは、歩兵の銃すら跳ね返せなくなっていた。身を崩され、それでも接近するものはバトルメイジ部隊の電撃を受けてバラバラになった。
「これでは出番がない」
ルーン神殿の戦士長カサンドラは、矛の柄を肩にかつぎ、憮然とつぶやいた。右のへレインと左のテティスは聞こえないふりをした。
そんな彼女たちのもとに、弾幕を抜けた竜が一匹、飛んできた。
はっとしたへレインとテティスは盾の力場を展開して竜の頭を押しとどめた……、と見るや、ふたりの間のカサンドラが水晶の矛を展開し、空気が吠えるような勢いで縦に振り下ろした。
巨大な鉄の竜は、尻尾に至るまで縦に真っ二つにされた。カサンドラの斬撃は、明らかにその矛が届かない間合いにまで及んでいた。
「うむ」
そして彼女は、左右ふたりの呆れたような視線を受けながら、二つに分かれて地に落ちた竜を前に満足げにうなずいた。
彼女たちから少し離れた場所、母に迫った一匹の竜をバイアンとともに止め、その首を落とし、リディアは空を睨む。
追い詰められ、空中で慌てふためくクレトスの周りを、フォルスとテオは白い流星のように飛んでいた。
「もう終わりだ、クレトス!」
テオが放った矢は、クレトスの結界を貫いて、右目に突き立った。
重くなった体で飛ぶための魔力は、その身を覆う結界の強度を下げていたのだ。
その同胞たる竜たちも、何の成果も得られず、ほどなく全滅するだろう。
『……!!』
クレトスは両手をばたつかせ、意味の通らない狂ったような叫びを放った。「俺はなぜ、いつもこうなるんだ」という言葉だけは聞き取れた。
マギフスではなく、人間としての怨嗟がそこに見えた。
「お前自身がそうなる道を選んだからだ」
わずかな憐憫を覚えつつ、テオはつぶやく。その脳裏に、クレトスに傾倒し狂った者たち……、学院の、あの女性職員や、青灰の湖の神官長の姿が浮かぶ。
自分もひょっとしたら、彼らと同じ道に堕ちていたかもしれない。
クレトスは狂乱の末、
『くたばりやがれー!!』
防御を捨てた。竜王本来の攻撃性と、クレトスの狂乱とがここで噛み合い、強力な破壊の力を発揮させた。
結界がかき消えたと思いきや、テオ目掛け、口から炎を吹き出す。
真っ赤な一筋の光となって吐き出されたそれは、キノコのように空に広がった。
「……!」
テオは雷光となって上空に避けた。不吉なほど赤いその炎は、地上に放たれれば一息で森を焼き尽くすほどのものとテオは直感した。余裕ある距離をとったはずなのに、肌にチリチリとした熱を感じる。
聖戦士たち、ヨレン軍の人々にその炎が及ぶことを案じて上空を駆けるテオだったが、
(テオドロス、わが魂の息子よ!)
その心にエウメロスの声が響く。
(その炎を潜り抜け、悪しき翼を断ち切れ! ヤルハの勇者ならば稲妻のごとく撃ち進んでみせよ!)
テオは鷹のように目を見開いた。
弓を背中に回してベルトの磁石につけ、代わりに腰の剣を抜きはなった。父母から送られた剣を。
剣は陽光にきらめき、雷光を走らせる。
クレトスの直上で一瞬停止する。奴の下にはエウメロスの姿が。
テオを追うように炎が迫る。
「エヤーッ!!」
テオの裂帛の声とともに、フォルスは雷光となり、落雷のごとくクレトス目掛け飛んだ。
その一筋の稲光は火を噴く鉄の竜の背をかするように落ちる。
その光の中で、テオの斬撃はクレトスの、右の翼を根元から断ち切った。
『グエーッ!!」
クレトスの口は炎を止めて怪鳥の声を吐き、片翼を失った巨体を海老のように丸めて足掻きながら、何とか空中に留まった。
テオは滞空するフォルスの背で剣を構えなおし、そのクレトスを見上げ、睨む。
「落ちろ、クレトス!」
そして再び雷光となって天へと駆け上がる。鉄板となって落ちる巨大な鉄の翼をかわし、残った片翼の根元を斬り離した。
『クエッー!!』
クレトスは悲鳴を上げて地上へと落ちてゆく。足掻きもがき、暴君竜の顔が地上に向いて、巨人の姿が眼に入る。
ばたつかせていた手足が静止し、眼窩の赤い光が怒りに輝いた。
胸の装甲が左右に開き、中で巨大な炎の玉がたちまちに膨れ上がった。
『みんな死んじまえーッ!!』
巨人は盾をかかげた。
それが淡い光に包まれるとともに、崖の上で全ての竜を討伐した聖戦士たちの盾が反応し、同じ光に包まれる。
「パラスが!」
思わず声を上げたテティスのはるか頭上に、オーロラのような輝きが走る。
巨人の掲げた盾の、そのさらに先の中空に、巨大な力場のドームが出現し、ヨレン軍に至るまで広く覆ったのだ。
怒り狂った体で発射したクレトスの火球はその力場に激突して炸裂し、爆炎は雲のように広がった。
クレトスは自ら放った炎の中に飛び込むように見えたが、それよりも早く、炎を捲いて、盾を構えた金色の巨人の姿が現れた。
鳥のように跳び上がった青銅の巨人は、驚愕に固まったクレトスが何かを叫ぶ前に、その胸に槍を繰り出した。
そしてクレトスの背中から、水晶の穂先と黄金の柄が突き出た。
空中でぶつかり合ったふたつの金属の巨体は、かつてクレトスが君臨した都の跡地へと落ちていく。
丘まで揺るがすような地響きが起きた。
聖戦士たちが崖から眺めると、泥の上、クレトスは力なく倒れて天を仰ぎ、エウメロスはその胸に突き立つ槍を手に、竜の腹を踏みつけ、悠然と佇んでいた。
槍から走る電光が、ぴくりとも動かなくなった竜の身体に走り、そして都の跡地を覆う泥にも走り広がってゆく。
泥は白く渇き、砂のようになってそよ風に流される。
「これは……」
テオはそれを眺め、クレトスに眼を戻すと、その身を流れる雷光はその勢いを強め、竜の首や手足、胴を縛るかのように帯状に収束していった。
「雷の鎖……」
悪神マガファとその眷属たるマギフスたちは、神々との戦いに敗れて後、ペリューンの火と雷神ヤルハの雷を用いた稲妻の鎖に戒められ、地獄となった自分たちの領域に縛り付けられたという。
巨人は敵から槍を引き抜き、踏みつけていた足を降ろした。
『哀れなるクレトス、嘆かれぬクレトスよ』
エウメロスの声が、憐憫を含んで重く響く。
『貴様によってそそのかされた者たちともに、せめて黄泉路を正しく進み、慈悲深き冥神の御許に向かうがいい』
『……』
クレトスはしばしうめいた後、
『断る。冥神の慈悲などくそくらえだ。わしはわしの運命と、それを与えた神々を呪う。この世のすべてを呪う。わしは恨みを燃やしたままマガファの元に向かい、かの悪神の黄泉返りの折には先鋒となって神々に牙をむこうぞ』
苦し気に、憎々し気にクレトスの声が響く。
巨人から、少女の声が響く。ファティアの声だ。
『その時には太陽の裁きに焼き尽くされ、この天地には何一つ残っていないだろう。お前たちは空の彼方に旅立つこともできず、崩れ去るこの大地とともに、塵となって消えゆくだけだ』
その冷たい声に、クレトスは怨嗟のうめきを絞り出した。
その身体は真っ白な錆のようなものに覆われていき、そよ風に吹かれ塵となって消えてゆく。
クレトスの全身が白く変色すると、稲妻の鎖はクレトスの身体に食い込みながら地の下へと向かって行く。それに合わせてクレトスの身体は砂のように崩れていった。
その身体はほどなく塵の山となっていったが、最後まで残った頭は眼の光を消さず、開いた口は恨みのうめきを漏らし続けた。しかしやがてそれも、弱弱しく消えていった。
眼の光が完全に消え、クレトスを縛る雷光も消えた。
暴君竜の頭も崩れ、白い塵の山となった。
『テオドロスよ』
エウメロスの声が、テオの名を呼んだ。
その目は、中空のテオへと向いていた。
テオたちはエウメロスのもとに弧を描きながら滑空する。
『見事であった。わが魂の息子よ』
「あんたからそう呼ばれるのは名誉なことだが……」
エウメロスの眼前で滞空し、胸の前に拳を当てる。
「俺には、俺を産み育ててくれた、父と母がいる」
巨人は重くうなずいた。
『ああ、そうであるな。私とそなたは誇りを取り戻し、名誉を得たが、私がついに得られなかったものをもそなたは取り戻すであろう』
巨人の目は崖の上へと向いた。
リディアやその母、アレコスら聖戦士たちの姿があった。
巨人が顎で彼らを指すと、テオは軽くうなずき、フォルスを駆って飛ぶ。
崖の縁にフォルスが降り立ち、テオがその背から降りると、まず真っ先に彼の元につかつかと歩み寄ったのは、柳眉を吊り上げたリディアだった。
「リディア……」
名を呼び掛けたところで、首が背中に回るかと思うほどの平手打ちが来た。
直後、頬を打った音が鳴り止むより先に、背骨がきしむほどの抱擁を受けた。
「うぐ……!?」
「あの時、あんたが死んだかと思ったのよ、この馬鹿……」
耳元で、涙が混じるような声でささやかれたが、テオは苦し気にうめいて何も答えられなかった。
それから放り投げるように解放されたテオは、危うく背中からひっくり返りそうになって、バイアンに支えられた。横でレフテリスが苦笑している。
リディアは早足でフォルスに歩み寄り、その首を抱いた。
「今度、背中に乗せてよね、フォルス」
フォルスは快諾するように明るく鳴いた。
「しかしまた、とんでもないものを……」
キモンは翼竜となったフォルスと、青銅の巨人とを交互に見て嘆息した。
「ヤルハの飛竜に、生まれ変わった青銅巨人の英雄とは……」
「ところで、それを作ったあの大将はどうした?」
ギデオンが言った。ショールのことだ。
一同、顔を見合わせると、
(丘の上だ)
ショールから念話が来た。
(すまんがあとで迎えに来てくれ。少し身体を動かすだけで激痛が走るんだ)
淡々とした危機感のない念話だったが、テオとリディアは一拍の間をおいて、慌ててフォルスに騎乗しようとした。
すると、
(まあ、お怪我をなさっているのならわたくしどもで診てさし上げますのに!!)
リディアの叔母の念話が届いた。さらに別の女性神官らしき念話が、
(どうか姿をお見せになってくださいまし! すぐにお手当を)
(ありがたいが、変に拝まれるのはご勘弁願いたい)
いつも通りの平坦な声だが、どこかげんなりして聞こえるショールの念話だった。
そして、ルーンの神官たちの念話が乱れ飛ぶ中、ショールの念話はテオに向け、
(まあ慌てなくていい。死にはしない。それよりテオ、君にとってもっと大事なことがあると思うぞ)
またもリディアと顔を見合わせたテオの耳に、
「テオ!」
ヨレンの兵たちをかき分けるように駆けつけてきた、母や父たちの声が聞こえた。




