英雄の帰還②
そしてショールは再び声を発する。
「m……w……」
《マギフスと戦う者をいかに呼び寄せるか》
神獣の口が開く。
「m……k……」
《かの者どもと戦うならば、この世の全てが道を開ける》
神獣の体から、白い火花か花びらのようなものが激しく散り、輝いた。
直後、湖の跡から、柱と見えるほどの光が立ち昇った。
それに比して、丘の上の神獣の体が縮んでいく。
『な、なんなのだ、今度は!?』
クレトスが上ずった声で叫んだ。
湖に溢れた白い光が収まりゆくと、代わりに金色の輝きが人々の目に映る。
花のように散りゆく光がついに消え去る。
そしてそこに現れたのは、鎧に身を固め槍と盾を手に佇む、青銅でできた巨人の姿だった。
木の葉の形をした白い水晶の穂先をした槍を右手に。左手には体に比して小さな盾が握られている。
鶏冠と鼻当てのある兜、たくましい胸筋腹筋を再現した胴鎧、腕当て、脛当てなど、まとう古代の鎧は黄金色に輝いていた。
その黄金の鎧から露出する、筋骨隆々とした上腕や太もも、手、足……、そして、兜の下の美姫のごとく美しい顔は、白銀色だった。
「青銅巨人……」
唖然とそれを見下ろすテオに、フォルスは甲高く鳴いて答えた。
人々や竜たちの視線が集まる中、巨人の首が動いた。その肌は水銀のように、人の肌と同じように動いた。
眼窩の闇の中、炎のように赤く光る瞳が、蒼天の下で巨大な影となって滞空するクレトスに向けられる。
『クレトス!』
表情の動かない銀色の顔から、勇壮な戦意に満ちた男の声が轟いた。
そしてクレトスに向け、槍の穂先を突きつける。
『クレトス、裁きの時だ!』
クレトスはその声に打たれたように、びくりと身体を動かした。
しかし直後には、固く閉じたその結界が薄くなり、不安定に揺れて浮いていた巨体が、空中に静止した。
そして、その体をわなわなと震わせ、吠えた。
『貴様……、エウメロス!!』
巨人……、エウメロスは、青銅の巨人として蘇った。
青緑の錆びた身体ではなく、青銅本来の色、白銀の肌と金色の甲冑を得て、陽光の下に光輝いていた。
その身は元より縮んで30メートルほどになっただろうか。しかし、青銅で形作られた彼の容姿は、語り継がれる英雄であることを誰もが認める美しさと力強さがあった。
『それはわしのものだ!!』
血のように紅い目を怒りで燃やし、クレトスは叫んだ。
『貴様のその体、それはわしが集めた青銅であろう!!』
『元が貴様のものではあるまい!』
威とともに響くエウメロスの声を受け、その場にいる者たちの脳裏にイメージが走る。
燃える木と石の都、走り回る凶悪な鉄の竜たち。
奪われる宝物、祭器。それを船に積んで、高笑いを上げる禿頭の男。
「今のは記憶……。そうか、あの巨人には、古代の人々の魂も……」
聖戦士たちとともに、崖の縁に立ちながらキモンがつぶやく。
クレトスはなお叫ぶ。
『奴らがわしをすり潰しながら得た青銅だ! 奴らはわしらを危険な鉱山に押し込め、命を犠牲にさせながらそれを掘り起させた! わしが掘ったものを自分のものにして何が悪い!!』
そのクレトスの上空で、テオが叫ぶ。
「お前も犠牲を強いた側だろうが、クレトス!」
クレトスはテオを睨んだ。
『そうとも! だがそんな生き血にまみれた青銅を、何の罪もないような顔をしてかっさらうのか、盗っ人め!!』
そこにエウメロスのものでない声が、巨人から重々しく響く。
『そうだ。その業によって我らは滅んだ』
クレトスが、はっと口を開き、ついでわななく。
『き、貴様は……』
『我らは自らの罪によってマギフスを目覚めさせ、お前という悪魔を生み出し、滅んだ。それは神々が与えたもうた罰だ』
古代ウル。はるかいにしえの人々の悔恨の声だった。
そして巨人は、再びエウメロスの声を放つ。
『そして彼らの宝器は巨人となって貴様の尖兵となり、多くの勇者の命を吸い取った。だが運命は巡る。青銅は神慮によって清められ、貴様に囚われた多くの魂も、私とともに神命を授かりここに蘇った』
巨人は槍を立て、盾を構える。
そしてその目が、赤く輝く。
『クレトス、貴様にも時が来たのだ! 今こそ幾万年にもわたる罪の精算をせよ!』
『怨霊どもが、ヤルハの犬を気取るか!!』
クレトスは怒りに任せ、10本の指から火の玉を放ちながらエウメロスに突っ込んでいった。
巨人の構える盾が光り、その前面に、エウメロスを覆う光のドームが現れた。
「パラス!?」
リディアが声を上げた。
巨人が展開した盾の力場にクレトスの火球がぶつかり、爆炎を上げた。しかし力場は固く張り巡らされ、巨人の体にわずかな揺らぎもない。
『ギエーッ!!』
クレトスは怪声を上げ、かぎ爪のついた足をかざし、巨人に倍するかと見える巨体をもって迫った。
クレトスのかぎ爪と結界の力場、巨人の盾とその力場とがぶつかり合い、魔力の爆風が巻き起こった。
その衝撃波はヨレン軍の結界と聖戦士たちの盾の力場を揺らし、空飛ぶ竜たちを吹き飛ばした。テオとフォルスも盾の力場を展開しながらどうにか持ち堪えた。
『ぬおお!?』
巨大な力のぶつかり合いにクレトスは背をのけ反らせたが、エウメロスはその怯みを見逃さなかった。
優れた戦士であるリディアやバイアンらが息を呑むほどの速さで、巨人は槍を繰り出した。
黄金の柄は雷光のように閃き、落雷のような音が轟いた。
巨人の一撃を受けて、クレトスの右足は、足首からはじけ飛んだ。電光走る無数の鉄片を散らしながら、像でも踏みつぶせそうな巨大な足が宙を舞う。
『ヒッ……』
悲鳴を上げることもできずににクレトスは飛び退いた。
さらに繰り出されたエウメロスの閃光の一突きは、咄嗟に強化した結界によって防いだが、その衝撃によって、鉄の巨竜の体は空中に打ち上げられた。
『迫り合いで腰を引くとは未熟な!』
エウメロスは槍と盾をクレトスに向け、構えを崩さない。
その穂先に怯えるように、クレトスは後ろへ後ろへと鉄の翼をはばたかせて逃れ、前面の結界を厚くする。
その後頭部に、テオの放った稲妻の矢が突き立った。
『ギャアア!!』
「怯えで周りが見えないか、臆病者!」
テオはさらに矢をつがえるが、クレトスは全身に電流を流し、頭を抱えてのたうちながらも、自分の周りに球体の結界を分厚く張り巡らせた。
そして、ふらつきながらも地上のエウメロスと、疾風のように飛ぶフォルスから距離を取ろうと飛ぶ。
テオは矢をつがえたまま、そんなクレトスの頭上につきまとう。
「どうしたクレトス、その竜王の力で、亀のように縮こまることしかできないのか! 戦いの仕様も知らないか!」
テオの心に、ショールの声が届く。
(竜王の本質は破壊と暴力にあり、クレトスの陰湿で臆病な性質とは本来噛み合わない。さらに奴は今、身を守る結界と、巨大な鉄の体で空を飛ぶことにも魔力を割いている。これも竜王の力を無駄に使っていると言える)
しかし追い詰められたクレトスが怒りに任せて、竜王の破壊の本質を引き出せば、その力は脅威となる。
(奴がその本領を発揮し切る前に、仕留めなければならない)
クレトスはテオの挑発に叫び返した。
『だまれ、わしは貴様らのような野蛮な戦士ではない!!』
テオは身構えたが、
『わしは戦士の上に立つもの、数多の兵にかしずかれる大君主だ!』
それからクレトスは、鉄の首を巡らせ、
『同胞たちよ、誰でもいい、手当たり次第に殺し、わしに贄を差し出せ! わしにさらなる力を捧げよ! さあ殺せ! 殺せ!』
クレトスのヒステリックな叫びとともに、それまで戸惑うように飛ぶだけだった翼ある竜たちが、ヨレン軍に頭を向け、翼をはためかせた。
それまで神話のごとき戦いを見守っていたヨレン軍や聖戦士たちも、緊張とともに武器を構え直す。
そこに、
「G……k……」
《鉄の体を頼りとするものをどうするか》
遠雷のような、地鳴りのような声が轟く。
はっとしたクレトスが目をやると、巨人の丘の上、小さく縮んだ……、それでも丘の上を覆うほどの大きさを持つ、白い炎の神獣の前。元の姿に戻りながら、なお予言者のごとくたたずむショールの姿があった。
ショールの声に続き、口を開いた神獣の周囲に、白い花びらのようなものが激しく舞う。
神獣の口が開く。
『k……Q……』
《その悪しきものは、鉄にすら拒否される》
力の発現とともに、神獣の姿が激しく散った。その周囲を舞っていた、白い火花あるいは花びらのようなものが吹雪のように空に放たれる。
直後、クレトスの身体が中空で大きく傾いた。
『お、重い……!?』
クレトスだけでない。その眷族たちも、慌てたように翼をはためかせながら、不格好に空に足掻く。
さらにはその身体に、赤黒い錆が、染みのように広がってゆく。
クレトスは錆の浮き出る両手を唖然と見たあと、
『あ、あの野郎ーッ!!』
巨人の丘に赤い目を向け絶叫した。
しかしその時には、ショールの姿は神獣とともに消え、ルーンの神官たちが慌ててその姿を探していた。




