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英雄の帰還①

 タロッソスの巨人の丘の上空では、テオ達とクレトス、雷霆の竜と鉄の巨竜との空中戦が続いていた。


 流星のように飛ぶフォルスを、クレトスが火の玉を放ちながら追い、手を伸ばして鷲掴みにしようとする。

 巨大な鉄の右手が風を巻いて迫るが、テオはそれを雷光を纏うこともなくかわす。

「遅いぞ、のろまめ!」

 テオは矢をつがえつつ挑発の声を上げる。

「自慢の魔法はどうした、俺たちに追いつけないか!?」

『そういう貴様らも矢を放たぬのか!?」

 クレトスのがなり声に嘲弄の響きが混じる。

『その矢筒にはまだ5本だか6本だかの矢があるであろうが! わが魔法の盾を抜けぬと分かっているのであろう!』

 クレトスは指先の銃口から火の玉を吐き出しながらテオに迫る。

『そしてわしを挑発し、我が盾が薄くなるほどの魔法を使わせようという魂胆であろう! そうはいくものか!』

 テオは舌打ちした。この傲慢な男なら、易々と挑発に乗ってくると思っていた。


 クレトスは黒鉄の翼を広げて動きを止め、黒雲の下に滞空した。

『ところで貴様よ、あの蟻どもは気にせんでよいのか!?』

 傲岸に胸をそらしながら、クレトスは地上を指さした。



 地上では、湖の跡を囲むヨレン軍と、黒鉄の竜の群れとが戦っていた。

 ヨレン軍は崖の上に銃火器を連ねて竜たちを砲撃していたが、弾薬が尽きると後退して結界を張った。

丘の上のルーンの神官たち、少数ながらもタロッソスのヤルハの神官たちも祈りの言葉を唱えながらそれを支援する。

 そして竜たちが崖を駆け上がったところに魔法や銃撃を浴びせて崖下に落とした。


『あれもいつまで続く? おお、人間よ! 矢玉が尽きれば槍で挑むか!? 鉄よりも強靭な我が眷属たちを相手に!』

 クレトスは天に向けて哄笑を上げた。



 その声は、地上にいるリディアの母、ルーンの神官、ヤルハの神官らにも聞こえた。

 銃声と爆音の喧騒の中、彼女たちは昏い天を睨んだ。


 神官長が雷鳴のごとき声を放つ。

「我らを見るな、テオ!! お前の使命を果たせ!!」

 その声は、戦場の喧騒を超えて、テオの耳にも入る。彼は唇をかむ。


「司令!」

 リディアの母のもとに、部下のひとりが駆けこんできた。


 湖の中で破壊されて横たわる竜の体に変化が起きていた。

 その身が赤熱して溶け、湖に落とされた仲間の元へ這い寄る。

 竜はその溶けた鉄に飛び込み背中をこすりつけると、鉄は竜の背中に翼の形となって接続された。

 そうして、何匹もの翼ある竜が生み出された。

 竜たちは、翼をはためかせながら湖から中天へと舞い上がった。


「く……!」

 リディアの母は拳を強く握った。前面に張られているヨレン軍の結界を張り直し、上空にも備えなければならない。その余裕があるか。


『お前たちを参考にさせてもらったぞ』

 クレトスは陰湿に笑う。

『助けに行ってもよいのだぞ、その余裕があればな!』

 両手の指先から火を放ちながらクレトスはテオ達に迫る。


「……!」

 テオはそれをかわしながらも地上に気を取られる。

 一か八か、クレトスを覆う結界に突っ込み、突破を計るか。


(焦らないで)

 フォルスの声が心に響く。

(あの人が来るよ)

 その「あの人」が何者であるか、テオには分かった。


 

 その時突然、

『ギャアアアア……』

 曇天から、女の悲鳴が響き渡った。

 テオはおろか、ヨレン軍の人々ですら思わず目を向けてしまうほどの声だった。

 直後に、天が白く輝いた。

 眩しさに閉じた目を開くと、空一面を覆っていた黒雲は、その戦場のみを覆う、丸い円形となり、しかし、インクのような濃さに変わっていた。



 直後、湖の跡地の真ん中に、クラゲのような半透明の光のドームが現れた。

 と、見た次の瞬間には、その光が炎のように輝き、吹きあがった。


 そして、その白い炎は巨大な炎の拳となって、天に向けて突き出された。

 拳はヨレン軍をなぶるように中天を舞っていた竜の数匹を巻き込む。巻き込まれた竜たちは鉄を引き裂く悲鳴とともに灰のような色となり、ばらばらに崩れながら落ちていった。


『……は?』

 湖跡の中央にそそりたつ、白い炎の腕を見て、クレトスは固まった。その眷属たちも、空や泥の上で、呆けたように見上げた。

 リディアの母はじめ、ヨレン軍の面々も思わず手を止めた。


 炎の拳がゆっくり開かれる。その掌には、漆黒の瞳孔、青の虹彩、赤い縁の、星雲の瞳があった。

 その視線が、クレトスに向く。


『ヒッ……!?』

 クレトスはのけぞった。


 星雲の瞳は閉じられ、白炎の手も再び握られた。

 そして、吸い込まれるかのように地上に引っ込むのと入れ替えに、巨人の丘の頂上……リディアの叔母ら、ルーンの神官たちの居並ぶ後方が輝いた。


 その輝きの中から、

『あ、あの男、生きていやがった!!』

 ショールが地に膝をついた姿を現し、クレトスのうわずった叫びが響いた。


「お前に喰われた覚えはない」

 ショールはかすれ声でつぶやく。それから傷ついた体を左右に揺らしながら、ゆっくり身を起こす。その身からは、何条もの、半透明の白い光の衣が天に向けて舞い上がる。

 揺れるように起き上がるショールの動きに呼応するように、ショールから放たれる白い炎は中天で収束し、形を変える。

 3つの星雲の目が開かれ、炎が犬の頭の形を作る。


「お、おお……。ルーンよ、オハリアよ……」

 リディアの叔母ら、ルーンの神官たちが跪き、手を組んでそれを見上げた。


 額に第三の眼を持つ、白い炎の神獣が、ショールの頭上に形作られた。


『ペ、ペ、ペリュ……』

 

 クレトスが愕然と声を震わせる中、ショールの口から遠雷の轟のごとき声が放たれる。



「m……q……」



 その言葉の意味が、全ての者の心に響く。



《地獄からまろび出たマギフスをどうするか》



 それに対し、神獣の口が開く。

 口中にある星空のごとき空間から、地鳴りのような声が、狼の遠吠えのごとく、長く尾を引いて放たれる。



「m……z……」



 長々と響き渡る声の中に、意味が乗る。



《その存在を許してはならない》



 否定と破壊の意思は、奔流となって鉄の竜たちに浴びせられ、竜どもはそろって悲鳴を上げた。鉄の軋みのような、耳障りな悲鳴だった。


『ギャアアアア……!!』

 クレトスも叫んだ。


『ペリューン! おおペリューンだと!? なぜだ、なぜ気づかなかった!!』

 そのクレトスの悲鳴に、人間としてのものでもない意志……竜王の存在を、テオは感じる。


『やつは「星の影」か! かつて我らを滅ぼしたあの大寒波と同じく! 人の姿をした「星の影」だというのか!! おおオハリアめ、そしてタラめ、運命いじりの、性根の腐った冷血の女神め!!』

 クレトスを覆う結界が目にはっきり見えるほど分厚くなり、それに反比例して飛行が不安定となり、空中でその巨体を揺らす。


 クレトスは頭を抱えて悶えながら天を仰いだ。

『魔女! 魔女よ!! なぜあれのことを伝えなかった!? われらの天敵ではないか! 火と油の関係ではないか! あの男のことを、なぜわしに教えてくれなかったのだ!!』


 ショールはクレトスではなく、クレトスが仰いでわめく、曇天を見上げる。

 そして天空の黒雲に向け、ゆっくりと右腕を上げる。


 同時に、ショールの頭上の神獣が両腕を形成した。

 ショールの右腕が、エーテルアーマーの助けを受けつつ、ゆっくりと天に向かって伸びるその間に、神獣の右手が小指から折りたたまれ、拳を作っていく。


 天に向かって伸びたショールの右手が、天の黒雲を指さす。

 同時に神獣は、天目掛け、拳を突きあげた。


 その腕は中天へと高々と伸びていき、視界の先へ白い糸となって消えてゆく。


 かと見えたら黒雲に爆撃のごとく白い波紋が走り、それは黒雲をも超えて、空の果てまで広がる。遅れて轟音が轟き、黒雲の表面が白く輝き、荒れた海のごとく激しく波打った。


『アオオオー……ッ!!』


 女の悲鳴が天から、白く燃える黒雲から響いた。

 絶叫ではあるが、なまめかしさも感じるような声だった。


 雲が乱れ、燃えるほどに、神獣の炎の体が風船のように膨れ上がって、丘を越えるほど大きくなり、天に向ける右腕も太くなる。

 そして雲を突く拳が地上からもはっきり見える巨大さになる。

 

 それと同時に、ショールの出現からそれまで、部下たちとともに唖然と見ていたリディアの母の、その周囲に、いくつもの白い光が吹き上がった。そして、

「リディア!?」

「お母様!」

 光が消え去った時、そこにリディアの姿があった。


 さらに、アレコスらやレフテリス、バイアン、その他、ルーン神殿の聖戦士、兵士たちが、光の中から次々と姿を現した。


 リディアは天で戸惑う巨大な黒鉄の竜と、それと対峙しながら自分たちを見下ろすテオとフォルスを見上げた。


 そして、そのさらに向こう。天に向かって拳を突き出す神獣と、それを受けて白く燃え上がる黒雲。


 それを一瞬呆然と見たリディアだったが、すぐに母をつかまえ、


「お母様、ここは巨人の丘の裏手でいいのよね!?」

「ああ、そうだが……」

 リディアの母は戸惑いながら、自分の娘とともに現れた聖戦士たちを見渡し、

「カサンドラ!?」

 ルーン神殿の戦士長に目を止めた。

「戦士長!? なんで戦士長まで!」

 同時に転移してきたはずのリディアまで、目が飛び出すような顔をした。


 カサンドラ戦士長は口の端を釣り上げて、

「戦士に生まれて、この戦いに加わらぬなどありえぬ」

 それから巨人の丘と天とを矛でさし、

「見よ、ペリューンとマギフスの戦いぞ」


 そして彼らは再び見る。

 神獣の体は山のごとき大きさになり、その鼻先が天に届くかという勢いになるころ、黒雲に変化が起こる。


『オオオオ……!!』

 雲は女の顔になった。どこか恍惚とした顔で悲鳴を上げる、美女の顔だった。


「アブロヌの魔女!!」

 リディアが叫んだ。


 女の顔は鼻先に力場のようなものを作り、神獣の拳を受けながら、叫びをおさめ、その目を薄く開いた。

 その目はショールに向けられる。

『ふ、ふふふ……』

 そして妖しく笑ったかと見るや、

『アハハハハ……』

 目を剥いて、狂ったように笑った。


 そして哄笑を収めると、細い声で歌うように、

『また会うぞ、坊や』

 口が裂けるかに見えるほど端の吊り上がった、邪悪な笑みを浮かべた。


「ああ、そうだろうな」

 冷淡にショールがつぶやく。彼から神獣へと伸びる光が勢いを強め、彼の身体に亀裂のごとき光の筋が走る。そして彼の持つ道具の数々もその力を目に見えて強める。

「その時は、同じように潰す」


 杖は太く、長く、ゆらりとねじれてショールの右腕に絡む。外套はその毛を伸ばして白く色を変え、ショールの左肩のあたりがふくらんで、そこに赤い目が開かれ、猿のような獣の目元が現れた。

 琥珀飾りから飛び立つ蜂たちはその身を大きくし、麻布のようなベスト……、いや、ボタンが外れ、かつてのように、身にまとう衣と化したそれから放たれる草の粉は、彼の周囲に虹色の渦を作る。

 ブーツを脱ぎ捨てた両の足首に見える刺青は、その青と赤の色を強め、刺青の中を泳ぐ長い魚の気配をはっきりとさせ、腰の短刀からは、陽光のごとき光が漏れる。


 そして、女を見返すショールの左目の瞳の中に、神獣の眼と同じ星雲が、にわかに浮かび上がる。


 ショールの口から、ショールのものだけとは思えぬような声が響き渡る。


『我らはマガファの毒を焼く者。我らはマギフスの敵。我らの旅に、お前たちの手が見えた時は直ちにこれを潰す。我らはその存在を許さぬ者』


 そして、ショールと、神獣の口から、同時に声が放たれる。


『z……!!』



《滅びよ!!》



 女の顔の目の前でいくつもの光が現れる。その無数の光の中から、白い炎の拳が飛び出し、同時に女の顔面を撃ち抜く。

 天空に、太陽よりも眩しい、白い光が現れた。


『アーッ、ハッハッハ……』

 女、アブロヌの魔女の笑い声がそこから響き、そして最後に、汚泥が沸騰するような声が響く。


「m……M……」



《この世の全ては糧を求め、その罪科が消えることはない》



 そのおぞましい声とともに、轟音とともに光が弾けた。

 

 黒雲は白く千切れ飛び、天の中に消えていった。


『ギャアアアア……!!』

 その衝撃に悲鳴を上げたのはクレトスと、奴に付き従う眷属の鉄竜たちだった。

 人面の鳥たちも雲の中に隠れていたのだろう。白く燃やされながら、灰と崩れつつ何匹ものそれが落ちてきた。


 そしてテオの見上げる中、中天に太陽が輝き、晴天と、高い空に浮かぶ雲たちが姿を現した。


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