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竜王②

 フォルスを通じ、テオの脳裏にイメージがひらめく。


 凍える吹雪が文字通りに身を切る、白銀の世界だった。鱗に覆われる体は白く凍り付き、かぎ爪のある指先から鱗、肉と、ぽろぽろと剥がれ落ちていく。

 その巨体は膝から崩れ、白い大地を揺るがした。凍った湖に映ったその頭は、漆黒の暴君竜のものだった。

 暴君竜を写す鏡面にひびが走り、氷の割れた湖の中に竜は落ちていった。




「今のは……」

 テオは、それがクレトスの身体である竜の骨の記憶であると理解した。


 神殿の闇の中から背骨が伸びてくる。それが鉄の肉に覆われつつある頭蓋骨に接続された。




 さらに記憶が流れ込む。


 はるか古代に太陽神を祀った神殿の末席にあり、最下層の奴隷を取り仕切っている男がいた。その男もまた、神官や上位の奉仕者たちからは奴隷のように扱われていた。


 その男は元は別の国の王族だった。魔法の才があるからと甘やかされ、奢っていた子供だったが、故国があえなく滅ぼされて捕らえられると、魔法の才を持つゆえに、神殿の奉仕者とされていた。

 傲岸な性格は変わることなく、人になじめず上長にも従順ではなく、遂には神殿から遠ざけられた。そして都を追われ、青銅の原料となる錫の採掘を命じられた。

 男は僻地で土埃にまみれる自身の境遇を苦々しく思いながら、その鬱憤を込めて奴隷を鞭打ちった。毎日のように死人が出るほどの過酷な労役を強いていた。

 男は奴隷たちの恨みを買い、洞窟の暗い穴の中に突き落とされた。奴隷たちは宝玉が出たと言って、欲深いその男を誘い込んだのだ。


 しかし、男は突き落とされた先で、巨大な暴君竜の頭蓋に出会った。

 男は死にかけていた。その命が尽きる前に、男はその頭蓋骨に宿るマギフスと契約し、死霊術や人心を操る術など、様々な魔術を得た。

 そして男は奴隷たちの精神を支配し、竜骨を用いて王国でのし上がり、そして侵食した。


 そして男は契約を交わしたマギフスの骨を集め、竜骨の王として蘇らせた。

 そして当時、海が近く無数の河川が入り混じっていたこの地に石の都を打ち立てた。そして、かつて自身が採掘を命じられた青銅……、それを用いた宝物の数々を略奪し、積み上げた。

 だが、男は結局、都ごと水に沈められ、滅ぼされた。

 それでも男は生きていた。いや、死しても滅していなかった。

 竜骨の王が神殿に封じられる寸前、男は死霊となって竜王の頭に宿り、生き延びた数匹の骨竜にそれを運ばせ、地下に潜った。

 そして男とマギフスはひとつとなり、埋もれた都のさらに奥底の、暗い泥の中で時を待った。




「あいつのあの頭は……」

 テオはつぶやき、そして矢をつがえた。


 紅く光る神殿の切妻屋根が、棟を中心に翼のように天へと開かれていく。開かれながら、その形も翼のように変わっていく。


 クレトスの声が響く。

『王の体はとうの昔に骨を残して尽き果てたが、骨しか残らぬというのも悪いことだけではない。肉も皮も、思うがままに組み上げられるからの』


 屋根が翼となり、壁が溶けて、地面に溢れる真っ赤な灼熱の沼に混じる。神殿の中があらわになって、巨大な龍の骨が現れた。その背骨には、神殿の屋根だった翼がくっついていた。

 そして、地から溢れる溶けた鉄を吸い上げるように、骨はその身に赤く溶けた鉄を纏っていく。


 クレトスの粘るような声が流れてくる。

『この2500年の間に、人はマガファの欲望と暴力の道に従い、殺戮のための様々な道具を作り上げた。粗野だが効率的ではある。参考になるぞ』




 テオの脳裏に、さらにイメージが走る。そしてその内容は、察した通りだった。


 地下で眠っていた男の魂は、地上の争いの音に目覚めた。

 海は遠くなり、入り乱れていた河川の多くは干上がって、茫漠とした平原となっていた。

 そしてアマゾネスを中心に複数の部族が平原の覇権を争い、西に栄えたエルゲの都市国家もそれに介入していた。

 人の寿命をはるかに超える長い眠りの中、男の魂はマギフスと同化していた。そして慎重に地上の様子を探る。

 地上が血と混沌の時代を迎えたことを知ると大いに喜んだ。

 そして黒いスケルトンとなって地下から這い出ると、ヨレンからこの地に派遣された魔術師を殺した。そしてその体に潜り込んで、身体と名前と記憶とを奪い、ヨレンの王のもとに毒の知らせをもたらした。

 そして、暴君クレトスが誕生した。




 竜王の形が整い、赤く溶けた鉄が固まる。そして関節から火花を散らしながら立ち上がった。

 走竜のように傾斜した態勢でなく直立して長い尻尾が地を這い、その腕も一般に知られれる暴君竜と違い、人間のような逞しい両腕がついている。そしてその背中には、鉄剣を扇のように束ねた大きな鉄の翼が。

 その表面を覆う赤熱が冷えて引いていくと、漆黒の鉄の鱗となった。


 その足元になお残る真っ赤な溶鉄の中からも、鉄でできた走竜たちが、周囲の溶鉄を吸い上げながら次々に姿を現し始めた。


『m……k……』


 クレトスの口が開き、鉄のきしむような不快な音が、声として発せられた。

 それは不安を誘う不気味な歌として響き渡る。

 それはテオににとってはただただ不快なだけの音だったが、気づいて地上を見渡すと、岸を囲む軍人たちの様子がおかしい。その目が怯え、目に見えて震えるもの、腰が抜けてしまった者もいる。

 うちひとりが、怯えた目で指揮官のひとりに銃口を向けようとしているのが見えた。


「させるか!」

 テオは矢を放った。雷光とともに放たれたその一撃は、クレトスの開かれた口の中に飛び込んだ。

『ギ……!?』

 クレトスは鉄のきしむ叫びを上げながらのけ反る。


 同時にフォルスが雷鳴の声を放った。

 テオは眼下の陣を見渡す。軍人たちは戸惑いつつ頭を巡らせ、遂には飛竜にまたがるテオを見上げた。正気を取り戻したようだ。


『貴様ら、邪魔くさいことこの上ない!』

 クレトスの怒号が響く。


 テオも吠えた。

「元が器の小さい小役人が、大層らしく振る舞うな! 鉄くずのマギフスと契約したのがそんなに偉いか!」

『ほざきよったな、小僧!』


 そのクレトス目掛けて、再びテオが矢を放つ。それはクレトスの頭目掛けて雷光とともに飛ぶが、クレトスが両腕を交差して結界を発生させると、テオの矢は力場に衝撃と雷撃を走らせたが、クレトスの鉄の鱗にはいたらない。

『そんなおもちゃがわしに通じるか、青二才が!』

 クレトスがばっと両腕を広げると、その胸の装甲が開いて、中央の空洞から炎が球を形成しながら膨れ上がる。

『見よ! お前たちの扱う粗野な魔法も、わしが扱うと……!』

 クレトスはあざける様に吠えたが、さらにテオは矢を放つ。


 結界は張られているようだが、別の魔法を使うと弱まるようだ。今度の矢はたやすく結界を貫き、クレトスの赤い両目の間に突き立って、雷撃を走らせた。

『ギャアア……!』

 痙攣しながらクレトスはのけ反り、胸から放たれた巨大な炎の弾は空へと尾を引きながら放たれた。


「テオ!」

 地上から声が聞こえた。リディアの母が配下を率いて駆けつけてきたようだ。タロッソスの神官長ら、聖戦士たちも一緒だった。

 テオ達はそれを見てから、再びクレトスに目をやる。


 クレトスは激怒して赤い目を光らせていた。

『貴様ら、もはや許さぬ!』

 翼を大きく広げて空に浮き上がった。天空から飛竜の群れも降りてきて、遺跡の中で鉄の走竜たちも隊列を組み始める。


「クレトスは俺たちがやります!」

 テオはリディアの母らに言うと、フォルスを駆り、クレトスの頭上に向けて飛ぶ。


『貴様たちは死しても楽にはさせん!』

 クレトスも、天に向けて羽ばたいた。

『お前たちのバラバラの死体をクズ鉄と組み合わせてわが先兵にしてやる! お前たちの魂と自我もそのまま残して、他の死霊どもと混ぜ合わせてやるぞ!』

 クレトスの指先に穴が開いている。指はそのまま銃身となっていた。その銃口に炎が満ち、10の炎の筋を放つ。

 上昇しながらテオ達はそれをかわす。天から襲い掛かってきた飛竜たちの間を雷光となってすり抜けて、3匹の飛竜を雷撃で焼いて弾き飛ばした。

「やってみろ、クレトス!」

 テオもその矢をつがえる。



 リディアの母とタロッソスの神官長、戦士長が並び、昏い天空で始まった戦いを睨む。

「ご老体は、退避を」

 リディアの母が神官長に言ったが、

「馬鹿を申すな! 雷神ヤルハの神官が、マギフスを前に尻尾を巻けるか!」

 彼に従うヤルハの神官たちも、恐怖に汗かきながらも力強くうなずいた。

 リディアの母は軽く口角を上げたが、

「敵接近!!」

 前方に陣取る陸軍から警戒の声が響いた。

 湖の遺跡の中の鉄の走竜たちが、崖を駆け上がろうと動き出した。


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