竜王①
フォルスは南に向け、矢のように飛んでいた。
テオはその背で前方を睨む。
流れるように過ぎていく地上の景色の中、炎が見える。陸軍の陣が襲撃を受け、天幕や砲台を破壊された後だ。クレトスの足跡だろう。
「あいつ……!」
テオは再び前方を見据える。曇天の下、巨人の丘らしきものがすでに小さく見える。だが、骨の竜らしきものは見えない。まさか、すでに奴は……。
テオはそれからはっと気づき、頭上の黒雲を見上げる。
目元を引き締め、
「フォルス、お前がファティアの、ヤルハが遣わした神犬の力を受け継いでいるのなら、あの黒雲の中に隠れるマギフスを暴くことはできるか」
ファティアの祖先の神犬は、雷神ヤルハによって遣わされ、黒雲の中のマギフスを追い出した。
フォルスは口を開いた。尖りなき鹿の角と、開かれた口の中に雷光が走る。
(耳を閉じて!)
女性の声が心に響く。テオは弓を口にくわえ、耳を塞いだ。
フォルスの口は黒雲に向けて雷鳴を発した。稲妻が直近で落ちて弾けたかのごとき音が響き、黒雲の中に発せられた雷光が、曇天に広がり走る。
『ギャアアア……』
悲鳴が聞こえた。どこか恍惚とした女の声、
「アブロヌの魔女!」
それは、
『アハハハ……』
狂ったような笑いに代わり、そして、
「おのれえええ! 痛いではないか、何をしよったあ!」
雲の中から、老人の叫びが聞こえた。
直後、無数の翼あるものたちが煙の尾を引いて落ちているのが見える。
「プテラノドン!?」
その翼竜たちに遅れて、黒雲の中から、翼を持った黒い骨の竜がふらつきながら高度を落とすのが見える。
それは体の所々から電光を放ちつつも空中で態勢を整え、そして巨人の丘に向けて飛んでいく。
「クレトス!」
テオは弓を手にし、フォルスは一声吠えて、雷光とともにそれに迫る。
『あの駄犬めが!』
クレトスは中天に轟く罵声を放ちながら、テオたちの方へと体の向きを変え、六門の銃口のついた腕を向けてきた。
(盾を!)
フォルスから念話が飛ぶ。テオは咄嗟にパラスの力場を展開した。
砲門が回転しながら火を噴いた。
それより早く、盾の力場はその盾からでなく、フォルスの前方に展開された。
展開された力場に銃弾の雨が打ち付けられる。弾は弾かれるのではなく、電光とともに力場の表面に留め置かれた。
クレトスは機銃を止めて罵声を上げる。
『駄犬め!! どうやってか知らんが、別の畜生にヤルハの力をくれてやったか! おお、しかもそやつ、わしの頭にかじりつき、狼藉を働きよった脳足らずのトカゲではないか!』
クレトスは言いながら巨人の丘へと向き直り、飛ぶ。入れ替わりに態勢を整えた翼竜たちが迫ってくる。
フォルスは怒ったように吠えた。それとともに、展開された力場に留まっていた銃弾が、雷光の尾を引いて翼竜たちを打ち抜き、さらに何発かがクレトスの翼や背中、頭を電光とともに打ち据えた。
『ギャアア!! 何をする、痛いではないか、この痴れ者め!』
クレトスは叫びながら、鞭打たれた馬のように加速する。
タロッソスの巨人の丘は、はっきり目視できる位置にまで迫っていた。そこから向かって左にある、湖の底に沈んでいた遺跡も。
湖の外縁の森を囲んで、陸軍が陣を張っていた。丘の上にも砲兵の陣が見える。
その部隊もすでにクレトスの接近に気付いていたらしい。大砲が発射される閃光と煙が見え、遅れて音が聞こえる。そして直後にクレトスの周囲で爆発したように稲妻が走った。
クレトスがよろめいて動きが鈍り、周辺の翼竜たちも焼かれて弾かれた。
その時テオも矢をつがえ、狙いすましていた。クレトスの動きが鈍ったその時、左の翼の根元に向けて、雷光とともに矢を放った。
その矢は狙いを過たず、打ち付ける閃光とともにクレトスの左翼を背中から切り離した。
『クエェー……ッ!!』
クレトスから怪鳥のような声が上がった。
切り離された骨の左翼が空中でバラバラになった。しかしそれは宙に制止し、かと見るやその先端をくるりとテオたちに向けた。
そして翼の骨は幾本もの槍となってテオたちに飛んできた。
「……!」
それを見て、テオも矢を放つ。稲妻の矢は、その雷光で複数の骨を巻き込んで落ちる。
そしてすぐに盾の力場を展開する。そこに殺到した骨たちと激突し、さしものフォルスも空中で動きを止めた。
フォルスの翼が雷光を纏い、フォルスは稲妻となって突き抜けた。電撃を浴びた骨たちは焼け焦げて落ちていく。
『もうひとつおまけだ、これも受け取るがいい!!』
クレトスはもうひとつの翼も切り離した。
さらにクレトスは、その肋骨を開いた。そこから無数の爆弾が放たれるのが見えた。
その行く先には、森の外で守備を固める陸軍の部隊が。
「あいつ!」
テオは正面の骨の槍にではなく、守備隊に落ちる爆弾に向けて矢を放つ。
テオの放った矢の雷撃によって複数の爆弾が爆発し、さらにそれによって多くの爆弾を誘爆させた。それでもなお落ちたものは、守備隊の結界によって防がれる。
その間にクレトスの背負う箱が空中でバラバラに分解された。そして中にあった二つの噴射機が火を噴いた。
『ワーハッハーッ!!』
クレトスは矢のように加速して飛ぶ。その行く先には、湖の底のあの神殿が。
「行かせるか!」
フォルスがまた稲妻となって飛ぶ。向かってくる骨の槍を電撃で焼きながら搔い潜り、なお向きを変えて追いすがろうとする空飛ぶ骨、さらに後方から迫る翼竜たちを振り切ってクレトスに迫ろうとした。
『ワハハハ……!!』
クレトスの肋骨の中から、さらに爆弾が落ちる。落ちる先には、湖を囲む森の手前に設けられた野営地がある。そこには、
(……神官長!?)
タロッソスの神官たち、聖戦士長たち、そして……、
(父上、母上!)
そこに、テオの父と母もいた。
「……うおおおお!」
テオは叫び、一矢、二矢と矢を放つ。ばら撒かれた幕弾を次々に空中で爆散させる。
さらに雷光となって爆弾と人々の間に割り込むと、展開した盾の力場が残る爆弾の爆風を防いだ。
その間にクレトスは、哄笑とともに背中の二門の大砲を神殿に向けて放つ。それは神殿の結界を大いに揺るがせた。
そしてクレトスは、爆炎の上がる中、頭から神殿の門へと突っ込んでいった。
轟音が、空高く轟いた。
「……!」
その音に、テオはクレトスが神殿に達したことを悟った。
「テオ!」
声がかかり、地上を見る。
父と母が、そこにいた。
「父上、母上、なぜここに……!?」
それに応えたのは、その横の神官長だった。
「すまんテオ。魔術学の研究者として、わしが応援を頼んだのだ。あれの封印を強化するためにな」
その視線は、森の向こう、湖の遺跡の方に向く。
そして再びテオに顔を戻すと、
「だが、その飛竜は……。おお、まさかフォルスなのか……! ああヤルハよ……!!」
「そんなことより、あいつが!」
思わず祈るように手を組んだ神官長に、テオは声を上げてしまった。
「す、すまんテオ……」
そう言う神官長らと、唖然とする両親から、テオは湖畔の方へと目を移す。
立て続けに起きる爆音と雷撃の音が轟いている。湖を囲む砲兵隊、バトルメイジの部隊が放っている音だろう。
「こんなにも早く事態が展開するとは思わなんだよ……。クレトスの出現を聞いて、急ぎ湖を脱出したのが不幸中の幸いじゃった」
まだ驚愕が抜けない神官長が語るその間、テオの両親の目は、飛竜と化したフォルスよりも、息子の横顔に向けられていた。
テオの両親が、負い目を感じ続けていた息子は、使命感と勇敢さにみちた、凛々しい顔をしていた。
そこに、足早に駆けつける一隊が。
「テオ!」
「奥方様!?」
その先頭にいたのはリディアの母だった。軍服を身に着け、部下たちを率いている。
リディアの母は、飛竜にまたがるテオの姿を見上げ、
「報告を受けてはいたが、お前、本当にドラゴンライダーに……!」
「奥方様、それより今は……!」
湖の方から、ひときわ大きな爆発音が響いた。テオははっと顔を上げる。
「奥方様、神官長様、父と母を頼みます!」
テオの言葉を受けてフォルスがはばたき、上昇する。
「テオ!」
テオの母が悲痛に叫んだが、
「お話は後ほど! 今はどこか安全な場所に!」
フォルスは湖を俯瞰できる位置にまで飛んだ。
丘よりさらに高い位置で滞空し、状況を確認する。
丘の上にリディアの叔母ら、ルーンの神官たちがいて、唖然とテオを見上げていた。
彼女たちは大規模な結界の準備をしていたのだろう。テオ、というよりフォルスの姿を見て、祈りを捧げている者もいる。
遺跡を囲む湖畔、水のない今は崖の上だが、そこにずらりと並んだ大砲が、神殿に向けて発砲している。巨人の丘の上からも、大砲が火を噴き、太い稲妻が走った。バトルメイジの部隊による大掛かりな魔法だろう。
その間、クレトスに付き従っていた翼竜たちは、黒雲の下で滑空していた。静観するその様子もまた、不気味に見えた。
ほどなく砲撃が止んだ。立ち上る黒煙で神殿とその周囲が見えなくなっているからだろう。
テオも滞空するフォルスの背中から、黒煙が消えるのを待つ。
そして見た。爆炎は、神殿を包む不可視のドームに遮られていたことを。
「結界防御……」
その中で、神殿は陽炎を放って赤熱していた。
『お前たちに出来ることが、このわしにできぬと思うたか』
クレトスのあざける声が聞こえた。
煙が開けて、その扉が開かれているのが見えた。その扉の中の闇に、クレトスの頭部だった暴君竜の頭蓋が置かれている。門の前には、その身体だったものがバラバラに散らばっていた。
神殿の中から、真っ赤に溶けた鉄のようなものが溢れ出てくるのが見える。それは暴君竜の頭蓋に至り、ゆっくりとせり上がり、それを包み込んでいく。
溶けた鉄は、肉となった。
その肉となりゆく鉄から、粘性のある液体が沸騰するような、こぽ、こぽ、という音が鼓動のように聞こえる。




