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走竜の車に乗って②

 ショールはフォルスの背中をじっと見つめた。

「人語を解しているな、この子」

「ふうん。やっぱり?」

 リディアもフォルスに目をやる。フォルスはわずかに顎を上げて喉を鳴らしたが、その仕草が「当然」と言っているようにも見えた。

「驚くほど人間というものを分かっている。諧謔すら理解できるほどに。この種の走竜が賢く社会的なことは聞いていたが、これほどとは思わなかった」

 するとフォルスは控えめに鳴いた。照れているように見えた。

「それに優しい性質も持っている」

「そう言い切れるのは、勘ですか?」

 テオが怪訝さと反感の混じった声で聞いてきた。

「ああ、勘だよ」

 すると、

「勘、ねえ……」

 リディアはいたずらっぽい笑みを浮かべた。



 ヨレンは、その国土に高低差がほとんどない。道もよく整備され、馬車は快適に街道を進む。

 遠くから自然のものでない音が聞こえてくる。

「列車か」

 ショールが眺めると、大きなトロッコのような荷車を三台引いて、筒型の牽引車がゆっくりと草原を走っているのが見える。

「ええ、港との間で物資を行き来させているのよ」

 こうした列車が世界で広く用いられるようになったのは、ここ半世紀ほどだ。最初は炎の魔法を用いた蒸気機関を利用したものが主流だったが、

「駆動音が静かだな。太陽からのエーテル抽出と電気魔法への変換、そしてモーターを使用しているのか」

「うん、太陽神の子孫が治める国だしね」

「そこは別に関係ないだろ……」

 口を挟んできたテオを、リディアは横目で睨んだ。

 ショールは、

「ソアラの子孫というのはまあ関係ないだろうが、太陽晶を用いたエーテル抽出技術は、この国は世界の先端を行っていたな」

 ところで、とショールは続け、

「旅客列車はあるのか?」

「ないね。だって、三日もあれば馬車なり船なりで、どこにでもいけるような国だよ?」

 そっけなくリディアは答えた。

「それに東の港や王都近辺に人口が集中してるし。そもそもヨレンは人口自体少ないし。ええと、何万人だったかな……」

「72万人な」

 テオが口を挟んだ。

「む……」

「頻繁に人が行き来するのも海沿い……、王都と港、あとは学校が集まるネライダの町くらいですからね。馬車なら半日かからない範囲です」


 ちなみに世界を見渡すと、国ではなく都市で人口100万を超えるようなところも、すでに十指に余っている。


「それに川や水路を使った定期船がありますから、それを使えば馬車よりずっと早いです。ああ、鉄道と言えば、国をまたいだ鉄道計画なんてものもあるようですが……」

「何それ初耳」

 リディアが興味を示したが、

「学院にいた時に、友人からちょっと聞いてな……」

 言いながら、少し表情が曇ったテオを、ショールは肩越しに一瞥した。


 それからショールは、馬車よりもやや速い速度で並走する列車へと目を写し、じっと眺めた。その様子を見て、フードの中のその表情を、リディアは覗き込もうとする。

「何? まさか嫌な予感とかじゃないでしょうね?」

「いや……」

 つぶやくように言ってから、リディアに向き直り、

「ところで今日は、神殿に宿泊か?」

「いいえ、市庁舎よ」

「市庁舎?」

「私の父が市長をしてるの」

「……」

 ショールは少し沈黙し、

「そういえば、君の出自について聞いたことがなかったな」

「ああ、そうだったかな。私の家は『金弓の娘』五氏族のひとつよ。古代史でアマゾネスとか呼ばれた部族の子孫だね。ルディ-ス……男ならルディオスと名乗るんだけど、私の家名も、アマゾネスの勇者ルディーンの名から来てるの」

 少し誇らし気に言った。

「ヨレン以前にこの地を治めていた女戦士の部族か」

 黒海はその昔、アマゾン海とよばれていたこともある。

「歴史の中じゃ面白おかしく伝えられているけど、実際には母系部族ってだけだったんだけどね。まあ今もそうで、私の母も氏族の棟梁になるんだけど」

「月の女神ルーンに仕える女戦士たちは実在したと聞くが」

「うん。女でなければ使いこなせない魔法の体系があったの。その一部は今でもルーン神殿の聖戦士に伝わっているけど、中には世界で広く使われているものもあるよ。魔力を取り込んでの身体強化とかね」


 いにしえの女戦士たちは、男に対する肉体的な不利を補うために、修練と祈りを通して魔力をその身に取り込み、身体を強化したという。それはアマゾネスの傭兵を通じて諸国に伝播したそうだが、男よりも女の方が高い効果を発揮したと言われている。

 怠ることなく修練を重ねれば、年老いても衰えることなく力を蓄積させていくとされ、アマゾネスの老婆が剛力の英雄と互角に組み合った話も伝わる。


「月の女神の神官も、主に五氏族の女性が務めるんだったな」

「うん。金の弓、というのは女神ルーンのことを指してるの。その娘、つまり『金弓の娘』アルテシアが私たちの先祖でね。後に、金、黒、銀、赤、蒼の、月の五氏族に分かれるの」

 そのうち銀月の氏族がリディアの属する氏族にあたり、今なおこの地方の有力者として大きな影響力を有しているという。

「このあたりを統括するルーン神殿も、これから行くルディオン市の郊外にあってね。私の叔母が司祭を務めているよ」

「おいリディア、そろそろ口調をあらためろ」

 テオが言ったが、前方に赤い屋根の民家が見え始めた。

 日が暮れはじめる中、外での仕事を終えた人々が町に向かおうとするのも見える。


「今晩泊まるのは市庁舎と言っても、元領主館だから、快適なはずよ。神殿で堅苦しく一晩過ごすよりはいいでしょ?」

「君が羽を伸ばしたいだけだったか」

「いいじゃない。旅の話を聞かせてよ」

 最後にそう言って、リディアは背筋を伸ばした。


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