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ヤルハの勇者

 巨人は再び手足を分離し、テオたちに襲い掛かった。

『ファティアよ、なぜ悲しむ! この私を憐れんでいるというのか!』

 その勢いは、それまでの比ではなく、巨大な青銅の手足が矢のように飛んできた。


 テオは、フォルスと意思が繋がるのを感じた。心が一つになり、思うままにフォルスが飛ぶ。

 フォルスの翼が雷光を発し、稲妻に乗って巨人の手足を避ける。


 テオは引き絞った弓を、巨人の頭に放った。

 その一矢もまた雷光をまとい、落雷そのままの音とともに眉間を貫き、雷光を走らせた。

『グアアア……!』

 悲鳴とともに巨人の頭は弾かれた。


(いける!)

 テオは手ごたえを確信した。問題は、あと二本しか矢がないことだが……。


(違うよ)

 心の中にファティアの声がささやく。

(そうじゃない。エウメロスは打ち倒すんじゃない。救うんだ)

(救う……?)

 

 そこに、

(テオ、聞こえるか!?)

 念話が聞こえてきた。

(中尉アレコスどの!)

 するとそこにリディアの念話が入ってきた。

(え……、あんた念話が返せるの?)

 どうやらこちらの心の声が届いたらしい。

 襲い来る巨人の手足を、雷光とともに避けながらテオは返す。

(だとしたら、今が初めてだ!)

 再びアレコスの念話が届く、

(そいつは重畳だ! いいか、君の位置は高すぎる! もっと高度を落とさないと援護ができない!)



 アレコスらは聖戦士たちに加わって神殿の広場からテオたちを見上げていた。

 聖戦士団だけでなく、集った全ての者たちの視線が空に向けられていた。


 黒雲の下、雷光が繰り返し光り、それを追いかけて緑色の巨人の部品が飛び回っている。


(承知しました、ですが……)

 リディアの苛立った声が届く。

(あたしたちを心配してるならあんた、ちょっと聖戦士を舐めすぎだよ!)

(いや、ちょっと待て)

 そこに老人の声が割り込んできた。


 ルーン神殿、気配に気づいたアレコスらが振り向くと、ルデリアの戦士長をお供に、小さな老爺が杖を突きながら歩いてきた。

「久しぶりじゃの、今は中尉じゃったかな、アレコス」

「オイディプス老師! ご無事でしたか!」

「瓦礫に難儀はしたがの。200年も生きといて簡単にくたばりはせんよ」


 そこにレオンティウスも護衛を伴い小走りに駆けてきた。

「老師、奥方様は……」

『私の心配も無用ですよ』

 奥方の声も神殿から響いてきた。


そして老師は、稲光の走る空を見上げる。

(聞こえるな、若きドラゴンライダーよ。わしはオイディプス。水晶の奥方の侍従じゃ)

(オイディプス師!)

(うむ、よき心の声じゃ。怒りではなく勇気に満ち、慈愛の心もある……。さてすまんが、そのままそ奴を引き付けて、時間を稼げるかの? その間に巨人を倒す用意を整えたい)

(分かりました! ですが……!)

(どうした?)

(ファティアは、エウメロスを倒すのではなく、救えと!)

 老師は笑みとともに瞠目した。

(ほう。救う、か。どのようにして救う?)

 テオに穏やかに問いかける。


 そこにイメージが走った。

 大きな白い狼犬。それが、巨人のかかとに食らいつく。

 巨人と神犬に稲妻が落ち、神犬の魂は巨人の中に入り込んでゆく。


 アレコスの横から、レフテリスが問う。

「老師、今のは……」

「ふむ……」


 そして心に少女の声が聞こえる。

(そこには今も、僕が開けた「穴」がある。僕の魂を雷の矢に乗せて、彼の元に送ってほしい)

(つまり、お前が大昔に食い破ったかかとに矢をぶち込めばいいんだな、ファティア!)

 テオの声が響く。


 上空で雷光が走っている。巨人の執拗な攻撃をかわし続けているようだ。


「ならば、動きを止めればよいか」

 老師はつぶやき、念話を放つ。

(聞こえたかの、神官たち。わしの元に集まれ。あの巨人を捕える用意をするぞ)

 それから、アレコスの脇のキモンに顔を向け、

「ふむ。キモンか。ちょっと手伝え」

「承知しました」


 老師はアレコスやレオンティウスらに顔をめぐらし、

「ところでショールは知らんか? 生きているとは思うが……」


 皆が顔を見合わせたところで、霧が流れてきた。

 イメージが走る。湖畔で、ひっくり返った小舟とともに打ち上げられ、力尽きたショールの姿が。


 そして女性の声が心に響く。

(彼を、私の元へ)


「ショール!」

 ヤルハ神殿からルデリアへと駆けていたリディアが足を止め、悲鳴のような声を上げた。

(リディア、へレイン、テティス! まだ湖の近くか!? すぐにショールの所に行け!)

 レフテリスから念を飛ばされる前に、三人は駆け戻っていた。



 その一方、上空ではフォルスとエウメロスによる神速の鬼事が続いていた。


 テオは叫ぶ。

「俺はあんたのことを悲劇の英雄だと聞かされてきた! 暴君クレトスに挑んで破れ、それでも死して巨人を乗っ取ってクレトスを討ち果たしたと!」

『おお、何も間違ってはおらぬぞ、小僧!』


 挟み撃ちに飛んできた上腕と右足を雷光とともにかわす。

『私はヨレンのために尽くしてきた! 戦場にあっては最も危険な位置につき、誰よりも多くの敵を倒し、常に生き延びた!』

 叫びながら迫る頭を、宙返りで避ける。


『お前に誇りが分かるか、小僧! 戦場で死するは名誉なことだった! 都が燃えたあの日、わが王と妻キオネーの嘆願なくば、私も戦火の中で栄光と恨みとともに燃え尽きていたであろう!』

 その昏い眼窩の中に、鬼火のような青い光を灯しながら、巨人の頭はなおテオたちを追う。


『ああ、それなのに! 我が栄光の死処を奪い、誇りを傷つけておきながら、奴らは私を臆病者と罵ったのだ! 私の誇りは無残に奪われ、踏みつけられた! この悔しみが分かるか小僧!』

「そしてあんたは今や怨霊だ! 死して自分の誇りを踏みにじっている!」

 巨人は嘆きと怒りの叫びとともに鶏冠を振り下ろし、フォルスは雷光とともにそれを避ける。


『お前が私の子孫と言うなら答えろ小僧! 私が死して後、キオネーはどうした! 裏切りの祝杯を挙げ、寝所に共犯者どもを招いたか!』

 その言葉にファティアの悲しみを感じ、テオは怒りとともに叫んだ。

「キオネーは死んだ! あんたの子を産んだ後で!」


 巨人の動きが鈍った。

「あんたの今の体、巨人の目の前で胸を刺して自害した!」

『嘘だーッ!!』

 血を吐くような嘆きの叫びとともに、巨人の全ての部品が迫ってきた。

 テオはフォルスの背中に手を置いた。

 フォルスはテオの思いを感じたのだろう。

あえて迫る巨人の隙間を雷光とともに突っ切った。

『おおおお……』

 嘆き悲しむかのごとき叫びとともに、巨人はその電撃を受けた。



 老師オイディプスは、雷光走る天空を見上げていた。

『あの若きエウミアディスに、エウメロスの魂が揺さぶられています』

 奥方の声が響く。

『あの若者の心は、もとよりエウメロスに近いものがあったのでしょう。共鳴するほどに。エウメロスもそれを感じ、勇者だったかつての自分を、あの若者に見ている。そしてやはり、エウメロスは生粋の戦士なのですね。戦いの中で、闘争心が怨恨に勝るときがある。それが彼の心を怨霊から戦士のそれへと揺り動かしている』


 老師は空から視線をはずし、周りを見渡す。

 神殿前の広場のそちらこちらに、石像が持ち込まれ、設置されている。

「そのアイファの像、もうちょっと右に動かしてください。パロは左……、ああ失礼、そちらから見て右です」

 キモンが神殿の屋根から指示を出している。

 

 一方でアレコスとギデオンは神殿の屋根に登り、それぞれの銃に手を入れながら上空を睨んでいた。

 アレコスのエーテルガンの銃口に、赤い光が宿る。


「準備、できました!」

 神殿の屋根からキモンの声がかかった。

 老師はうなずき、神殿の閉じられた扉の前に仁王立ちする戦士長に声をかける。

「カサンドラ、大地震が来るぞ。結界の備えはどうじゃ」

「大巨人メガトルが大岩を投げてきても、ここは揺るぎますまい」

 老師はうなずいた。


 神官たちが広場を囲むように物陰に隠れ、小声で聖句を唱えている。そのそばでは聖戦士たちが盾を構えている。


 老師は天に顔を向けた。

(ドラゴンライダー、準備は整った。神殿前のこの広場の上空まで来て、一気に降りてくるのじゃ)

 


(直上……)

 フォルスは雷光となって両腕をかわし、直下に神殿の広場を見た。

 老師の念が届く。

(雷光になるな。引き付けるように降りてくるのじゃ)

 そう言われても、巨人の脛が迫ってくる。


 テオたちに迫るそれを、地上から放たれた一筋の光が貫いた。

 さらにその光の線は空をかき混ぜるように動き、テオに迫る巨人の部品を閃光とともに次々弾き飛ばした。

(援護する。気にせず降りてこい)

 アレコスの念が届く。


 彼は芝生の上に腰かけながら長槍のような銃を空に向けている。その銃口から伸びる光の筋が、少しずつ細くなって消える。

「やはりエーテル消費が激しすぎる。撃ちっぱなしでは長くはもたないか」

 彼はすぐさま銃のバッテリーを取り換える。


 その間に、ギデオンが腰だめに構えた銃の、その大きな銃口が火を噴く。

 それは食らいつかんばかりにテオに迫る巨人の頭を弾き飛ばした。

 

 老師オイディプスも上空を見上げる。巨人の部品は列をなして飛竜を追う。

「うむ」

 老師は足元の平たい石を、杖の先で叩いた。

 その瞬間、広場に置かれた石像から赤い光の線が伸びて、魔方陣を形作った。


「……!?」

 その時、テオたちの体がその魔方陣に向けて引っ張られた。いや、自分が重くなっているのか。

 老師の飄々とした声が聞こえた。

(重力を増加する魔法じゃ。魔方陣の上空にあるものすべてを重さで拘束する。地面に近づいたら雷光で脱出するんじゃぞ)

 そういうことは早く言ってくれと思った。


 重さが増したのは自分に迫る巨人も同じようで、一番大きなその胴体が加速してテオに迫る。

 その胴体が白い閃光とともに爆発して弾かれ、後ろに続いていた手足が追突する。ギデオンの銃の、大きな銃口からの一発が直撃したのだ。


『ヌオオ……!』

 巨人は落ちながら、部品を集め再び人間の姿になった。そしてテオ達に向け手を伸ばし迫る。


 アレコスはその長槍のような銃から赤い光を放つ。その光線はテオに迫る巨人の両腕を切り裂いた。

 両腕は本体に置いて行かれ、叫ぶ錆びた顔がテオに迫る。

 そこにギデオンの放った弾がさらに直撃しのけ反るが、なお勢いを増してテオに迫ろうとする。


(もう少し引き付けられるか?)

老師の声がテオに届く。


テオはすかさず矢をつがえ、振り向きざまに射た。

『グアア……!』

 稲妻とともに放たれた矢は巨人の口の中に飛び込んだ。電流が走り、落下の速度が落ちる。


 テオは前方に向き直る。魔法陣の周囲の人々の顔がはっきり見える高さまで来た。

(もうよいぞ。離れよ、ドラゴンライダー)


 フォルスの翼が雷光とともに羽ばたいて、稲妻となって魔法陣の重力から逃れた。

 

 老師は2度、杖で地面を突いた。

 一度目で、水面が風で揺れるかのように、地面が揺らいだ。

 二度目で魔法陣が力を強め、落下する巨人が加速する。


『ウオオ……』

 巨人はテオ達を睨みながら、地上へと引き寄せられる。


「女神ルーンよ、お許しを」

 広場の中央にある女神像に向け、老師オイディプスがつぶやいた直後、巨人が地面に激突した。


 魔法陣の外円が結界を空と地中とに伸ばして透明な筒を作り、外への衝撃を封殺した。

 泥のように緩くなった地面は巨人の衝突を受け、結界の中に爆発音とともに土砂を吹き上げた。


 高々と打ち上がった結界内の土砂が大地へと戻っていく中、土煙の中から現れる巨人の両足をテオは見た。

 そして、その右足のかかとに見える、錆びのない金色。


 テオは矢を引き絞った。弓に、雷の力とともに流れてくるものがある。

(ファティア)


 その意思が語りかけてくる。

(またね。行ってくるよ、テオ)

(ああ、頼む)


 足掻く巨人の足の動きを読み切って、迷いなく矢を放つ。


 雷光の矢は、巨人のかかとを打ち抜いた。

『ヌアアア……!!』

 電光を走らせながら巨人はもがき、土の中から顔を突き出す。

 のけ反らせた背がはねのけた土は波のように結界の中に飛ぶ。そして緩い土に手のない両腕を突いて這い起きようとしたが、なお走る電光に呻きを上げ、遂にはその動きを止めた。

 その頭はルーン神殿に向いていた。両膝と両腕を突いてうなだれる姿は、まるで神々に屈したかのように見えた。


 テオは弓を下げて、滞空するフォルスの背からその姿を見つめていた。


 そこに地上から声がかかる。

「テオ、もうひとり乗れるか!?」

 アレコスだった。

「クレトスがタロッソスに向かっている、追わなければ!」

 テオははっとした。


 アレコスに向け、キモンが声を投げた。

「アレコス、その銃のエーテルは残ってるんですか!?」

「ない!」

 長銃を投げ捨てて、愛用の小銃を肩に担ぐ。

 テオも苦い顔で自分の矢筒を見る。一本も残っていない。

「それなら俺が行く!」

 ギデオンが銃を担いで名乗りを上げるが、


(雷光に乗れるのは、ヤルハが認めた勇者だけだよ)


 朗々とした女性の声が心に響く。

 テオとアレコスらは顔を見合わせ、それからはっとしてフォルスを見やった。


「ドラゴンライダーよ」

 オイディプス老師が歩み寄ってきた。

 その横に従う戦士長が、テオに向けて矢が詰まった矢筒を放り投げた。

 さらに戦士長は、小さな盾……、パラスもテオに投げてよこす。

 彼女は表情を変えずに口を開く。

「その盾は、この春にも修行を終える姉妹たちのため、用意されたものだ。今日、そのひとりが使命に殉じた。代わりに持っていけ」

 老師が続ける。

「お主の心には、パラスを扱うに足る気高さがあると見た」


 老師はその背を伸ばし、両手で杖の頭を抑える。

「使命を果たせ、若きドラゴンライダーよ。お主は雷神に選ばれ、ペリューンの炎によって神犬の力を託されたのだ」


 テオは顔を引き締め、受け取った盾を左腕にくくりつけると、胸に拳を当てた。


 老師は目を閉じる。

「月の女神、太陽の女神、稲妻の神、そして魔法神のご加護のあらんことを」


 テオはうなずき、南の空を睨む。

 フォルスは鼻を大きく鳴らすと、黄金の翼をひとつ羽ばたかせた。

 そして翼に雷光を走らせながら一気に上昇し、一筋の稲妻となって飛んで行った。



「俺たちもタロッソスに向かうぞ!」

 アレコスはギデオンらに振り向きながら言ったが、


『それには及びません』

 水晶の奥方の声が響く。

『クレトスとの最後の戦いを見届けたいのなら、この場に、巨人の近くにいなさい』

(どういうことです?)

 レオンティウスが念を放つと、

『クレトスを滅するには、あの雷霆の飛竜だけでは足りません。古き英雄の力がいる。それを蘇らせるのは……』



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