棄教者③
「あいつ、撃ったらダメか?」
ギデオンがつぶやくと、アレコスは、
「いかにも撃ってくださいと言わんばかりなのが気になる」
そこに、
『その通り、お前達に撃たれるのを待っているのだよ』
突然、艶やかな女の声が響く。
「アブロヌの魔女!」
レフテリスが声を上げ、全員が身構えたが、意表を突かれたのは外の老神官も同じようだった。左右に首を振っている。
『映画って見たことあるかね? 合衆国や連合王国で流行ってる娯楽さ。あそこにあるのはそれと似たようなものでね。別の場所にいる自分の姿と声を魔法で写し出してる。霧の中だからわかりづらいだろうがね』
「待て、魔女、なぜ……」
戸惑う老神官に、魔女の声は答えず、
『で、あれを撃ったら何が起きるか。あの場がどかんと爆発する。焼け落ちた祠が崖ごと湖に落ちる威力のものがな。ではなぜそんなことをするのか。自分の死を偽装するためさ』
「何……?」
眉をひそめるアレコスらをよそに、魔女はころころと笑う。
『いつぞやの文明かぶれのように、足抜けしたくてそのようなことをするのではない。こやつ、クレトスに取って代わりたいのよ。クレトスの代わりに、竜王とひとつになりたいと考えておるのよ』
愕然とした老神官の表情が、図星を刺されたことを物語っていた。
『ま、どんな方法を考えたのかまではわらわも知らんがね。どうせ的外れなものであろうが。とにかくそやつは自分の死を偽装したうえで、ここから少し離れた岬に用意した空飛ぶ道具……、グライダーとか言ったかの、それに乗り、霧に紛れておさらばするつもりだったのだよ』
「……それを俺たちに教えて、どうするつもりだ」
バイアンが低く問いかけると、魔女の声はぞっとするような冷たさとともに響いた。
『こやつひとり、生きて抜けがけを謀っておるのが気に食わんのよ」
その声は冷厳となり、
『お前もマギフスに魂を売った者なら、死してクレトスを追い落としてみせよ』
その言葉とともに、目の前の老神官、いや、その姿を写す映像の中で、彼は怪鳥に襲われた。
その映像から放たれる悲鳴と、左方から聞こえてくる声とが二重になってこだまする。
声も出せないレフテリスらの耳に、魔女のころころとした笑い声が響く。
『八つ裂きにされても黄泉がえりがかなうくらいでなければ、一人前とは言えぬわ。さて……』
自分たちに魔女の目が向いたことを感じ、レフテリスらは武器と盾を構え直す。
『クレトスの親爺は十分な生贄を得ている。後の問題は島船の霧、お主ら、そしてあの坊やなわけだが……』
ファティアの祠の跡に、一匹の怪鳥が降り立った。
その体には、山葡萄のごとく連なる爆弾がくくりつけられていた。
『全部まとめて解決するいい方法がある』
気づいた者たちは、はっと息を飲む。
『爆弾の残りは全てここにある。空を舞う可愛い鳥たちと、この神殿のあちこちに』
その時ショールたちは地下を抜け、コンクリートで整備された水路のほとりに出たところだった。
水路はその両側を舗装された崖に囲まれている。霧が濃くてよく見えないが、崖を登れば神殿の境内だろう。
水は湖へと流れ、小舟も繋がれていた。
その流れへと歩を進めようとしたところで、ショールが足を止めた。
「……こういうのは苦手だ」
そのつぶやきにリディアが怪訝そうな視線を向けたところで、頭上の崖の上から子犬の鳴き声が聞こえた。
「ファティア!?」
見上げたテオが、思わず声を上げた。
ファティアは興奮気味に吠え続けていた。
その後ろから走竜のフォルスも慌てたように顔を出した。
そのテオと、リディアの体にショールの杖が巻き付いた。
「ショール!?」
「ちょっと、何を!?」
答えず、ショールは杖でふたりを崖の上、ファティアとフォルスの元まで、放り投げるように届けた。
(盾を展開して身を伏せろ。私に構うな)
ショールが飛ばした念に続き、魔女の囁きが耳に入る。
『おやおや、そんなことをしている暇があるのかね、坊や』
ショールは戻した杖を今度は水路の小舟に伸ばし、それを引き寄せつつ水に身を投げた。
テオとリディアが身を起こそうとしたところで、足下から響く轟音とともに地面が波打った。
崖の下の水路が衝撃の波を放ち、次いで爆炎が壁のごとく吹き上がった。
「ショ……!!」
「そんな……!?」
愕然とするふたりの間を、小さな白い影が駆けていった。ファティアだ。
「ファティア!」
テオがそれに手を伸ばそうとしたところで再び爆音が轟いた。右後方、レフテリスらがいた、神犬の祠があった岬からだ。揺れる地面にふたりと一頭は膝をつく。雷鳴のごとき音が響いたのは、岬が崩れたのだろうか。
続いて彼らの後方でも爆発が起きた。
その爆炎は霧の中で赤く輝き、尖塔のシルエットが崩れていく。
(逃げなさい)
テオの心に、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。同時に彼の脳裏に、霧の中を落ちる無数の爆弾のイメージが届けられた。
どこに隠れる。神殿も崩れかけている。身を起こしながら頭を巡らすテオに、フォルスが覆いかぶさった。さらにその上に、リディアが盾を構えて背を預ける。
直後、ヤルハの神殿が爆炎に包まれた。
テオ達の周囲でも爆炎が炸裂し、その衝撃に、リディアは悲鳴も上げずに吹き飛ばされた。
フォルスはテオをかばったまま動かない。その体に、爆散する神殿の残骸が次々と打ち当たっていく。
「フォルス……!」
その命が削られていくのを、テオは感じていた。
炎の地獄の中で、魔女の声を聞く。
『ほうれ、クレトスの親爺よ。霧の中に炎が見えるかね? 煙も立ち昇っているだろう? そこが雷神の神殿さ。そこから島船の方にちょいと向かったところに、巨人の体がある』
そして、
『フハハハハ……』
老人の声が上空から響く。クレトスの声だ。
その声は笛の吹くような音とともに近づいてくる。空から勢いよく落ちてきているのだ。
『パラティスの兄弟、パラシアの姉妹たちよ……』
ルデリアの地に「水晶の奥方」の声が響く。
聖戦士たちは手を止めた。レフテリス隊との連絡が通じず、ヤルハ神殿から響いた怪鳥の声から異変を察知した彼らは、青灰の湖に向けて増援に向かうところだった。
『ヤルハ神殿の裏切り、アブロヌの魔女の妨害によって、従士ショールは失敗しました。青銅巨人が目覚めます。守りに備えなさい。ニコラスたちは王太子らを逃す準備を』
「ニコラス、何があったの?」
王太子テルセウスは聖戦士ニコラスに詰め寄った。ニコラスはそれに答えず、
「すぐに出立いたします」
それだけ言って、近衛隊長とともに王太子の背を抱くように表に出した。
近衛隊の隊員たちも急ぎ学生たちの誘導を始めた。
宿から外に出たところで、その声が耳に入った。
『ざまあみやがれーッ!!』
遠くの空から響いてきたその老人の声にみなが振り向くと、黒雲から細長い蛇のようなものが一直線に落ちてくるのが見えた。
「クレトス!」
それは、混ざり合い立ち昇る、緑と黒の煙の中に飛び込んでいく。




