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棄教者②

 老神官の表情が凪いだ。なお濁るその目はショールに向けられる。

「従士ショール。あなたをお待ちしていたのは嘘ではありませんぞ」

 その口の開き方は、まるで呆けた人間のようだった。

「あの魔女は我らに言った。あなたは危険だと。マギフスの敵だと。湖に眠る巨人程度なら、あなたは破壊しうると。まあ、あなたが何者で、あの忌々しい島船といかなる関りがあるのかまでは教えてくれませんでしたが」

 そこに、上空から何かが近づく気配があった。

「しかし魔女はこうも言いました。あなたさえ排除すれば、わが主は何の憂いもなく本懐を遂げられると」

 左右の門柱に、怪物が降り立った。


「ハルピュイア!?」

 誰かが声を上げた。それは、人頭の巨鳥とでも言うべきものだった。いずれも若い男の頭だった。黒く大きな翼をはためかせ、足についた大きなかぎ爪は、石の柱に食い込んでいる。


「ハルピュイアといえば女性であろうが、まあ、それっぽいだろう? うちの神官さ。魔女によって新しく強力な体を与えられた……」

 言いながら、ハルピュイアの足にくくりつけられた、黒いガラス片のようなものを取り外す。

「これも魔女から授けられたものさ。最も、今の死霊術にはありふれたものだそうだがね。霊晶と言って、殺した相手の魂を取り込むものさ。これを直接湖にぶち込めば、島船の霧があっても餌の魂を巨人に届けることができる」

 老神官はハルピュイアの足を撫で、

「ここには今日死んだヤルハの神官どもの魂が入っている。彼が、ヤルハの大神官を殺した。ヤルハ教会を爆破したのも彼さ」


 そして、

「ほれ、ご挨拶なさい」 

 怪鳥は歪んだ笑みを浮かべ、それから大きく開け放った口から、すさまじい声を響かせた。

「……!?」

 ガラスを引っ掻いたような不快な音を、平原のかなたまで轟かせるかのような大音量で放った。脳が揺れ、体の平衡が崩れそうになる。

 しかし発声の直後にショールの杖が伸びた。それはハルピュイアの首に絡みついて喉を潰し、その声を抑えた。

 すぐさま体制を持ち直したアレコスが愛用の銃を撃ち、ハルピュイアの眉間を撃ち抜いた。血の尾を引きながら、ハルピュイアは地に落ちた。


 それをつまらなそうに見下ろして、老神官は言った。

「かわいそうに。彼は上司と妻の密会を知ったばかりにここに押し込められた哀れな男だというのに。それでも健気に信仰を守ってたんだよ。愛娘が自分の種でないと知るまでは」


 そこにさらに、男の顔のハルピュイアが二体、霧の中から舞い降りて左右の石柱に立つ。

 老神官はにんまりと笑った。

「声の攻撃の前には、聖戦士の盾も無意味であろう」


 小馬鹿にするように言いながら、老神官は門の中に下がり、後ろに控えていたふたりの神官が進み出た。そして一足飛びにショールに向けて踊りかかる。

 リディアとバイアンが前列に出て、盾の力場を展開した。


 ハルピュイアが声を上げようとしたが、それより早く、テオの弓とアレコスの愛銃、それに続いて兵たちの銃弾が次々と二匹に穴を開ける。


 一方、神官ふたりが振りかぶった両手は、人間のものではなかった。毛皮に覆われた、猿か何かのもの、それも人の頭を鷲掴みにできそうなほど大きく、ツルハシのような爪が生えたものだった。

 その爪は、リディアとバイアンの力場に突き立って、大きく揺るがしたが、ギデオンの短銃がひとりの眉間を貫き、バイアンの横に回り込んだ老兵と、もうひとりの歩兵が十字に銃撃して頭部を撃ち抜く。


 それでもなお、ふたり……、いや、二体の異形の神官は、兵士を突破しショールに爪を立てようと両腕を振り回しもがく。

「腹だ」

 ショールが言うと、リディアとバイアンは水晶の刃をそれぞれ敵の胸に突き立てた。

 神官たちの体はそれで停止し、力場の向こうに力なく落ちた。


 ショールは神官の前に身をかがめ、フードを脱がす。

「作り物か」

 その頭は陶器のようなもので作られたもので、首のない胴体に紐でつけられていた。

 次に前合わせのローブを開いて腹を見た。そこに人間の顔があった。腹部に埋め込まれてあり、眉間を剣で貫かれながら、どこか恍惚とした顔でこと切れていた。


「これは……」

 それを見たテオは、おぞましさに言葉を失った。

「アブロヌらしいぜ」

 ギデオンがその後ろで無感情につぶやいた。


「君ら、耳は大丈夫か?」

 ショールの問いかけに、みな問題ないとうなずいた。兵たちもみな、熟練の精兵だった。

「大丈夫そうだな。耳がやられてると、ここからちょっと厳しそうだ」

 ショールは霧がかる空を見上げた。


 見えないが、大きな何かが羽ばたいている気配がある。それも、かなりの数だった。

「ここの神官、そう何人もいたのか?」

 ギデオンは短銃を納め、大銃を構えた。バッグの取っ手のようなものが付けられ、右手でそれを握り、左手で銃の底を支える。

「ここには常時、二十名程度が詰めてるだけとヤルハ教会は言ってたみたいですがね。実際はどれほど人間が押し込められていたものか……」

 キモンも空を見上げながら杖を構え直す。


 バイアンがテティスに顔を向け、

「テティス、奴らの位置を特定できるか?」

「難しいです。この霧、探知魔法を邪魔しています。少尉キモンはどうです?」

「こっちも駄目ですね。この霧がかかってる以上、撃ち落とすのは難しいですよ。さっきの声を出されたら……」


 アレコスがレフテリスに近づき、

「分が悪い。とりあえず建物内に入るしかないか?」

「そうするしかないだろうが……」

「気に入らんな。誘われている感じがする」

 老兵が横でつぶやいた。


 そんな彼らを追い立てるように、怪鳥のギャーギャーという声が響く。

 レフテリスはショールに目をやった。彼は目でうなずいた。


 一行は境内へと駆けこんだ。

 慌ててついていこうとしたフォルスに、テオは肩越しに、

「お前はファティアと馬たちを連れてタロッソスに戻れ!」

 フォルスはそれに抗議の鳴き声を上げながらしばらく飛び跳ねたが、その背中からファティアが飛び降りた。そして声も上げずに境内に入っていく。

 慌てたフォルスは馬たちに一声吠えて帰るよううながすと、ファティアを追って境内に入っていった。


 

 上空、霧の中で何かが羽ばたいているのが、神殿の中からでも分かる。たまにギイギイと声を上げているのが、挑発にも聞こえた。

 ショールたちは神官たちの詰所であろう、聖堂前の大きな建物の中に入った。

 ショールの琥珀飾りから蜂たちが飛び出した。蜂たちは、ショールのいる玄関広間から、建物内を探るべく、接続する部屋、廊下へと飛んでいく。

 窓明かりのみの薄暗さの中、粘りのある殺気を感じる。


 怪鳥の声に追い立てられるように正面の広い廊下を小走りに進みつつ、テティスは杖の水晶を覗き込む。

(前方に生体反応が3つ。人間とは思えないものです)

(さっきの神官長とは違うようですね)

 キモンも自分の杖を光らせながら念話を発した。


(右の柱だ)

 ショールの念話を受けてバイアンが身構える。柱の影から神官服の者が飛び出してきた、その右腕は蛇になっていた。蛇は牙を剥いてショールに襲い掛かる。

 バイアンがその蛇を斬り飛ばし、兵たちの中のバトルメイジの放った雷撃が男の動きを止め、バイアンの返す刃がその体を両断した。


(前方、上に2体)

 今度はテティスの念話を受け、ギデオンが梁の上に潜んでいた神官服のふたりを認めると、背中から銃弾のベルトを伸ばして装着し、銃を腰だめに構える。銃口のうち小さなほうが火を噴いた。

 連射された銃弾が梁の上でひとりを仕留め、もうひとりも飛び降りた直後に蜂の巣にされ、宙で踊るような動きを見せて地面に落ちた。


 足を止めないショールのそばに、彼が飛ばした蜂が戻る。

「このまま進めば湖畔に出る。神官長もいるな。罠を張って待っている、という顔をしている」

「どうする?」

 アレコスが尋ねると、

「私は青銅巨人の破壊を優先する。この先、地下に降りる階段がある。湖に続く水路に出る」

 それを聞いたレフテリスが振り向きながら、

「よし……、リディア、テオ、ショールについていけ。神官長は私たちがやる」

 


 ショールらが分かれてすぐ、出口の明かりが見えた。

 上空の怪鳥たちの小馬鹿にしたような鳴き声も、近くに聞こえる。神殿から出たところで声を浴びせてやる、とでも言いたげに。

 アレコスらは開け放たれた扉の影で外をうかがう。霧が深く、やはり怪鳥たちの姿は捉えられない。


「どうしたのかね。名だたる銀仮面卿、聖戦士、聖禽隊の者たちが、マギフスの崇拝者を恐れるのかね」

 神官長の声が響く。

 その姿は、出口から見て正面、湖を望む岬にあった。その後ろには、爆破されたファティアの祠があった。

「どうした王族よ。わしなど落伍した神官に過ぎぬぞ」

 ひっひと、醜悪な笑みで挑発を重ねる。


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